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2004年8月22日 (日)

blogのサイト移動

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<また豚が現れた>

■blogのサイトを移動しました。
■blogを開始した日は2004年4月16日でした。ネットトライブ社(NetTribe.Inc)のblogサイト(http://tadashi01.blogtribe.org/)を五ヶ月間使ってきましたが、諸般の事情により、本日、2004年8月22日、この「ココログ」に移動してきました。
■この日以前にアップされているメッセージはネットトライブ社のblogサイトにアップされたものを転記したものです。メッセージに付けられたコメントやトラックバックは、残念ながら残しておりません。貴重なコメントやトラックバックを付けてくれた方々にお詫びします。しかしながら、書かれたコメントの内容は記憶の中にしかと残っておりますので、ご容赦ください。

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アクセス・ナインとつぶやくとき

■ジージージーというけたたましい鳴く声に驚き、窓に目をやると、セミが一匹、窓の網にへばりついていた。

■この二三日で暴力的に暑かった夏にもかげりがさしてきている。このセミは“晩熟(おくて)”らしい。こんな窓にへばりついて鳴いていても、どうしようもないじゃないはず。単に要領が悪いだけかもしれない。果たして身朽ち果てる前に相方を探し当てるとこができるのだろうか、と同情しながらも、すぐ近くでセミの様子を黙って見ていた。セミはもう一度鳴き、二十分ほどで飛び去った。

■飛び立ったセミが力尽きるのは一週間以内だという。セミはタイムリミットを知っているのだろうか? あのセミに急かされたのかもしれない。残された時間を正確に予期できないことは幸せなことだが、タイムオーバーは予期せぬときに突然やってくる。あるサイトに置いているblogへのアクセスがひどく心もとないので、今日、このココログにそのblogを移動することにした。

■というわけで、access_9(アクセス・ナイン)をここで再開する。

■心に“揺らぎ”が起きない限り、先に向かって進めない。心が揺らぐのは、“訳の分からぬ気になる何か”に遭遇してしまったとき。気になり始めると、揺らぎの振幅は加速度を増す。加速度の度合いは、気になるものとの距離の自乗に比例する(ホントか?)。距離が遠すぎれば永遠に手が届かなくなる。とはいえ、遠ければ遠いほど気になるし、手が届く限界、つまり閾値(しきいち)を自分で判定することも難しい。困ったものだ。

■心に“揺らぎ”が起きて、気になる存在と折り合いをつけようとするとき、指数級数的に爆発する“揺らぎ”の振幅の中に身を置くことになる。その中にいなければ、気になる存在と共鳴し、思いもよらなった世界を造りだすことはできない。モノ造りする力の源泉はそこにある。アントニ・ガウディに惹かれるのもそこにある。

■心が“揺らぎ”過ぎると自分を制御できなくなり、様々な問題を引き起こす。言葉を失くし、引きこもってしまうこともある。そんなときは、こうつぶやいて瞑想に入るのだ。

 「アクセス・ナイン、アクセス・ナイン、アクセス・ナイン…」

■ナインとは、第九職、阿摩羅識(あまらしき)のこと。仏教用語だ。私は宗教家でもなく、瞑想の推進者でもないし、自己啓発の啓蒙家でもない。単なる表現者にすぎない。第九職という領域に達することを目的に生きているわけではなく、その領域を意識した「モノ造り」をやろうとしているだけの存在。

■私にとって最大の課題は、現時点では気づいていない自分の中にあるポテンシャルを、どうしたら引き出すことができるかだ。金銭や名誉、社会的地位なぞ無用のこと。とはいっても、支障なく仕事をし、礼を失しないためには、それなりのものも必要になる。

■なんとか均衡を保つために、今日も「アクセス・ナイン」とつぶやくのだ。

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2004年8月20日 (金)

負けても相手をいたわる心

■アテネオリンピックのせいで寝不足続く日々である。今回の日本選手たちの健闘は素晴らしい限り。少々の眠さは、がまん、我慢。
■ライブで観戦できるという幸運を今回は切に感じている。競技する選手の一挙手一投足に目が離せない。それは、自国の選手の勝利をほぼ同時間帯に応援できるだけでなく、現実ではあり得ない一瞬があるからだ。
■松坂投手が先日、オリンピックで初めてキューバ野球チームから勝利を挙げた。自国民が勝利を挙げることは単純に嬉しいと感じた。ただ、あの試合では勝利以上に涙したことがあった。スポーツという実生活ではありえない秩序と儀礼のある世界で繰り広げられるさりげない仕草に涙してしまったのだ。
■それは、あの試合が終了した後、両チームの選手が握手を交わしているときだった。一人のキューバの選手が松坂投手と握手をしたとき、彼は日本のエース投手の右肩をそっとなでたのだ。三回裏の攻撃で、キューバ選手の鋭い打球が松坂投手の利き腕である右腕に直撃。投手は治療に時間を要した。
■試合には負けても、負傷した相手選手を気遣う心がそこにはあったのだ。そんな一瞬にまた立ち会えるかもしれぬ、と思うと、寝不足が続くのは間違いない。

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2004年8月17日 (火)

雑巾はギュッと絞って

■中途半端が許されない季節がやってきた。
■雑巾が臭くなるのは、乾かすのか湿らせておくか、どっちつかずの中途半端にしてしまうからだ。■雑巾を使い続けるなら、使った雑巾をちゃんと洗い、その後でギュッと絞って水を追い出し、雑巾を捻り込んだまま置いておけば、すぐには乾かないしいつでも使える。生乾きにならなければ臭くはならない。■雑巾をすぐに使わないなら、ギュッと、もう一度ギュギュッと絞って水を追い出し、布を開いて干せばすぐに乾くし臭くならない。
■雑巾みたいな臭いがするのは雑巾のせいではない。雑巾を少し濡れたまま放置してしまうからだ。■布を中途半端な水分を含んだ状態にすれば、雑巾でなくとも臭くなる。
■夏を満喫できないまま引きずってしまうと、心が臭くなる。ギュッと絞って残り少ない夏にスタンバイしたままにするか、ギュギュギュッと絞って夏とおさらばし秋に備えるか。■中途半端が許されない、そんな季節がやってきた。■私の手には雑巾の絞りダコが2つあるが、タコができるのは未熟な証拠らしい。
■残り少ない夏に挑みかかるもよし、秋を静かに待つもよし。どちらを選択するにしても、どちらかを選択しない限り、心が臭くなる時期がやってきている。■時期をいっすれば取り返しがつかなくなる。■中途半端が許されないのはつらいことだ。

雑巾の絞りダコ見る空の雲
20040817

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2004年8月 9日 (月)

静かに過ごす日

■丸坊主頭にクリクリ目の女の子がニコニコと私に笑いかけ、飛び跳ねていった。名前はサトミちゃん。その子は白血病だった。抗がん剤を投与され毛髪が落ちても、子供はいつも面白いことしかできないのだ。そんな彼女の命を救う唯一の手段は、骨髄移植しかなかった。
■移植できる骨髄は限られている。親兄弟であっても移植できるとは限らない。家族全員で検査を受けた結果は驚くべきものだった。ほぼ全員が幼いサトミちゃんの骨髄と合致したのだ。医者はその確立の高さに驚き、お姉ちゃんのカオリはニッコリ笑って自分の骨髄を提供した。当時の骨髄手術は麻酔をしても痛みが残った。十数年たった今でも、あの痛みをカオリは忘れられない、という。

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<子供を巻き込んではならない>

■果たして移植は成功し、サトミちゃんの髪は普通に伸びて元気になり、十数年が経過した。しかし、病魔が再発しないとは誰も保障できない。科学的な統計は知らないが、原爆を受けた世代から半世紀を経た今でも、白血病が新たに発生し、いつ再発するかもしれぬ恐怖におののく子供がいることは事実なのだ。
■朝鮮で農林省の役人を勤めていた私の父は、長崎に原爆が落ちた直後に視察におもむいた、という。戦争が終わり彼は伴侶を得、十年後に長崎に住まいを置くことになる。それから二十数年を経て、夫婦ともども急性の癌を患い、あっけなく逝ってしまった。原爆が残した放射能との関連は明らかではないが、原爆の落ちた長崎では、今でも白血病や癌が発生する確率は、他県に比べて数十倍も高いという事実は拭い去れない。
■原爆が落ちて二十年以上たった長崎の地で生まれ、神戸と博多で青春時代をすごした妹は健康そのものだった。博多の地で伴侶を得、三人の子宝に恵まれた。ポルトガルの血を引く子供たちは天使のようにかわいかった。よもや自分の子供が白血病におかされるとは、原爆の放射能が世代を超えて追っ駆けてくるとは、妹は思ってもいなかったろう。原爆の放射能の影響を忘れたくても忘れられない若い世代が今でも存在する事実は痛ましい。
■8月9日、午前11時2分。頭を下げ目を閉じ黙祷す。骨髄バンクに登録した私の骨髄も、いつか役にたつときがあるかもしれない。

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2004年8月 2日 (月)

BBS第一世代

■制約のない自由は不自由だ。■コンピュータのOSがシンプルでバレバレだった頃は、低すぎる機能が不自由で情けなく、コンピュータはいじりやすく可愛げがあった。■過度の注意力や繰り返しといった非人間的な作業を、パソコンにおっかぶせることが比較的簡単にできた。もう二十年近く前の話になる。■今夜は高円寺にある沖縄料理屋『抱瓶(ダビチン)』にて、そんなBBS第一世代の仲間たちに会った。■昔話と愚痴はご法度。ただ、ズルズルと飲み、終電で帰宅す。

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<九段下で最終電車を待つ人----------->

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