2009年6月28日 (日)

すべての言葉よ 空を飛べ

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ライブは第三部に突入していた。

「らもさんの歌、歌います」と、良元優作は言うと、ちょっと笑って真顔になり歌い始めたのだった。

  人間らしいってわかるかい
  しょっちゅうヘマをやるってえ、ことさ
  俺は大麻で捕まって、牢屋で夜明けを待っている

  東の空があ、白み始めて
  すずめがあ、チュンチュン鳴いている
  朝陽はもう上るよ、少しずつだけどね
  そのときこそ、自由になるんだ

  自由、自由って騒ぐけど
  自由ほど不自由なものはねえんだ
  そんなこたあ、分かってるけど
  それでも自由が欲しいんだ

  オイラは自由を求めてる
  天皇からおまんこまで
  すべてての言葉よ
  空を飛べ

  朝陽はもう上るよ、少しずつだけどね
  そのとき、その日こそ、自由になるんだ

中島らもは好きでも嫌いでもなく、ずっと知らんぷりしていたけれど、最後の言葉にゃ、やられたわい。

土曜日の夕暮れどき、神保町の小さなワインバーに集まった人たち。二十人ほどだったろうか。常連たちはみな立ち見だ。

「聴きたい人がいるならやりますよ」

と、やってきた歌い手。そんなプライベート・コンサートだった。「キムおじさん」に皆こっそり涙し、曲の途中で大笑いしたり、歌詞を忘れた歌い手に歌詞を教えたり、なんとも賑やかな夜でありました。そして、どうかメジャーになってくれるな、と、願った夜でありました。

呼んでくれたみなべえ、ありがとね。そして、場所を気持ちよく提供してくれたボンビバンのママ、ありがと。

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2009年6月18日 (木)

思いは通ず

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太極拳の稽古に出向く朝、兄の幼馴染より酒届き歓喜す。この日は五島生まれの従兄弟の哲也が久しぶりに午後訪ねて来、久しく身を隠していた友人Y氏と夕刻からウナギを食らい、そして、夜はこの酒とともに過ごす。思いは通ず。

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2009年6月17日 (水)

銀座の夕暮れ

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原稿をようやく1本仕上げ、夕方外出。銀座で用を済ませ、人形町「喜楽」にてビーフカツを食らう。代替わりでほどよい肉厚となり歓喜したのもつかの間、味落ち落胆す。復活を祈る。

TVでワールドカップ・サッカー予選を音量を絞り観戦しながら、メールを数通書く。オーストラリアに分ありは明らか。川平なんとか君をなぜ司会と起用するのか疑問。

ブログaccess_9に、5月4日付で「エルカプリーチョの立て直し」をアップす。銀座で見た夕暮れ色に優るできごとなし。

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2009年6月16日 (火)

カレーうどん

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一日一食の日もある。

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2009年6月15日 (月)

梅雨らしい雨

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<日本橋蛎殻町 水天宮>

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2009年6月14日 (日)

バーゲンも楽しからずや

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<銀座、交通会館>

 朝まで眠れず、半年振りに空手の稽古を休む。午後2時前、友人からもらった顧客限定ブルックスブラザース・バーゲンの葉書を持参し外出す。人形町から日比谷線で銀座へ。 「交通会館」1階でバーゲンの案内あり。係員から「15:00入場整理券」を渡される。小一時間で空腹を満たすため、隣のビル2階の鹿児島県を売りにした天ぷら蕎麦屋へ飛び込む。とびきり旨いわけではないが、費用対効果が驚くほど良し。

 午後3時前 交通会館12階のバーゲンセール会場へと勇んでおもむくも、ちょっと待たされることになった。1階通路の左側には、エレベータが数機ある。その前に並んでいる人たちの方へ寄っていくと、係員から反対側に並ぶように促され、振り向くと、なんと、長蛇の列。その先は階段まで続いているようだ。もしかして……。階段に近づくと、そこにも並ぶ人の列。「階段を登れってことかい」と、ちょっと、むっとする。「こんなにいるんだ。すごいねえ」と他人ごとのような言葉をはき、あらぬ対応への怒りをガス抜きす。登れど登れど最後尾に行きつかない。最後尾は3階まで続いていた。

 とはいえ、その後の係員たちの対応は素晴らしく、なんら不満なく、半額以下で何枚かのシャツとパンツを2本購入できた。思えば、前に服を買ったのは数年前。今年取り壊されてしまった南青山の「Papas」だった。

 稽古をさぼった後ろめたさもそのうち忘れ、銀ブラなどして、「松屋」デパ地下「アンデルセン」でサンドイッチや菓子パンなど買い、午後5時、帰宅す。バーゲンセールの陳列棚に山積みされた衣類をひっくり返すおばさんたちを見て、さげすんでいた自分を少し恥じた。

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2009年6月 5日 (金)

武道整体の日々

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<中野坂上駅前は雨>

正月から始めた武道整体。今日で21回目となる。空手を習得する一貫として始めた整体だったが、人の体に触れて初めて感じるようになった人体の不思議に驚き、そして、人に影響を与える責任の深さに恐れ慄き(おそれおののき)、受講メモや施術メモを記述したり、西洋と東洋の医学書を読み漁るなどして、今夜もなかなか眠れぬ幸せな時間を過ごしている。

施術メモは、40項目あまりの基本的な手技(しゅぎ)について、施術を受けた人がどのような状態でどのような反応と効果を示したか、施術をした者が基本を順守しどのように応用できたかを記す詳細なもので、Excelファイルにのこしている。門外不出の内容だ。

受講メモは、数時間におよぶ師匠からの指導や自己反省などを記したもの。基本手技法への細かい指導や師匠の講義も含まれる。

このようなことが毎週1回、五か月間ちょっと続いてきた。本日は21回目。そのほか、友人や知人に協力いただき、ほぼ毎日、施術の機会をもらっている。順調にいくと年末までに一通りの過程を終了できるペースだという。それもこれも、空手という素地があればこそ、の話らしいが、何をもって独り立ちできるかは、まだよく分かっていない。

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2009年6月 4日 (木)

「カフェ・ドゥ・ガウディ」

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きのうの京都は曇り空。
お仕事なので観光なし。

でもね、

仕事終わってそそくさと、
足運ぶのさ、麩屋町通り松原下がる。
(ふやちょうどおり、まつばらさがる)

そこあるのは珈琲店。
焙煎だけで喫茶なし。

でもね、

あっしには淹れてくれるのさ。
とびっきりの珈琲をね。
一杯目はマンデリン。
二杯目はタンザニア。

二十年変わらぬ味と香り。
二十年変わらぬ職人の仕事。

あっしの自慢。

焙煎職人 鈴木政勝の店
「カフェ・ドゥ・ガウディ」

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2009年5月 4日 (月)

エル・カプリーチョの立て直し

ガウディはスペインの建築家ですが、その建築物のほとんどはバルセロナ周辺に集中しています。バルセロナから遠く離れた北スペイン・サンタンデールに、ガウディが建築家になって初めて設計した建築物があります。バルセロナにある「カサ・ビセンス」とほぼ同時期のもので、施工業者も同じだったこともあり、建築様式がサンタンデールの「エル・カプリーチョ」とよく似ています。

「エル・カプリーチョ」の現在の所有者は日本人です。そこは、長年レストランとして使われてるのですが、世界的な不況のあおりを食って経営難に陥っています。その立て直しを図るために、建築家の田中裕也氏がアドバイザーとして様々な企画を立てています。

今日、田中氏と東京でお会いし、その奮闘ぶりを伺いました。なんとか成功してほしい、と願っています。

以下は、レストランに置いているパンフレットです。

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<表紙>

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<見開き中のページ>

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<裏表紙>

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2009年4月10日 (金)

母恋し

両親に頬をひっぱたかれたことは一度もない。そのかわり、「言うこと聞かぬ大バカ者め」と、何度となく叔父や叔母にひっぱたかれた。私の周りには教育係がたくさんいた。そして、ちょっといけない遊びもこっそり教わった。そんな中でも最も危ない遊びを教わり、頻繁にひっぱたかれた叔母が、エイプリル・フールの日に逝った。十二人いた父方の兄弟姉妹たちは、これで、私の産湯を沸かしてくれ叔母一人だけとなってしまった。

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遺影を抱える従姉妹は妹みたいなもの。ただ、そばにいるだけで、なんとも言いようがなかった。

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叔母の葬儀が終わり、兄が守る実家の二階で寝そべっていたときのことだ。そこには両親の遺影がある。その写真を眺めていたら、どうしようもなく腹がたってしまった。これまで何度も眺めていて気にはなっていたのだが、その稚拙なフォトレタッチにもう我慢ならなくなってしまったのだ。

いて当たり前の人が、一人、また一人、とその場から去っていく。そのことを、今回の葬儀で実感した。遺影をつくった時の事情を話せる人がいなくなったら、母のことをよく知らぬ人にとっては、そのしょうもない写真が母の実態になってしまう。「そ、それは、許せない!」 急に腹が立ってしまった原因は、そこにあった。

「あの遺影だけどさ、かあちゃんと違うやろが。やり直そうよ。俺がやるからさ」と、兄に相談すると、苦笑しながらも承諾してくれた。東京の自宅に戻るとき、「一週間で戻すから」と約束し、ほこりが被ったアルバムの中から5冊ほど持ち帰ってきた。

持ち帰ったアルバムは、たまたま母の写真ばかりだった。母が記した覚書もあちらこちらに残っている。アルバムのページをめくっていると、アルバムを置いた台の上がざらつく。長いこと押し込められてた時の塊が弾け、独特の匂いを発する。

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色あせた写真眩し母恋し。

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2009年4月 1日 (水)

スーツの日

今日はお堅い客人が事務所に来る。

何を着ようか、と洋服ダンスをのぞいてみると、奥のほうに仕舞い込まれたベイカー・ストリートのスーツに目がとまった。クリーニングタグがついたままの冬物のスリーピース・スーツ。

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着てみると、腰周りがきつい。とはいえ、腰をまっすぐに立て、お腹をへこますと、ズボンのフックが見事に止まった。「オオッ」と声が出てにが笑い。胸周りも肩周りも少しきつ目だが、ベストと上着は無理なくはおれる。空手で体をかなり絞り込んできたので、もしかしたら……と期待したが、それでもやはり、ちょっと無理がある。とはいえ、着れないことはない。

その昔、会社を立ち上げたばかりの頃、シャレでひと月に一度、社員全員がスーツを着て会食をする日を決めていた。当時のスタッフたちは、ライターとかイラストレーターとかデザイナーがほとんどで、普段はスーツとは無縁の者たちばかり。ひと月に一度の「スーツの日」は、みな朝からニヤニヤしていた。男たちは無精ひげをそり、女たちは丹念にメークしていた。その日ばかりは会食するお店での扱いもちょっと違っていたような気がする。そんな恒例の記念日に、このスーツは着た覚えがない。すでに少し太ってしまっていたからだ。もう二十年ほど前の話だ。

午後、銀行の担当者たちが事務所に来たとき、私はクリーニングタグを取ったそのスーツを着て応対した。用件はうまく進んだ気がするのだが、どうだろう。彼らが去った後、いったいあのクリーニングタグはいつ頃、どこに住んでいたときに付けられたものなのか、急に気になり、いったん捨てた薄紫色の小さなタグを探すべく、ごみ箱をあさった。

…今となってはネクタイを締めることなどほとんどないのに、どうしちゃったんでしょ。ホッチキスが付いたタグは見つかったのですが、タグに書かれていたのは、ボールペンで走り書きされた私の名前だけでした。

(追記)トラッド一筋でボタンダウンのシャツしか持っていなかった頃は、ホントに痩せてました。若かったしね。このスーツを着たのは週明け月曜日。前日の日曜日の稽古で汗が出なくなるほど絞られた翌日だから、なんとか着ることができたんですよね。午前10時から6時間、昼食なしの稽古って、記憶をなくすほどの疲労感があります。そんな日曜日なのに、週末に向けてブクブクになってしまう自分の甘さが悲しいです。何もスリムになったことを自慢しているわけじゃありません。私は元々そんなに太る体質ではないので、スリムボディに強い願望はありませんから。ただ、もっと絞らないと、蹴り足が高く上がらなくて無様なんですよね。

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2009年2月21日 (土)

一日一ミリ

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      <水天宮前:武道の稽古に行く朝>

今年も始まってすでに二か月を過ぎようとしていますが、みなさんはいかがお過ごしでしょうか?

この正月から私は武道整体を習い始めました。全課程を履修するには、二年ほどかかります。武道整体を習得する目的は、あくまでも己が目指す武道の修行のためであり、武道整体を習得する技術課程をすべて修了したとしても、整体を人様にほどこせるようになるわけではありません。そこには相手の体と対話できる感性が不可欠になります。相手にどうすれば負担をかけない癒術(ゆじゅつ)ができるか、相手が本来持っている自然治癒の能力をどうすれば引き出せるのか、時々刻々と変化する相手の体からの微妙な反応をのがさない感性が最終的には問われるのです。

コンピュータ技術を分かりやすく解説することを生業(なりわい)にしている私のような人間にとって、武術整体の習得は新たなたコミュニケーション能力を開発する絶好の機会ともいえます。そのためこの二か月、武道整体は私をのめり込ませています。結果的に、武道に対する考え方もさることながら、稽古での動きにも何やら大きな変化が起きていることが自覚されます。

物理的にこの二年ほど、どうしてもできなかった股割りも、あと少しでペタンと床に腰を下ろせるところまで来ています。

ガウディ研究にも変化が起きています。日本に初めてガウディを紹介した故今井兼次先生が書かれた論文を、ひとつひとつ読み解く作業をこの二か月で終えました。そして今は、ガウディの代表作と言われる未完のコロニア・グエル教会の完成予想復元模型を世界で初めてつくった故松倉保夫先生の仕事を追いかけています。

まだまだ分からぬことばかりですが、一日にとにかく一ミリでも先に進むこと、そのことを武道整体を習得する過程で、師匠と先輩から教えをいただいている気がします。

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2009年2月 6日 (金)

芳味亭と喜楽

昨日午後7時のこと。

「今晩は仕事に集中したいから夕食は作らぬ!」

との相方からのお達しがあり、久し振りにご近所での外食とあいなりました。厚着して外へ出ると、いやはや、寒くないではありませんか! 温暖化がホントに進行しているんでしょうか?

向かった先は人形町の『芳味亭』(ほうみてい)。座敷に上がって食べるちょっと昔風の洋食屋さんです。「ビーフスチュー」や濃厚なデミグラス・ソースで有名なお店ですが、他にも様々な一品料理や、デートや接待、何かしらの記念にと選ぶ多数のコースメニューもあります。「洋食弁当」の「並」と「上」も定番。ここだけの話、「Dコース」のビーフステーキは仲居さんが小声で「圧倒的にお得ですよ」と耳打ちしてくれたことがあります。でも、私がここで90パーセントの確率で注文するのは「ランチ」。「ランチ」とはいえ夜でも注文できます。お店の看板料理がちょちょいと盛られたバランスの良い洋食メニューなのであります。

骨身にこたえる冬の寒さで凍える現実的な辛さと、温暖化による子孫たちへ引き継いでしまうであろう未来への負の遺産に対する後ろめたさと、うむむと、選択に迷いながらも、『芳味亭』で何を食べるかという迷いに打ち勝てる訳もありませんでした。ああ、私は残りの人生でエコロジーについて多くを語る資格がないのかもしれません。

あれやこれやと悶々と決めかねていましたら、ああ、なんとまったく違った選択肢がふって湧いてくるではありませんか! 『芳味亭』の横を通り過ぎ、向かった先は『喜楽』(きらく)。バランスの良い「ランチ」でなく、ガツンと一品、ニンニクの香り満載の「ポークソテー」を突然、食べたくなってしまったのです! ああ、私は残りの人生では、食についても多くを語る資格がないのもしれません!

『喜楽』というと、中華料理屋を想像してしまうかもしれませんが、ビーフカツレツで有名な洋食屋なんです。人形町交差点のすぐそば、都営地下鉄浅草線の「人形町」駅の出入り口すぐそばにあります。

もう半年ほどになるでしょうか、その地下鉄出入り口が工事中でせわしないのです。そんなわけで、なんとなく足が遠のいており、『喜楽』に来るのは、ほぼ二か月ぶりでした。

いやあ、びっくりしましたよ。

調理場が劇的に変わってたんです。この数年、威勢のいい女将と、妙に日本語が堪能な中東出身らしき男性二人で調理場が切り盛りされていたのに、その二人がいなくなってるじゃありませんか!

そこにいたのは、中年男性二人。多分、娘婿と思われる男性がメインの調理をし、もう一人がサラダや野菜を準備したり洗い方を担当する補佐役らしい。フロアは以前にも目にしたことのある女性ひとりだけ。この女性が店を引き継いだんじゃないのかな? 以前はあと二人ほど女性がいたので、狭い店内に従業員五人がひしめきあっておりました。でも今日は三人だけ。でも、ちゃんと機能してましたよ。

店の改装をしたわけじゃないんですが、店の空気がまったく違ってたんです。ゴミゴミした感じがしない。調理台にパンくずや野菜の切れ端しなどもない。金属の調理具もふき上げられ光っていたし、店全体が見違えるほど清潔になっていました。どうも、代替わりしたとしか思えません。

調理する男性の料理の手際は、いまひとつに見せました。とはいえ、手順通りの丁寧な基本動作が徹底しており、料理への期待を感じました。

私は「ポークカツ」、相方は「ポークソテー」にビールを注文。

ポークカツは揚がった後、すぐに盛り付けられませんでした。しばらくパッドに置いたままにして、衣の中でじっくり茹で上がるのを待っていたのでしょうか? 食したポークカツには潤沢なしまりがあり、以前より旨くなってました。ポークソテーは煮過ぎたのか、少し硬さを感じましたが、焼きも香りも以前よりバージョンアップしていました。

店の定番である「ビフカツ」の調理を見ていたんですが、以前よりビーフが肉厚になったにも関わらず、揚げ時間が一気に短かくなってました。揚がったビフカツに包丁を入れた断面からは、レアーに仕上がったビーフの赤い肉片が見えました。以前は、カリカリっとした触感ばかりが際立ち、ビーフ感があまり感じられず、一回切りの注文でした。新しくなって、よりジューシーな揚げ具合が期待できそうです。

次に『喜楽』に来るときは、きっと、きっと、定番の「ビフカツ」注文することでしょう。

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2009年1月21日 (水)

純名りさ/1年ぶりの写真更新

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この画像は、先日の2009年1月19日に更新された「純名りさ」さんのウェブサイト「Risa Junna Official Website」のトップページです。大きなリニューアルは今回で2度目。

最初の大きなリニューアルは、ちょうど一年前の2008年1月19日。それから一年後のこの日、写真が新しくなりました。昨年12月29日にいったん更新されましたが、色合いが変更され、トップページの写真が自動的に切り替わり2枚の写真が表示されるようになりました。

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更新されて良くなったのではないでしょうか。1年前の精悍な表情から、今回は柔らかく親しみやすいイメージに変わっています。ハッとさせるような純名さんの表情は相変わらずですね。たとえば:

What's new
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Profile
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Information
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Contact
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今後の変化も期待したいですね。

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2009年1月20日 (火)

操上和美

今春、最も楽しみな映像。

写真家操上和美(くりがみかずみ)の初監督作品。

ゼラチン シルバーLOVE

<映画パンフレットの表紙> <映画パンフレットの裏>
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<映画パンフレットの2-3ページ>
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2009年1月19日 (月)

リチャードⅢ世

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いつもは女性客が9割以上占める観劇。しかし、今夜の「ACTシアター」には、なぜか男性客も多かった。古田新太の「リチャードⅢ世」東京初日。四時間の長丁場にも関わらず、カーテンコールは2回だけ。冷たい評価だった。そして、舞台を演じ終えた役者たちの顔も、明らかに不出来だと言っていた。

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2009年1月14日 (水)

夕陽

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一瞬の黄昏。空が赤く染まる。

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2009年1月13日 (火)

野菜

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うちのご飯。

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2009年1月10日 (土)

松たか子と宮沢りえ

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今年、最初の観劇。

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2009年1月 9日 (金)

食初め

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氷雨降る原宿からずぶ濡れにて体冷えるも、

樋口』の暖かいもてなしに一同感激す。

詳しくは「未熟でごめんなさい」の記事をご覧あれ。

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