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2004年7月30日 (金)

校了日の夜

■今日は依頼された記事が掲載される雑誌の校了日だったはずなのだが、夕方から赤坂へ繰り出す。■雑誌が休刊になる理由は売れないから、と決め付けてはいけない。■順調に売り上げを維持していても、次のステップへランクアップするために、やむを得ず休刊するという場合もあるのだ。■「日経IT21」もそのひとつ。■編集部にはいつも静かな熱気があふれており、質の高い記事を掲載し続けていた。■休刊したのは二年近く前になるが、その雑誌に関わった編集者たちはその後も機を見て集まっている。■その集まりに今夜は乱入したのだった。

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<二次会は「そんな人だったのね」と言われる空間へ突入>

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<歌詞とは独立した画像が展開する>

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2004年7月29日 (木)

スーツァンレストラン

■出版物を最終確認するとき、最近ではPDFファイルが当たり前のように使われるようになっている。メールで送られてきた6ページ分の雑誌記事もPDF形式のファイルだった。■PDFファイルをアクロバットで開くと出力イメージが正確に表示され、コメントを書き込めるため、PDFファイルは最終チェックに適している。■コメントを付けたPDFファイルをメールで返送し、何回か電話で確認を取り、午後4時にやっとのことで原稿を手離れする。
■担当編集者のH女史にはずいぶん負担をかけてしまったなあ、と反省しつつも夕方から外出。渋谷『スーツァンレストラン』に向かう。さて、今夜から暑気払い週間が始まった。

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<揚げ饅頭は陳三代目の自信作>

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2004年7月27日 (火)

変わるとき

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<鮮やかな夏のPapa's>

■模様替えしたばかりのAR事務所では、12名のスタッフたちがディスプレイを前に黙々とデザインに没頭していた。穏やかな雰囲気の中に流れる強い意志のカタマリを感じた。

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2004年7月21日 (水)

熟すとき

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<動かせるのはこの手だけ>

■これまで私は何度もあの悲惨な情景を見てきた。真摯に創造する表現者が脆くもつぶれるさまを。■M女史は自分の置かれた状況に戸惑い追い込まれ、自殺という道を選んだ。T氏は二十年近く前に精神を病み、今でも専門の病院で療養中である。最近になって彼はやっとなんとか、年賀など季節のやりとりができるようになった。■I氏、S氏、M氏…、残念ながら他にもいる。
■モノ造りに対峙するとき、真摯であればあるほど病んでしまうケースが発生するのはなぜなのか。■なかには修士や博士課程を終え、大学や企業で研究開発にあたっていた純粋な技術者たちもいた。■優等生だった彼らは、蓄積してきた知識や、長年培ってきた技術に比較すれば、モノ造りなんてたいしたことない、と、たかをくくった者のいたに違いない。■油断すると足をすくわれるし、考えすぎると自滅する。
■“とりあえず”モノを造ることは誰にでもできることだが、自分にしかできない“何か”を発見し、その実現までの道程を自覚したとき、あの苦悩が始まるのだ。■果たしてこの四半世紀の時間の流れを俯瞰すると、いい加減なお調子者たちだけが生き残ってきたように思える。■奴らは臆病で自信がない。だから、彼らは幅広く調査し仮説を立て、問題を解決してきたツワモノでもある。いつも彼らは何かを追っかけ続け、そして追いかけるオブジェクトが“熟すとき”を辛抱強く待っているのだ…と思う。

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ロジェーのシソーラス

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<ロジェーにはフラッシュメモリと携帯と酒と逆さマウスがよく似合う>

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<ただし、飲みすぎは禁物。またかよ…>

■捨てられないものの一つに「Roget's Thesaurus(ロジェーのシソーラス)」がある。■捨てられないというより、がんじからめになった自信いっぱいの顕在意識を見事に切り刻んでくれる、無くてはならない暴れん坊ツールなのだ。■これまでいったい何度この辞書に助けられただろう。日本語シソーラスを使うこともあるが、発想を本気でシャッフルさせるには、このロジェーでないと物足りない。

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2004年7月20日 (火)

東京の最高気温更新さる

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<室外での体感気温は上昇し、午後1時には47度!>

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<まぶしい日>

■午前11時、上京していた兄夫婦を東京駅まで見送りに行く。■近くのホテルまで徒歩で一分。■この日、東京では観測史上最高気温となる39.5℃を記録したらしいが、直射日光を浴びながらアスファルトで塗り固められた道路を歩く体感気温は、45℃を超えている。■確かに頭をブルンと揺さぶられるような暑さだったが、乾いた風が吹いており、体験したことのない暑さとは思えなかった。

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2004年7月16日 (金)

週の締めくくりは「ナウシカ」

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<LDなんて、もう時代遅れなのかなあ?>

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<共存する世界>

■昨夜は早く床に就いたものの、三時間ほどで目が覚めてしまった。日経クリック編集部のH女史を待たせたままの原稿に手を入れ始める。構成を再考していたら、グローバリズムが抱える矛盾に頭が爆走してしまい、またも徹夜となってしまった。
■Windowsに対するセキュリティについて今回は考察を進めているが、ユダヤ教やキリスト教世界に対するテロ行動をラジカルに根絶する方策をどうすればよいのか、と考えが広がってしまったのだ。例外を許さぬシンメトリを武器にマネー集中を美徳とするごく一部の富裕層に追随している現状の世界は何か狂っている。人の顔はアシンメトリだからこそ美しさを感じるではないか。お互いの違いを認め合い共存することこそ美徳とするべきだろう。
■自分の得意分野がコンピュータであり、売れるネタを提供するためにWindowsというシンメトリの世界に加担し、その恩恵を受けてきた者の一人だ。偉そうなことは言えない。とはいえ、知らぬ振りして黙っているわけにもいかないだろう。う~む、悩ましい限りだ。早朝、なんとか構成をまとめて編集部へ送る。
■仮眠をとり午後から外出するが、腫れ上がった顔が情けない。今日は営業なのだ。外は曇っていたがやはり暑い。上着を手に半袖シャツ姿で歩くビジネスマンや、タンクトップで肌をあらわにした女性たちが目立つ。こんな日はネクタイを締め背広を着て、厚着したほうが体にはいい。汗は出るが下着に吸収されて温度調整できるし、地下鉄やビル内の冷房に負けることもない。
■最初の営業は湯島。L社にて2冊の出版が確定し、今後の企画として1冊を練り込むことになった。担当者K女史からお土産にといただいた上野『うさぎや』のドラ焼きは、お菓子というより丁寧に調理された甘味物というべきだろう。素材を活かした上品な甘さが際立っている。
■2つ目の営業は四谷三丁目のS社。到着直前の午後三時頃、パラパラと大粒の雨が落ちてきたが、打ち合わせの間に雨雲は去っていた。A女史とは久しぶりの共同作業となる六百ページの本。出版社側に明確な出版意図がありやりやすい。
■四谷三丁目から新宿『中村屋』は駅ふたつと近い。遅い昼食を済ませ、本日3つ目の訪問先である半蔵門に向かう。例の雑誌記事について構成を編集者たちと顔を突き合わせ議論す。三人寄れば文殊の知恵、とはよく言ったものだ。記事を完成させる工程は遅延したが、雑誌メディアの特性を活かした内容が読者に提供できれば、その過程はどうでもいいのだ。
■大汗をかき夕刻帰社す。シャワーで汗を流すと喉に痛が走り熱っぽい。夏風邪らしい。薬を飲み「風の谷のナウシカ」のLDを横目で見ながらこの一週間をまとめる。
■ウェブを見ていたら、ABC(青山ブックセンター)が営業を中止したというニュース(http://www.asahi.com/national/update/0716/032.html)に愕然とした。ウェブにもアクセスできなかった。実店舗に独自の視点で書籍を集め、ウェブから質の高い書誌情報を発信していたのに、非常に残念でならない。

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2004年7月15日 (木)

髪を伸ばすこと

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<体感気温は夕方でも35度を超えていたはず>

■春が過ぎた頃から不惑の域に安住できぬようになり、数年続けてきたマルガリータをやめ、頭髪を伸ばし始めた。
■頭髪を伸ばし始めると、石鹸でなくシャンプーを使うようになる。リンスとかトリートメントなんぞにも手を伸ばす。これがなかなか気持ちいい。頭髪をメンテナンスするためのシャンプーやリンスが実は頭皮を保護していたこと、頭髪が頭皮を守っていたことに初めて気がついた。気持ちいいと感じたのは、頭髪よりも頭皮のほうらしい。
■頭髪を洗う洗剤には香料が使ってある。「無香料」と銘打っていても、体臭を抑えるための必要最小限の香料は入っているものだ。いったん香料に接すると、その方面へ手が伸び始めるから面白い。そうしてお洒落になっていくらしい。
■頭髪を伸ばし始めて驚いたことは他にもある。頭髪があると小顔に見えるらしい。態度も実態も顔がでかいので、少なからず嬉しい。しかし、もっと驚いたことがある。髪が薄くなっていたことだ。親類縁者にいわゆる“ハゲ”は一人もいないので、丸坊主時代に石鹸でゴシゴシ洗い、太陽光にジリジリ焼かれた頭皮が悲鳴を上げていたに違いない。何事にもきめ細かなトリートメントが必要らしい。
■今日は髪をなでつけ背広を着て外出した。水天宮工房から日本橋「三越」本店までは駅ひとつ。少し遅めのお中元を手配し帰社す。暑さのためか猛烈な睡魔に襲われ、原稿をほっぱらかして早々に休む。

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2004年7月14日 (水)

暑い夏は桃が旨い

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<小振りで色もいまいちの安価な桃だが、香りもよく美味。>

■最近、このblogでは画像をアップロードできるようになった。サーバーの中に画像データを保管してくれるのはありがたい。さっそくこの画像からアップロードしてみた。何か違っているかな?
■ここにアップロードするときは、画像を480×320ピクセルに縮小し、テーブル枠の幅にすっぽり入るように合わせている。枠よりサイズを大きくした場合はどうなるのか、次に試してみたい。
■コミュニケーションはやっかいだ。■この言葉は人と人との意志疎通をはかる場合によく使われるが、技術用語では「通信」を意味する。コンピュータをネットワークに接続して通信できるように設定することがやっかいなのだ。■OSが変わると同じ技術内容なのに別の用語が使われる場合が頻発する。今日はそのやっかいな設定に翻弄され、肝心の執筆を始めたのは、もう日が暮れてからだった。気分直しに桃を食す。指でつまんで外皮がむけるのは、この時期だけか?

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2004年7月12日 (月)

潮風香る日

■東京都心は海が近いため、南東の風が吹くと東京湾から潮の香りが押し寄せてくる。■赤坂や表参道のある港区のように少し海から離れた地域では、海のほのかな香りを感じていい気分になるのだが、水天宮のように海に近く大きな川が流れている中央区では、海水浴場に来てしまったのかな、と思わせるほど潮の香りが強烈になる。■高層ビルの中であろうが地下鉄のホームであろうが、潮の香りが今日は充満していた。
■夕刻、日経BP社出版局のY氏と書籍タイトルについて水天宮にて打ち合わせ。■とんかつ屋『はじめ』に合流した編集者T氏の状況は“かなり”重い。■事務所に戻り、取って置きのプーアル茶をグラスに注ぎ、みなで飲む。体ごとスカッとできるといいのだが。■夜はまた一人で飲む。

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<事務所移転祝いの酒をまた1本飲み干す>

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2004年7月11日 (日)

足を運ばせる意欲

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<三年前に買った大寺氏の作品>

■三年前に購入した彼のイラストを眺めていたら、個展最終日に足を運ぶのをやめようと思った。初日には、もう一度来ようかな、と思ったのだが、結局行けずじまいに…。何を置いても駆けつける意欲がわかなかったのはなぜだろう。
■大寺聡氏が描くイラストを眺めていると、次元が違う世界に連れていかれるような快感を感じる。ちょっとシニカルでメランコリックなメッセージと知らないメロディも聞こえてくる気がする。香りや味や肌触りを感じたことはないが、彼のイラストは視覚だけでなく聴覚を刺激し、未来への期待と不安を同時につきつけてくる。
■三年前の個展で購入した彼の作品「リマスタリング」(http://www.ohtematic.com/studio/stereo/03.html)は、書斎に置いている。キーボードをたたくことに疲れ振り向くと、左手に彼の絵があるのだ。絵には以下のようなコメントが付けられている。
 リマスタリング remastering
 窓のない部屋で作業をしているので、もう今は昼なのか夜なのか、
 分からなくなっています。昼寝?就寝?
 多彩な次世代フォーマットに合わせて古い音源をリマスタリングしている光景。
■数年前に彼は東京を離れた。祖父が暮らしていた鹿児島の片田舎に移住し、その地にて現在は活動を続けている。今回の個展に展示された絵は、まとまった1つの世界を描き込んだものは少なく、シニカルなメッセージを大胆にデフォルメした表現が大半を占めていた。いわば一発芸的な作品であり、次元の違う世界へ連れ去ってくれるような描き込んだ作品ではなかった。
■彼は鹿児島の地で違った世界を拓こうとしているのだが、今回の個展で見ることができたのは、その途上にある習作ではないか、という思いが足を運ばせなかったのかもしれない。

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2004年7月 7日 (水)

カラリと快晴

■夏はいつも突然やってくる。快晴で気持ちいい日は空調を切り、汗だくでキーボードをたたくのも悪くない。■この一週間は事務所やウェブ移転の後処理にほとんどの時間を費やしていたのだが、一方で新しい仕事が一気に動き出しており、スケジュールを調整するのに手を焼いている。■面白いムック本の企画が「日経PCビギナーズ」編集長の大塚さんから舞い戻ってきたのに、スケジュールがどうしても合わずお断りせざるを得なかったり…。重なるときはそんなものか。■雑誌記事を書く仕事を久しぶりに引き受けることにしたのは、先日の飲み会で好きなタレントの生写真を編集長がくれたからではない。

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<ゼクシーのCMモデルはイタリア語講座のアシスタントをしているらしい>

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引越し案内を出せないまま…

■昨日、お中元が赤坂から転送されてきた。会社を引越し、宅配便や郵便局などへの転送届けや、その他もろもろの届出手続きは終わっていたので、事なきを得たようだ。
■しかし、クライアントや知人、友人たちへ送付しなければならない「住所変更のご案内」を出せずに困っている。ファクス回線がつながっていないからだ。新しいファクス回線番号はとっくの昔に決まっているのに、マンションの管理会社の対応が悠長で、回線が不通のままなのだ。
■今回の引越しでは物理的な住所も変更になったが、これを機会にと、ウェブサイトを置いているウェブサーバーも同時期に変更した。ウェブ上の仮想的な住所である「url」は変更していないので、外見には変更はされた形跡は見えない。
■トラブルは重なるらしい。サーバーの管理会社にもミスがあり、二三日ほどウェブページが表示されない事態が発生している。それに伴いウェブサイトを更新することもできなくなっている。そのために、このblogに写真データを引っ張ってくる画像リンクをはれない。写真がないと、メッセージを書くときにイメージがわかない。
■というわけで、しばらくの間このblogを更新できなかった、という言い訳でありました。七夕である本日には、ファクス回線もサーバー設定もきっと正常になることでしょう。

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2004年7月 6日 (火)

都会にも空はある

■外は雨なのに気温は30度を超えていた。こんな日には仕事もジメジメになりがち。PDFファイルに発生する問題が夕刻までに解決せず気が滅入ったが、空をあかね色に染める夕陽に救われた気がする。

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<水天宮の夕陽>

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ニッポンの手仕事

■月曜日の夜はイギリスから帰国したばかりのカメラマン、井上雅義さんと赤坂『うまや』で飲んだ。彼が日経エコロジーに連載していた記事が「ニッポンの手仕事」という書籍として昨年9月に出版されたのだが、その手伝いをうちでやった縁で半年振りの宴会となった。
■井上さんは共同通信社で報道カメラマンとして長いこと時代の節目を写真におさめてきた人物。現在は自らのライフスタイルである「エコロジー」をキーワードとしてフリーランスの立場から写真撮影と執筆をしている。穏やかな人柄は写真にもテキストにもにじみ出ている。
■出版に寄与した出版局のY氏、日経マスターズの元副編集、井上さんの担当である日経エコロジーの副編集長たちも加わり、写真を撮ることの醍醐味や本つくりにかける思いを深夜まで語るのだった。モノが引き合い反発しあう源泉は何か、それは“螺旋(らせん)”構造にあるのではないか、分析だけでは本質に迫ることはできないとか、ミヒャイル・エンデのトカゲの話とか、徹夜明けだった私は二次会で見事に撃沈した。

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2004年7月 1日 (木)

回転が鈍くなったら

■引越し直前から急に動き始めた仕事の初校提出が明日の午前中に迫っている。まだ終わっていない。でも渋谷へ出かけねばならない。夕刻から玄妙兄弟の二人に会うためだ。外に出ると驚いた。昨日までの蒸し暑さとは打って変わり、今日は湿度も温度も穏やかでカラリとしてさわやかだったからだ。少し遅れ気味で足早になるが、仕事を終えた女性たちが私を追い越していく。ああ、そうか、木曜日の夜か…。
■渋谷『ラージマハール』は風俗系店舗が多く営業している雑居ビルの5階にあるが、カレーの旨さは群を抜いている。食べながら書籍の企画を話し合うなんて野暮なことはしちゃいけない。しっかり味わい、そして話をするのだ。しかし、玄妙兄弟とは正面気って真面目な話ができない昔からの友人たち。今夜も笑うばかり。いったい何を話していたんだか…。
■玄妙兄弟の浅野氏は美大の教授職という社会的なしがらみから離れたところで一発かましたいらしい。ホントはコレをやりたいんだよね、という本音を確認しあうことが、企画会議初日の目的であり、私が渋谷へどうしても出てきたかった理由だった。自分を見失いそうになったときは、何をおいても会うべき人のところに足を運ぶといい。

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<鈍くなってきた回転>

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ギンちゃん、ありがと

■ギンちゃんと知り合ったとき、彼女は二十歳そこそこだった。律儀で可愛いのは今でも変わらない。ソフトウェア開発者だったギンちゃんは、ひょんなことからライターをやる破目になってしまったが、彼女は着実に進化し、質の高い情報を発信し始める。周囲の老練な書き手たちを大いに刺激した。
■私が困ったり落ち込んでいるとき、そんなときに限って山形に戻ったギンちゃんから便りがフラリと届く。さくらんぼのほのかな甘みが今日は飛び切り嬉しかった。

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<山形から届いた「庄内のさくらんぼ」>

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メディアを捨てるとき

■引越しを機会にいつも大量のメディアを捨てる。フレクシブルディスクと呼ばれていた5インチサイズや、手持ちのマシンではもう読み込めない3.5インチの2DDなども後生大事に残していたからお笑いだ。■原稿やログのバックアップデータだけでなく、古いバージョンのアプリケーションソフトや、当時は“名作”の名を轟かせたにも関わらず消えてしまったアプリケーションソフトもあった。一太郎はバージョン3がピークだった。新松もLotus 1-2-3もD-BaseもPage Makerも消えた。■今回はゴミ袋3つ分に詰まった時間と労力を消去した。
■もう時効だから話してもいいだろう。その昔、アルダスという会社があり、「PageMaker」というDTPソフトや「FreeHand」というイラスト作成ソフト、「Persuasion」というプレゼンテーションソフト、「Fetch」というファイル管理ソフトといった製品マニュアルをうちでも請け負って作っていたことがある。■その頃はまだバブルの余韻が残っており、マニュアルにも潤沢な予算と優秀な人材を投入することができた。アルダス社に限らず、斬新な企画を提案でいる自由も、それを受け入れる余裕もあり、仕事は刺激的で面白かった。■あの頃に造られたマニュアルの中には、職人でなければできない手間と斬新な手法がふんだんに盛り込まれ、テクノロジーと接する楽しさを伝えるものが確かに存在した。今あのレベルのマニュアルを企画制作することは難しいだろう。
■あの頃に開発された制作手法は順次テンプレート化され、設計と執筆の訓練をある程度受けた者であれば、ウィザード化された手順に従って作業を積み上げることによって、マニュアルという形にすることができるようになっている。■業界は成熟期に入ったと言っていいのかもしれないが、私は興味をなくし、仕事から手を引いた。■そして、ある出会いがあり、得意の矛先を市販の書籍に向けた。執筆したり本を制作したり、人さまが書いた文章を翻訳したり編集したりしてきた。
■最後にアルダス社の担当者たちとやったマニュアルはアドビ社から発行された。自社が吸収合併されると同時に担当者たちはアドビ社へ入社した。日本語でオヤジギャグをかましてくれた若い米国人担当者はシマンテックへ転職した。■あれから何年かが経過し、彼らは日本の印刷業界を変革してきた。I氏はアドビ社の社長となった。■アドビ社の勢いはすさまじく、デザイン・印刷業界での業務用ソフトをほぼ独占した。
■ソフトウェア開発の努力と著作権を尊重し、例外なく正規ユーザーであることを当然の行為としてきたが、今回の最新ソフト「Creative Suite」へのバージョンアップは釈然としない。■「InDesign(元はPageMaker)」や「Photoshop」「Illustrator」を初期バージョンから長年に渡ってバージョンアップしてきた利用者をないがしろにしてる気がするのは、私だけだろうか。
■とりとめなく話を流していると、自慢めいた昔話と愚痴が多くなる。読み込み不能となったメディアは頭の中からもさっさと切り捨て、次のメディアに切り替えないと先がないようだ。

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<引越しするたびに使えなくなったメディアを捨てる>

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