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2004年10月20日 (水)

お披露目の日

10月17日(日)のお話

午前十時から夕方までモニュメントの式典が行われた。田中裕也氏による講演会に始まり、モニュメントの除幕式、職人たちによるパネルディスカッションはどれも内容の濃いものだった。江別は日本におけるレンガ発祥の地であり、レンガによる町興しに非常に力を入れている。今回のモニュメントは、カタルーニャ・ヴォールトと呼ばれる、伝統的ではあるが画期的なレンガ施工法によって制作されたものであり、多くの参加者が予想された。しかし、あきれるほど少ない参加人数には驚いてしまった。ほとんどが関係者ばかり。

日本でのレンガ建築物は、イギリス・ドイツ系のレンガを積み重ねる施工法で造られたものばかり。そのようなレンガ建築物はたび重なる地震で多くが倒壊したため、レンガ造りは壊れやすい、という認識が日本では常識となっている。レンガ造りを推奨する江別の「セラミックセンター」でさえ、レンガは建築物の構造を成す建材でなく外壁を飾る単なる装飾材として使われているに過ぎない。

今回制作されたモニュメントは、レンガが単なる装飾材でなく、構造を成す建材となりうることを証明する記念碑といえる。スペインでは伝統的であっても日本では馴染みの薄い新しい手法が有効なことを、レンガ発祥の地である江別でなぜもっと大きく取り上げなかったのか、疑問に思う。

職人たちは式典の夜もモニュメントの養生に精を出していた。

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急に冷え込む北海道

10月16日(土)のお話

丸一日「セラミックセンター」の広場前に立ち、毎日朝七時から現場で働いている職人たちの仕事を眺める。彼らは自分で仕事を見つけ、お互いに目配せしながら黙々と働いていた。この二週間に渡る彼らの働きぶりはまったく変わらなかったですね、と企画に携わったウェブワンのA氏は言った。彼らが作業終了をよしとしたのは、午後7時を回っていた。モニュメント造りは本日をもって終了。明日、一般公開される。北海道はこの日の夕方から急に冷え込み、体は凍えたが心は熱いままだった。北海道は本格的な紅葉の時期に入ったようだ。

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職人が集中する空間

10月15日(金)のお話

早朝に起床。週が明ける前に済ませておかねばならぬことをやり、外出す。「東京シティーエアーターミナル」までは徒歩三分。午前九時半発のリムジンバスで羽田へ向かい、搭乗手続きを済ませ、クラスJのゆったりシートで新千歳空港に到着したのは昼前だった。

Uシートの電車で空港から四十分ほど走り札幌駅に到着。ホテルにチェックインし、待ち受けていた友人A氏とお決まりの札幌ラーメンを喰らい、札幌から江別まで電車で二十分ほど移動し、タクシーを十五分ほど走らせ「江別セラミックセンター」に到着。入り口広場で田中裕也氏と再会す。

彼が設計したモニュメントに最後に仕上げを施している職人たちの仕事ぶりに見入ってしまった。スペインから招聘されたカタルーニャの伝統職人ジョルディもいた。ボランティアで参加している彫刻家の原田ミドー氏はこう言った。
「裕也さんとジョルディを気持ちよくスペインに帰したいんだよね」

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夜は札幌に戻り、田中氏の最大の協力者と会う。札幌で弁護士活動をする田中氏の兄君だ。友人A氏と三人連れ立ってすすき野を徘徊す。

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昨今のWeb事情に感謝

10月14日(木)のお話

諸般の事情により明日の金曜日から北海道に出張できるかどうか定かでなく、飛行機もホテルも予約していなかった。しかし、行かねばならぬ。

諸般の事情をなんとか収拾し、予約を始めたのはもう深夜に近かった。まず飛行機を予約。各航空会社の飛行機の機種を確かめ、少し広めの座席をできるだけ安価で予約するために、空席を確認し往復でチケットを購入す。問題はホテルだった。札幌の金曜日はどこのホテルも満室状態。しかし正規料金でホテルを利用するのも面白くない。よくよく調べてみると高額の老舗ホテルだけに空き室があり、Webで予約すると半額以下で利用できることがわかった。申し訳ないほど安価な宿泊料金に驚く。しかも前日でも予約OKなのだ。最近のWeb事情の進歩もさることながら、老舗ホテルも背に腹はかえられないのだろう。

ひとつだけ心残りなのは夕方の電話だった。「牡蠣ご飯を今日から始めますけどぉ。五島列島から鯖も届いてますよ」と『椿』の女将からの甘いお誘いに応えられなかったこと。

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典型的なライター稼業

10月13日(水)のお話

イラストレータかぶ吉&ハルバル氏と前後不覚になるまで久々に飲んで帰った昨日の深夜に気がついたメールのお蔭で、そのまま今日の夕方までキーボードを打ち続け原稿を修正しメールにて提出。TVドラマ『相棒』再放送の最終回はビデオ撮り。意識もうろうとしたのまま日経BPY氏ら病人二人と乃木坂の『リングア・ヌーダ』へ駆け込む。あと一週間と迫ったシェフに命吹き込まれるも、どうやって帰宅し眠ったのかは記憶に定かでない。

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2004年10月12日 (火)

妖艶な月夜

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祖父母を思う孫の気持ちが心に染み、五島列島で過ごしたお盆の夜を思い出す。親戚一同が今も暮らしている島の闇はことごとく深い。だから月夜はまぶしく、妖艶な夜を演出する。お盆の月夜に出歩き、早く逝ってしまった父母と語り合うのだった。あのメッセージは、そんな昨年のお盆の夜を思い起こさせてくれた。

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2004年10月11日 (月)

己の感性を信じる勇気

先日演劇を見た日生劇場には、どこか懐かしさが漂っていた。まるで母の胎内にいるような感触なのだ。まるで洞窟なのだ。ガウディ作コロニア・グエル地下教会の礼拝堂のなかで感じたゆったりとした安心感に触れた気がした。しかし、この日生劇場がガウディ建築を取り入れたものだった、などという話は聞いたことがない。でも、気になるのだ、幕間に劇場を見上げると、やはりなんだか落ち着く。

「髑髏城の七人」を観劇して帰宅すると、ウェブで日生劇場のことを調べてみた。すると、日本を代表する建築家、村野藤吾が設計し1963年に完成されたものと分かった。建築の常識を知らなすぎ。しかし、ガウディとの関連に触れたものは探せなかった。

先日から「ガウディとその時代」という小冊子を読んでいる。鳥居徳敏先生から送付されてきていたもので、昨年(2003年)の暮れにガウディ専門家三名が上智大学で講演した内容が掲載された小冊子だ(ISBN4-921193-09-6)。スペインの研究者は、ガウディが天才視されるようになった原因を冷静に分析し、鳥居氏はガウディ建築の特徴のひとつである洞窟造形の秘密を多くの事例をもとに分析している。

その小冊子に掲載されていた鳥居徳敏氏の論文は、次のように締めくくられている。

“現在、日本では今井兼次(1895-1987)さんがガウディの最初の紹介者であり、ガウディ造形を取り入れた建築家として知られております。確かに、長崎の 二十六聖人殉教祈念堂(1862年)のタワーなどを見ますと、サグラダ・ファミリア聖堂を想起するものでしょう。しかし、… 私が想起するガウディ唯一の完成した様式「洞窟造形のガウディ様式」という観点から見ますならば、日本で誰がガウディかといいますと、この人、村野藤吾になります。村野藤吾の1963年の作品、日生劇場です。これは正しく洞窟造形です。これが「ガウディ様式」でなくて、何といえるのでしょう。”(p88より抜粋)

日生劇場の正しい位置づけを見極めそこなったのは、自分が見た感触を信じられなかったから。もっと自分の目や感性を信じる勇気を持たないと、新しいものは発見できなくなる。

この小冊子はこれから何度か読んでいくことになるだろう。見落としていた事実関係や固有名詞に気がつくことも嬉しいのだが、現象から事実を引き出していく彼らのアプローチをなぞるのが面白いから、と思われる。講演録だけでは研究手法にブレが見えてしまうので、そのような試みで研究手法を評価するなんて乱暴なことはできない。とはいえ、研究手法をほとんど知らない人間にとってはお手本にできる部分が数多くあることは間違いない。

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2004年10月10日 (日)

顔料の入ったインクを買う

日曜日は霧雨。「台風一過にて快晴」を期待したのは、午後から野球の試合が予定されていたからだ。昨夜からあのまま晴れ上がってくれれば、午前中の強い日差しでグラウンドによっては試合ができるからだ。

しかし、東京の空は朝から曇天。野球の試合は中止だよ、と大坊さんから電話が入る。結局、丸一日霧雨となる。頭もボンヤリ。明日も世の中は振り替え休日となれば気も抜ける。猫系生活者は昼寝を決め込むのだった。

夕方に起き出すと、あのカレーを食べたい、という衝動にかられ日比谷線で銀座に出る。『ビックカメラ有楽町店』で気に入ったマウスを物色し、仕事に使うアプリケーションをまず購入。『ITOYA(伊東屋)』まで歩き、セーラー万年筆から発売された万年筆用の漆黒の黒インクがないかと店員にたずねる。

そのインクはないが、同じような顔料入り黒インクで定番といわれる「Pelikan FOUNT INDIA」を薦められる。一瓶(50ml)で2000円は国産の万年筆用インキの数倍の値段。大量に消費するわけはないので一瓶購入。そしてやっとカレーにありつく。銀座ニューメルサにあるシチューが得意な『銀座古川』にて、あのカツカレーを注文す。二人前はあるので女性には不向き。

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2004年10月 9日 (土)

雲ひとつない夜空にちょっと不満顔

土曜日は記録的に大規模だと大騒ぎされた台風に襲われ、夕方六時に会う友達との約束をキャンセルした。東京都心は昼過ぎから物凄い暴風雨に襲われたのだった。しかし、その六時間後、午後七時過ぎになると突然、暴風雨は沈静化した。物凄い勢いで雲は流されるが、雨は落ちてこなくなった。そのうち雲は飛ばされ、青空らしき空模様となった。

天気予報は大規模な台風の進路を逐一報道し、危険を回避し、その役割を十分に果たしたのだった。しかし、今回の天気予報では、台風の進路と共になぜ雲の動きも報道しなかったのだろう。

雲の動きが報道されたのは、私が知る限り台風が通り過ぎた後だった。もしも台風の進路と雲の動きが同時に報道されていたら、暴風雨が短時間で収まる可能性が高いことに望みをかけ、待つ選択をしてずぶ濡れにならなくて済んだかもしれない。待ち合わせ時間をずらすだけで、大切な人に会えたかもしれないのだ。天気を予報するのは難しく影響が大きいことは分かるが、判断できそうな有効な選択肢はちゃんと報道してほしい。

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2004年10月 8日 (金)

万年筆を久しぶりに購入

金曜日は雨。昼過ぎまでに連休前の課業をこなし、雨の中を半蔵門線で錦糸町へ出向く。友人A氏が企画した万年筆の展示会を見るためだ。ペンの職人M氏の話は分かりやすく万年筆の奥深さを知ることができた。気に入ったものが何本かあったが、一本だけ友人に買い置きを頼み、辞す。北海道で再会するときに貰い受ける約束だ。

地下鉄錦糸町のプラットフォームに立つと、電車が右側通行なので方向を見失いそうになる。普通は左側通行なのに、なぜ?

夜は乃木坂『リングア・ヌーダ』で三名の友人たちと待ち合わせ、深夜までシェフといろいろな話をした。

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2004年10月 7日 (木)

「特命係の亀山!」に会う

木曜日は観劇。

今夜はある女性ヴォーカリストのリサイタルが渋谷の『Classics』であった。彼女は友人の作曲家K氏が以前プロデュースしたという実力派だ。今回は友人のY氏率いる蟠龍寺スタジオ(ヴェンタインレコード)が企画しており、楽しみにしていたのだが、行けなくなってしまった。先約があったことに気がついたのが遅かったのだ。ドタキャンは悲しい。ごめんなさい。

今夜は日生劇場で「髑髏城(どくろじょう)の七人」を観たのだった。主役は市川染五郎。半年ほど前に主役を務めた古田新太バージョンとどんな風に違った舞台を見せてくれるのか、楽しみだったのだ。

同じタイトルだが、筋立ても役どころも舞台演出も大きく変わり、まったく別の芝居と思えるほど様変わりしていた。いのうえひでのり(演出)の実力を思い知らされ舞台だった。主役の染五郎にも華があり、脇役にも芸達者を揃えていた。にも関わらず今夜の舞台は前回より長く感じた。その原因のひとつは、いくつかの重要な配役にミスキャストがあったことだろう。全体のバランスを崩し、熱演する役者たちのテンポを乱し、観客が感情移入するタイミングを何度も逸してしまったからだと思われる。

舞台を観に行くときの決め事として、配役や筋立てをできる限り見ないことにしている人は多いだろう。私もその一人だが、思いがけない収穫があるのでお勧めしたい。今日収穫だったのは、準主役に抜擢された鈴木杏が思いのほか好演していたこと。この子は声がいいだけでなく、ひょっとしたら化けるかも、という可能性を感じさせる。それに川原和久が出演していたのも面白かった。彼は、TVの刑事モノで最も完成度の高い「相棒」に「特命係の亀山!」とちゃちゃを入れるしょうもないバカ刑事、伊丹刑事の役で出演している役者だ。舞台でも存在感があった。

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2004年10月 6日 (水)

青空に吸い込まれる金木犀と酒の香り

水曜日だ。世の中は週末から連休になるため、著述業者は週末までにキッパリと区切りをつけておくべき作業が密度を増す。週の中日にどれだけ動けるかが重要なのだ。しかし、そんなときに限って夜中に一人で深酒をしてしまう悪い癖がつい出てしまう。ああ、情けない。ランチはうどんで酔い覚まし、と外に出る。前日の大雨で洗浄された大気はすがすがしいが、陽の光はジリジリと照りつけ、金木犀の甘い香りが鼻から頭に突き抜け、めまいがするようだ。午後はフラフラしながら企画書に目を通し、表計算ソフトで数値計算しながら見積書を仕上げ、原稿を何枚か書く。

やっとアルコールが抜けると、もう夕刻。乃木坂まで外出す。お気に入りのシェフ三宅氏が二週間後に辞めてしまう「リングア・ヌーダ」にて日経BP社のY氏と会食す。進行中の書籍についてスタッフS嬢よりやっと目次構成案が提示される。「遅いよお、勘弁してよお」とハラハラさせるのはいつものことだ。彼女は私とは異なり、構成が決まると1行目から最終行まで一気に書き上げる天才肌の書き手。構成が決まれば完成したも同じなので、ちと安心す。

カレンダーを販売するにあたって出版社コードを入手せねばならず、曲がりなりにも著述業者が出版社の顔を持つことなってしまったことをY氏に報告した。今後、どのような展開をすると無理なく発展できるか、Y氏よりアドバイスをいただく。感謝!

深夜に帰社すると、ハードディスクが見事にクラッシュしていた。二三日前からデータドライブに読み込み不可のファイルが続出し、今夜になってウェブサイトのデータすべて、この二年間に撮りためた3万枚の写真、現在進行中のジョブフォルダがすべて消滅していた。クラッシュしたディスクがプログラムディスクでなかったこと、外付けハードディスクにデータのバックアップを取っていたことで、最悪の事態はまぬがれた。とはいえ、8月の写真データとかデータの一部は飛んだ可能性が高い。それ以上にショックだったのは、原因不明でクラッシュしたことだ。こんなことは初めて。なんとも気持ちが悪い。仕方なくフォーマットを余儀なくされる。

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2004年10月 5日 (火)

週末はID

■本日は湯島のL社にて編集会議。日曜日から続く雨は外出に不向きでありまする。
■編集者K女史はこの週末、「ID for Web LiFE」にはまっていたという。ありゃ、私もです。というわけで、編集会議はあらぬ方向に爆発してしまう。
■「動きのあるウェブはフラッシュで作られてる」と思われているらしい。「Flash=動きのあるウェブ」という図式は正確な解釈ではないが、あながち間違っている、とも言えない。
■「ID for Web LiFE」というソフトは単なるテンプレートで大したものじゃないとも言えるが、特筆すべきはその設計思想にある。なんて言ってるけど、このソフト、実はK氏よりプレゼントしていただいたものなのだった。

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2004年10月 4日 (月)

修士は執行猶予期間ではない

■午後いち、借り入れの話をとある銀行と詰める。そんなとき、ああ俺は会社の代表だったんだな、少し会社が元気になってきたのかな、と自覚する。
■お昼遅く、天才パティシエmar-i嬢と司会業で飛び回っているK嬢来訪。mar-i嬢が持参した「いちじくケーキ」の微妙な甘さに、仕事にならんやないか、というはかない怒りもカンタンに潰されてしまう。悔しいけど勝てませぬ。
■夕方近く、まだケーキの甘さを堪能している最中に「アメフトの社会人リーグを観戦しながらビールでもどう?」と、W氏より東京ドームに誘われる。彼は通風の発作で死ぬほど苦しんだためビールは飲めないくせして、そんな風な誘いをしてくるバカな奴だ。
■W氏の編集スタッフのH嬢の弟君が社会人チーム“オールMライオンズ”の現役なのだ。お堅い銀行に勤務しながら、週末に猛烈な練習に明け暮れ、試合に臨むのである。彼は25歳。何かに全力のエネルギーを燃焼しきっていなければ生きるバランスを保てない熱い奴。かわいい。
■試合は、対戦相手のK建設ディアーズに完敗だったが、爽やかな気分を味わうことができた好ゲームだった。
■試合後、傘を差し、W氏とH嬢と水道橋の名物焼肉店「焼肉京城」に流れ、相手ラインの強さになすすべがなかった自軍攻撃陣の健闘を称えたのだった。その後、担当する雑誌がなぜ一気に販売部数を伸ばしたのか、といったどうでもいい話題をすり抜け、なぜ今の仕事をやってるのか、何が面白いのか、誰が天才で誰がストレスの根源になっているのか、といった本題に入る。
■二人とも修士出なのだが、なぜ博士課程に進まず出版の世界に飛び込んで来たのか、アイツがいたから正攻法じゃない道を選んだとか、いやジャーナリズムの本質にいたく感動することがあったからとか、そんな話が今夜は一番面白いネタとして残り、残りすぎてなかなか寝付けず、お蔭様で翌日はしっかりと睡眠不足で、一日ボーと過ごすことになったのだった。

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2004年10月 3日 (日)

Times New Roman

■「欧文書体百花事典」をしつこく読んでいる。今日は、新聞や雑誌、技術系書籍などにデフォルト的に使用されている「Times New Roman」という書体の成り立ちを、その書籍から教わった。
■なぜ「Times」という名称なのかというと、20世紀初頭にウィリアム・モリスンという伝説的なデザイナーが、その用途とあるべき姿を明確に定義した書体が「Times」という英国屈指の新聞に採用されたからだ。文字のデザインには産まれたきっかけと用途によってしかるべき歴史がある。そのため、書体の選択にあたっては、個人的な感性で「これがいい!」などとのたまってしまうと、大やけどを負ってしてしまうのだ。
■西洋の装飾にはストーリー(物語性)と民族が共有できるヒストリー(歴史性)が埋め込まれていなければ意味がない、と言われる。デザインにはデザイナーの個人的な芸術的発露が社会的な有用性の中に反映されていなければ意味がない。装飾は単なる飾りものではありえない。

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マルガリータが復活する日に…

■ここ十年ほどPhilipsのバリカンで毎週月曜日に刈り上げていた頭髪を、ゆえあってこの春から伸ばし始めた。太くて濃く漆黒の髪を刈り上げると、頭全体がブラシに変身した。その感触は知人たちのオモチャとしてその役割を十分に果たし、同時期に伸ばし始めた髭とのバランスも私なりに気に入っていたである。
■そうして悦に入っていた自分に対し、なぜか次第に嫌悪感がつのり、髭をそったのだった。しかし、それでも嫌悪感はおさまらず、頭髪を伸ばし始めたのだった。しかし、それでもウズウズとしたものは蓄積していくのだった。それは単に見た目だけの話ではなかった。
■毛髪を伸ばし始めて驚いたのは、煩わしいほどの頭髪が伸びてこないことだった。壮年性のはげなのかもしれない、と思いたることもあるが、それだけではない気がしている。
■そんな頭髪や加齢に関わる話と惜別したかったのか、それとも弱弱しく長あく伸びてしまった情けない毛髪を見るのがイヤになったのか、理由は分からないが、とにかく衝動的にバリカンで一気に頭を刈り上げてしまった。
■そんな日の昼下がり、最近加入したmixiというソーシャル・ネットワーク・システム(SNS)の「ガウディ」(http://mixi.jp/view_community.pl?id=7056)というコミュニティをチェックしたら、7年前に私が確かにシャッターを押して撮影した写真が、そのコミュニティの最初のメッセージとして、誰か知らぬ人からアップされており、それを見た私は刈り上げた頭をなでながら、現実に無理やり引き戻される不快感を感じてしまったのだった。

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2004年10月 2日 (土)

あくまでも日本語で

■本日午前中、海の向こうでイチロー選手が84年ぶりに最多安打を更新。彼が一塁に駆け込んだ直後、監督がタイムを取って一塁に向かって走り出すと、チーム全員が駆け寄って行く。「ええ、そんなあ、試合中だというのにみんな何やってんですかあ」という表情をするイチロー。彼は少し泣いてましたね。■試合後のインタビューで、言葉の壁を超えた通じるものを感じた、とイチローは日本語で答えていた。■もう4年もアメリカにいて、英語がしゃべれないわけがない。■聴いて理解することはできても、英語で真意を伝えることができないなら、ちゃんと表現できる日本語で答える。流暢に外国語を話すことより、正確に伝えられる母国語をあくまでも選択した彼は、言葉づかいでも一流といえるのではないだろうか。

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ディスコミュニケーション

■本日早朝、TVにコメンテーターとしていきなり出てきた友人Wが、立場をよくよくわきまえた発言をする様子を見て、プスッと笑ってしまった。■番組に出演していたのは、W氏のほかに進行役の女性司会者と、技術的な番組を仕切るコーディネーターの3名。つい笑ってしまったのは、コメンテーターの発言を受けたコーディネーターの反応が面白すぎただけではない。■冗談か本気なのか分からぬW氏のいつもの言い回しが、それなりの権威ある発言としてオンエアされ、フムフムと真面目に聞き入っている視聴者の中で、どれくらいの人たちが彼の発言の真意をとらえられているか、そのディスコミュニケーションの存在に気が付いてしまい、笑ってしまったのだ。■それなりの権威者なんだからネクタイくらいしろよ、もっとギャップが広がって面白いからさ、と突っ込みを入れてしまう。今度会ったときは、彼がわざとネクタイをしなかった本当の理由を聞いてみたい。

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金木犀香る初日

■本日夕方、隅田川そばの東京都中央区では、金木犀(きんもくせい)の花弁がはじけた模様です。水天宮そばの住人たちは「いやあ、金木犀の香りはほんとに甘いねえ! まだまだ暑い夏が続くんじゃないかなあと思っていたからねえ。ほっとしましたよ」と、のたまっておりました。季節を告げる自然の力はすごい。

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2004年10月 1日 (金)

元旦の振り替え休日

来年の元旦は日曜日。で、二日は振り替え休日となり、旗日なのだそうだ。印刷会社からそんな電話が入った。知らないことは、つきませぬ。

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