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2004年6月29日 (火)

引越しました

■昨日、赤坂から水天宮に引越した。引越し前後になると、いつも面白いなと思うことがある。それは景色の見え方が違ってくることだ。
■赤坂にあるマンションの一角に入ることができる鍵を持っているうちは、溜池山王から赤坂へ登る坂道もありふれて見える。その土地に住めるという既得権を持っていると、自分の周囲にあるものが当たり前になってしまい、目に入ってはいても見てはいないのだろう。
■いよいよ鍵を返す日が近づいてくると、登り坂の微妙なうねり具合に感心したり、人家の屋根越しに見える森ビルや猫に餌をやる男性のステテコ姿に、昔ながらの古風な街並みに感じ入ったりする。コンビニ「ポプラ」でよく会う完璧なスタイルをした北欧系の美女たちは多分、TBSとか六本木方面で荒稼ぎしてるのだろうが、傍目に見ると赤坂らしい風景をつくる要素なのだろうと、妙に客観的になったりする。散歩から帰って見上げるいつものマンションさえ、立派に見えたりするからおかしい。
■そんな見方をしたいがために引越ししているわけではないが、うちは頻繁に引越しをする。水天宮の屋根もそのうち、当たり前な存在になるのだろう。

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<水天宮と温湿気圧計>

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2004年6月25日 (金)

プリマベーラ

■カタカナ言葉はあまり好きじゃないのですが、美しい響きを持つ言葉もありますね。“プリマベーラ”は好きな言葉のひとつです。■ポルトガルのグループ「マドレデウス」の歌姫、テレーザ・サルゲイロが 'primavera' とつぶやくとき、その言葉の響きに魅せられてしまいます。■“プリマベーラ”とは、ポルトガル語やスペイン語で「春」「青春」を意味する言葉。
■マドレデウスの歌を聴いていると、つい酒が進んでしまうんです。■酔いつぶれ、プレマベーラの喪失感を麻痺させようとしているのかもしれません。■それとも、自分がまだ失っていない青さを奮い立たせようとしているのかも。
■先日、友人にマドレデウスのCDを2枚貸したんだけど、彼は飲みすぎていないかと心配です。■気が付かなかったとはいえ、彼の元妻がマドレデウスを気に入っていたんだよね。■さっき思い出しました。■嫌がらせではありません。

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<うまい酒はつい飲みすぎる>

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引越し迫る

来週の月曜日に赤坂事務所を閉じる。今日(金曜日)から来週前半にかけて曇天が続くらしいから、事務所から見える晴天時の借景も、今日で見納めとなるようだ。

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<アミの向こうに見える景色もこれで見納め>

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2004年6月23日 (水)

スコート祈願

■ウィンブルドンで杉山選手が初戦でナイスなプレイを見せてくれた。対戦相手のジェーンズ選手もワイルドカードで勝ち上がってきたハングリーなプレイを見せてくれ、いいゲームだった。
■勝負とはまったく関係のないことだが、両選手ともスカートの下に短パンをはいていたのが気に入らない。短パンは機能的でいいことは理解できるが美しさに欠ける。スカートの下に身に着けるつけるのはスコートではないか。男性の嫌らしいエッチな見方としてでなく、ただ二つしかない性を謳歌する文化だと思うのだが、違うかな? 勝負が優先される世界であっても、女性でなければ表現できないスタイルがあるはず。
■サッカーが暴力的な大学生を封じ込めるために止む無く始められたゲームなら、テニスは華麗な女性が蝶のように舞うゲームではないだろうか。
■植物や動物の世界では、着飾って雌(メス)を引き寄せるのは雄(オス)の役割だとのたまうフェミニストもいるが、今のところ人間の世界では逆の現象が主流なのだ。

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2004年6月21日 (月)

日差しが一番長い日

■今日は6月21日。夏至がやってきた。太陽の日差しが最も長い日だ。梅雨が過ぎる頃には、夕暮れどきが確実に近くなる。
■夏至が過ぎると花火が近い、とウキウキする人もいるに違いない。しかし、夏至は冬至と比較して印象が薄くないだろうか? 冬至には寒さが押し寄せ始めても日差しが伸び始める期待感があるが、夏至には暑さの先にある秋の寂しさを暗示させるからなのかもしれない。

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<香りの強いこの花は何という名前だったっけ?>

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2004年6月18日 (金)

個展巡り

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■午後、左手薬指からの痛みが薄らいできたので、三ヶ月ぶりに表参道の『大坊珈琲』に顔を出す。暑かったのでアイスコーヒーにしようかと一瞬思ったが、やはりここでしか飲めない最も濃い4番珈琲を注文した。やはり苦くて甘い。違う。「野球には来月からは参加できそうですね」と大坊氏言われ、辞す。
■先日(6月9日)までやっていた友人の辻和子さんの個展に行けなかったのが申し訳なく、今日は時間を割いて個展巡りをすることにした。
■まず、渋谷一丁目にある喫茶ギャラリー『ウィリアム モリス』に行く。ブックデザイナー多田進さんの個展「四角い宇宙」をビールを飲みながら観る。多田さんがデザインした書籍と、書籍に使われている絵の原画が壁に並べて置いてあるだけの地味なディスプレイ。作品の手触りまで感じられ悪くないが、カウンター客ふたりと話し込む店主の声が少しだけ気になった。
■この宮益坂辺りは二十代前半によく遊んだ懐かしい場所。建物は変われど街並みは落ち着いたままだ。ほろ酔い気分のまま表参道(正確には神宮前四丁目)の『HB ギャラリー』まで裏道をたどる。大寺聡氏の個展「Narrow Range」を観るためだ。このギャラリーは、とんかつ屋『まい泉』から青山通り方面に入った路地裏にある。分かりづらいところなのだが、今日が初日ということもあり人だかりがしていた。オープニング・パーティでは、初対面の若い人たちと話しができてこの上なく楽しかった。
■それにしても、二十代の人たちの体型は、もう自分たちの年代とはまったく異なる時空に存在するようだ。造りが違う。そんな彼らと話を始めれば、そんなこと、忘れてしまうが、異なる時空を体感していると、思いもよらなかったアイデアが湧いてきたり、いつもの展開とは違う話ぶりに気がつく。ありがたい。

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2004年6月17日 (木)

赤坂、湯島、表参道

■昼過ぎに玄妙兄弟の沼田さんと水天宮で待ち合わせ、湯島のL出版社へ向かう。新しい企画を立ち上げるためだ。時代はFlashらしい。
■夕刻、表参道『椿』にてN出版社のT氏を励ます会。定年間近な団塊の世代を経営陣に数多く抱える大企業は、これから十年ほど大変な時期を迎えるようだ。

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<表参道の骨董通りは夏気分>

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タナトス的生活が早すぎた男

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<ピントの合わせどころを間違えるなよ>

 言葉が通じない人の存在を感じると、言葉を失ってしまいます。この三ヶ月ほどずっとその状況から抜け出せないまま。このblogにせっかくコメントを書いてくれているのに、なかなか応えられない…。すみません。
 あなたは、そんな状況に陥ることはありませんか? そんな状況から抜け出すには、あなたはどんなことをしているのでしょうか? 近況を書けないので、前に書いてあった、まだ確かな自分を感じ取ることができた頃の雑文を載せておきます。

 あの日は、もの凄い雨だった。
 上野の立体駐車場に駆け込んだとき、男は駐車券を紛失していることに気がついた。

「お客さん、いいですよ。さっき来た人でしょ。車のナンバー言ってもらえばいいっすよ」
と、人のよさそうな若い係員はそう言った。
「えっと、品川ねの3、えっと何だったっけ。う~ん、番号ねえ、自分の番号ってよく覚えてないんだよなあ」

 答えられないでいる男に、連れの女がなかば呆れ顔でこう言った。
「柳瀬さん、車のナンバー覚えてないんですか? あのお、すいません。グリーンのベームベー、覚えてない?」
「はい、覚えてますよ。ちょっとお待ちください」
 親子ほど歳の違う女は係員にそう告げながら、Tシャツに染み込んだ雨をハンカチで押さえてふき取っていた。
 画像にかかったモザイクがやがて実体をも消し去る。男は何か引っかかるものを感じ始めていた。 柳瀬はほんの数年前の自分を思い出していた。

 人の名前は姓名を両方とも自然と覚える癖がついていたじゃないか。小学校の同窓生、会社のスタッフ、クライアントの電話番号にいたるまで、そらんじることができたはず。いったいどうしたっていうのか? ここ数年、記憶するための訓練をやっていないのはなぜだ。
 完璧主義が逆流すると肝心なことさえ記憶から抜け落ちる。毎日乗り回している自分の車の登録番号を思い出せないなんて…。柳瀬は唖然としたのだった。

「それは時代の流れですよ。気にすることはありません」

 パソコン教室で柳瀬は講師を勤めていたことがある。年配の受講生を半ば見下しながらそう言い放っていた自分が、時代の先を行っているようで誇らしくさえあったのだ。今はわが身というわけか。愚かな話だ。

 なんとか車は出してもらえたが、真昼間から女を送る車の中で、いったい何をやってんだ、とふさぎこんでしまった。女の一言が何かを変えた。愛車のナンバープレートの番号さえ覚えていないなんて…。電話番号も住所もアポイントの時刻さえ管理ソフトにまかせっきりだ。車の経路だって覚えない。カーナビ、インターネット、携帯電話、ワープロソフト…、みんな自動でやってくれる。そういえば、漢字だってそうだ。勝手にかな漢字変換ソフトがやってくれるから、読めはするが書けない漢字がどんどん増えている。
 便利グッズを使いこなしていれば、覚える必要のないディテールを記憶から削除してもかまわない、と思っていた。無駄なことは忘れることが合理的、と思っていた。

「何か俺は勘違いしてたかもしれない」
と、柳瀬はこうつぶやいたのだった。

 これまで、自分にとってどうしても必要だと思っていたネジが一本抜けるのを感じた。タナトス的生活など考える必要もない若い女の身体も、感覚的に発せられる言葉もエロスそのものだった。繊細な彫刻刀で彫り上げてきた作品が、土木用シャベルで削り取られる、そんな感覚…。
 気持ちをえぐり取られながらも、柳瀬は最近なぜ自分に嫌気がさしていたのかという疑問が解けたような気がしていた。自分がもっとも得意としていることを捨てたかったことに気がついたのだ。
「しかし、それはできない。仕事ができなくなる。それで食ってるわけだから捨てるわけにはいかない」

 女のあの一言がそんな臆病さを一気に押し流してしまったのだ。
 柳瀬はネジを抜く決心をした。彼は数年前から自分の身の回りにある物、者、モノ…、すべてを「これっきりの付き合い」をするのだと決め、選び抜き、そのためだけに時間と精神を注力してきた。
 そんなタナトス的生活を根底から覆してやろうと思い立ったのである。あれもいいがこれもいい、というエロス的生活に自分を引き戻さねばならない…。踏ん張っていると、ジリジリとネジが抜け出してくる。抜けた穴から頭の中に巣くって発酵していた虫の糞は、ネジ穴から噴き出して燃え上がる。

「虫ごと燃やしてしまえばいい!」

 彼は心の中で叫び声を上げていた。
 一日中熱っぽく大汗をかき、頭はしびれ、思考力をなくし、三ヶ月がたった。目は血走り独りごとをつい口走ってしまう。食事は旨いし病気と思われるような痛みなどはなかったが、何度も吐き気に襲われた。眠ってもすぐに目が覚める。最初は病院へ行けと進めていた家人も、その様子に尋常でないものを感じ、何も言わなくなってしまった。
 柳瀬はいつも少し肩を後ろに引いて背筋を伸ばし腹筋を使って腹を少ししめ、十代の頃に修得したヨガの呼吸法を励行した。体からは贅肉がそぎ落ちたが健康を害しているようには見えなかった。

 先日、私は久しぶりに柳瀬と会った。いつものように表参道の大坊珈琲店で待ち合わせである。アルマーニしか着ないといっていた男がラフな服装で現れたときには、ちょっと驚いた。ピッタリとしたTシャツに細見のコットンパンツ。鍛え上げられ引き締まった体は、二十年前の彼を思い起こさせた。
 柳瀬は仕事に復帰し元気だという。その仕事振りは果たして大きく変わったのだろうか。少しばかり話をし、彼は分かれぎわにこう言った。

「4から3へ戻ったんだよ」
「秘数3のこと?」
「そんなところかな」

 「3」という数字にはいつも転がらずにはいられない魔力が潜んでいる。私は帰宅すると中沢新一の『バルセロナ、秘数3』を本棚から取り出した。

(おわり)

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<どこを見てますか?何が見えますか?>

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2004年6月12日 (土)

ちょっと寄っただけなのに…

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 <おひつの中で熱と湿りを落ち着かせると「もちもちご飯」になる>

■一週間の区切りをつけるために、ウィークデーは赤坂事務所に寝泊りし週末は自宅に戻る、というサイクルでだいたい生活している。金曜日に早々に帰ることもあるが、日曜日に戻りすぐに赤坂に取って返すこともある。帰らないときもたまにある。
■時間と空間を適当に操作するのは、すべて「モノ造り」のため。本当です。いろいろとやるべきことがあるのです。自宅はなんとも心地いいもので、持ちかえった本をじっくり読むことはほとんどない。家人の料理を満喫し、一週間たまった家事などの宿題をこなし、何もしないまま赤坂に戻るのだ。
■今週は土曜日の夜に帰ることにした。夕方まで何も食べていなかったので、『リングァ・ヌーダ』にて三宅シェフの魚介スパゲティをちょっと食べて帰ろうかと、乃木坂に足を運んだ。「一人だからカウンターがいいよ」とフロアーの平井君に声をかけたときだった…。
■「あああ!」という叫び声がテーブル席から聞こえてきた。なんと家人が友人“お嬢”と会食中ではないか! お嬢は今夜も品がいい。「何やってんの?」と声がダブル。せっかくだから同席することにした。さらに驚いたことには、後ろのテーブル席にT夫妻とY氏、O嬢まで座っているではないか!
■「Tさんたち誘ったの?」と聞くと、「いたのよぉ」という家人。何もこんな雨の日に、辺ぴな乃木坂に集まらなくてもいいだろうに。ちなみに隣のテーブルには常連のタレントS夫妻がいたが、あまりの奇遇に、おかまいなし。騒がしくてすいませんでした。
■嬉しい会食となったが、ちょっと寄って帰るはずのペースが狂い、食事を済ませたらとっとと赤坂に舞い戻ってしまった。お嬢たちは六本木のワインバーにて終電まで密談していたらしい。皆で心配していたのは、意外にも新装刊で乗ってるはずのW氏のことだった。

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2004年6月 8日 (火)

読み応えあり新創刊「日経クリック」

■6月6日発売号でリニューアルされた「日経クリック」を購入して読んだ。先月号があまりにもペラペラの薄いつくりに「大丈夫かあ? どうなっちゃうんだろう?」と疑問符満載の心配モードにハラハラしていたが、今月号でその心配は一気に払拭された。驚かせてくれてありがと!
■「ゼクシー」のテレビCMで悪戯っぽい笑顔で胸キュンさせてる加藤ローサちゃんを新連載に加えるなんざあ、編集長W氏の真骨頂でしょう。取材依頼があれば、いつでも飛んで行きますよ(笑)。パパイヤ鈴木とクリームシチューを起用しているのも楽しい。時代はパソコンからケータイとビジュアルに移行しつつあるが、パソコンにもまだまだ面白味が残っていることが分かって面白い。「click FACTORY」は深い。“楽しい深い面白い”というメッセージがブリブリと聞こえてきていい感じ。
■ウキウキする情報に満ちていた創刊当時の雰囲気が戻ってきたようだ。しかし、「くりーむしちゅーの右脳左脳」の見開きページで、右脳が左、左脳が右のページにあるのはなぜ?

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<中学三年生のときに購入した「発想法」と先日購入した日経クリック>

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2004年6月 5日 (土)

いよいよ梅雨

6月5日。晴れ後雨。今年は6月6日から入梅となる。

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<赤坂事務所から眺める四角い夕焼け>

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大嫌いだからこそ

 私は触媒的な存在になりたかったのかもしれない、と最近になって自覚してきた。自分がそこに居ることで回りが変わっていく、そのような個性の持ち方が性に合っているような気がする。役回りとしては編集人より執筆する側に近い。
 大好きなこともそうだが、どちらかというと、どうしても耐えられないこと、嫌なことに接したときに、触媒はさらに大きな化学反応を起こすようだ。触媒とは強い意識、コンプレックスのことなのだろう。強いコンプレックスがモノ造りの原動力のひとつには間違いないようだ。
 大嫌いなものに直面すると、言葉を失い、引きこもってしまうことが多いが、大嫌いな存在だからこそ目を背けず直視したい。私は触媒なのだから。

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<満月の翌日>

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2004年6月 4日 (金)

松倉保夫氏を追悼す

■「ガウディの装飾論」(松倉保夫著、相模書房、2003年11月24日発行)を読む。
■この本を購入したきっかけは、「20世紀に見失われたガウディの思想」という副題に惹かれたからだ。松倉氏が書かれた文章に触れたのは「ガウディのフニクラ」(INAX出版)の中の一節でしかなかったが、「ガウディの設計態度」(1978年)や「ガウディニスモ」(1984年)を書かれていることは知っていた。
■本を購入して驚いたのは、「ガウディの装飾論」が松倉氏の遺作だったこと。本が出版される一年前に松倉氏は亡くなられていた。
■本編は一部しかまだ読んではいない。何しろ松倉氏が長年研究を重ねてきたもので、情報が盛りだくさんで、とても速読できない。松倉氏独特の論理展開に慣れる必要もある。どうも私は松倉氏ほどガウディ好きではないようだ。
■もしも、この本を書店で見ることがあったら、巻末の「解題」をぜひ見てほしい。30頁ほどあるが、著者の活動を冷静な目で簡潔に総括している。神子久忠氏が書かれた「解題」は、ひとりの学者に対する尊敬と愛情に満ちており、著者へのレクイエムとなりえている。
■久しぶりにパイプを取り出し「Dunhill My Mixture 965」を吸う。
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■葉っぱはカラカラに乾ききっていた。

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2004年6月 3日 (木)

エネルギーの源泉は?

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ある行動に君を強く駆り立てるのはなぜですか? 埋もれてしまいそうな貴重な職人を支援するとき、スタッフが気持ちよく仕事ができる物件を選ぶとき、書籍のテーマを絞り込もうと学習に励むとき、などなど。しかし、収入が滞りお尻に火がついて利益を優先すると、そのエネルギーは一気にしぼんでしまう。あの人の笑顔を見たい、自分が笑顔でいたいことを最優先に考えている限り源泉はひからびないのかもしれない。

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2004年6月 2日 (水)

仕事をする目的

■「自分の仕事をつくる」(西村佳哲著、晶文社)について一言。以前、日記に書いたものだが…、奥付をみると、2003年9月30日に出版され、私が手にしたのは2004年1月20日印刷の6刷と分かった。売れている。
■ “モノつくり”の現場を取材し、働き方を世に問うドキュメントタッチの力作である。
■取材は5年を要している。企画を通したのは翔泳社で「PC PAGEシリーズ」や伝説となってしまった雑誌「グル」を立ち上げたり、先進的な思想を世に問い続けている安藤聡(あきら)氏。
■雑誌風の書籍に仕上げているのはアジール・デザイン。
■企画、デザイン、内容すべて揃っており、売れてしかるべき本だといえる。以下、「まえがき」から抜粋したものを掲載する。

…私たちは、数え切れない他人の「仕事」に囲まれて日々生きているわけだが、ではそれらの仕事は私たちになにを与え、伝えているのだろう。…人間は「あなたは大切な存在で、生きている価値がある」というメッセージを、つねに捜し求めている生き物だと思う。そして、それが足りなくなると、どんどん元気がなくなり、時には精神のバランスを崩してしまう。…多くの人が「自分」を疎外して働いた結果、それを手にした人をも疎外する社会が出来上がるわけだが、同じ構造で逆の成果を生み出すこともできる。…問題は、なぜ多くの人がそれをできないのか、ということになるが、まずはいくつかの働き方を訪ねることから始めてみたい。

…(以上、一部略)「右往左往する記録メディア」の項より

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<いい仕事したものは、いつも美しい>

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2004年6月 1日 (火)

切捨て御免

▼本日(6月1日)、銀座に開店した研究室兼治療院の責任者たちと渋谷で落ち合う前に、新宿で私はのんきに演劇鑑賞。「新宿厚生年金会館」大ホールにて「劇団☆新感線」の舞台『髑髏城(どくろじょう)の七人』を観た。
▼この日の舞台は、この演目では最高のできだった。カーテンコールが4回あり、最後のカーテンコールでは観客たちがほぼ全員立ち上がって拍手喝采。この手の舞台では本当に珍しい光景だった。
▼この演目は一ヶ月ほど前(5月4日)に一度観たので、この日は二回目の観劇だった。前回は「新国立劇場」中劇場。まったく同じ配役だったが、「劇団☆新感線」にしては退屈させられてしまう場面多く、「どうしちゃったん?」と疑問が残る低調な舞台だった。「新国立劇場」から「新宿厚生年金会館」へ舞台を移したこの一ヶ月に、いったい何が起こってしまったのだろう? これほどまでに作り込んでくるとは思いもよらなかった。
▼ちょっと間延びした場面はバッサリと切り捨てていた。練習を積んだであろう脇役の労苦をスッパリと切り捨てた演出の勇気に脱帽。また、感情移入してしまう主な役柄にはそれぞれ見せ場を作り、あらすじが見えるように台詞を変えてもいた。

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