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2004年8月 9日 (月)

静かに過ごす日

■丸坊主頭にクリクリ目の女の子がニコニコと私に笑いかけ、飛び跳ねていった。名前はサトミちゃん。その子は白血病だった。抗がん剤を投与され毛髪が落ちても、子供はいつも面白いことしかできないのだ。そんな彼女の命を救う唯一の手段は、骨髄移植しかなかった。
■移植できる骨髄は限られている。親兄弟であっても移植できるとは限らない。家族全員で検査を受けた結果は驚くべきものだった。ほぼ全員が幼いサトミちゃんの骨髄と合致したのだ。医者はその確立の高さに驚き、お姉ちゃんのカオリはニッコリ笑って自分の骨髄を提供した。当時の骨髄手術は麻酔をしても痛みが残った。十数年たった今でも、あの痛みをカオリは忘れられない、という。

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<子供を巻き込んではならない>

■果たして移植は成功し、サトミちゃんの髪は普通に伸びて元気になり、十数年が経過した。しかし、病魔が再発しないとは誰も保障できない。科学的な統計は知らないが、原爆を受けた世代から半世紀を経た今でも、白血病が新たに発生し、いつ再発するかもしれぬ恐怖におののく子供がいることは事実なのだ。
■朝鮮で農林省の役人を勤めていた私の父は、長崎に原爆が落ちた直後に視察におもむいた、という。戦争が終わり彼は伴侶を得、十年後に長崎に住まいを置くことになる。それから二十数年を経て、夫婦ともども急性の癌を患い、あっけなく逝ってしまった。原爆が残した放射能との関連は明らかではないが、原爆の落ちた長崎では、今でも白血病や癌が発生する確率は、他県に比べて数十倍も高いという事実は拭い去れない。
■原爆が落ちて二十年以上たった長崎の地で生まれ、神戸と博多で青春時代をすごした妹は健康そのものだった。博多の地で伴侶を得、三人の子宝に恵まれた。ポルトガルの血を引く子供たちは天使のようにかわいかった。よもや自分の子供が白血病におかされるとは、原爆の放射能が世代を超えて追っ駆けてくるとは、妹は思ってもいなかったろう。原爆の放射能の影響を忘れたくても忘れられない若い世代が今でも存在する事実は痛ましい。
■8月9日、午前11時2分。頭を下げ目を閉じ黙祷す。骨髄バンクに登録した私の骨髄も、いつか役にたつときがあるかもしれない。

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