贈り物
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■いったん手元から離れてしまったものを、どうやって取り戻していくのか。そのとき、あの一瞬でなければ湧き出ることのなかったアイデア。訳わからぬままに走り書きした、アイデアを引き出すきっかけとなるかもしれないキーワード。それらを「ことば」という形式で書き留めたノートが失われてしまうなら、そのアイデアも消え去ってしまうだろう。そして、時の経過とともに、あのときの記憶は薄れていくのだ。
■しかし、無理やりチャラにされたことを、逆に良い機会に転じてしまう場合もある。その変化を自覚することは難しい。何が変ったかを客観的に観察する手法があったら、教えてほしい。
■そのような意味で、ことばを剥奪され、すがるように書き始めたたモールスキンの手帳を、すべて一覧して見せるという「日常の記述」の試みは、興味深いものがある。自分の手の内を見せるのだ。パンツを下げて見せるほどの羞恥心をさらけ出しているのだ。その勇気と潔さに敬服す。
■何をどのように「ことば」にして残すのか、あるいは、残さないと判断するのか。残した「ことば」から何を得ようとしているのか。新しく購入したまっさらなモールスキンの手帳を私は目の前にして、まだ「ことば」を記すことができないままでいる。「日常の記述」にその突破口が果たして存在するのか、もう一人の自分とこれから膝を突き合わせ、納得のいくまで話し合いながら、変化を自覚する試みを追ってみたい。
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■昨日の土曜日は長期予報とは裏腹に快晴だった。彼はその日、楽しみにしていた野球の試合中に怪我をしてしまったのだ。あるメーリングリストで、私はそのことを知り、うろたえている自分に驚いてしまった。
■彼と知り合ったのは十五年前。彼は業界ではそれなりのデザイナーなのだが、身内では一貫してバカを演じ続けている本当のアホだ。アホな彼を通じて、私は貴重な出会いをしてきたことに、昨日、初めて気がついた気がした。
■早く帰ってこい。怪我なんかに負けるな。病院にはお前につける薬だってちゃんとある。心配すんな。お前がバカやってくれないと、みんな落ち着かないんだよ。早く、一日でも早く、帰ってこい。最近、連絡してなくて、スマンかった。手術なんぞ克服して、ヘラヘラと帰って来い。待ってるぞ。
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■甥と姪は無条件にかわいい。ただ、遠すぎても近すぎてもいけない。微妙な存在である。そこが、またいい。うっかりしていると、知らぬ間に成長し、一気に遠い存在となってしまう。かといって、可愛がりすぎても、関係をうまく保てなくなる場合がある。特に誕生日が近い異性の四等親とは、親子以上に仲良くもなれるが、大喧嘩もしかねない。
■二十歳を迎える直前に大喧嘩をしてしまったカオリとは、もう半年以上音信不通だ。ウマが合うだけに相手のことが見える分、意地の張り合いが続いている。おじさんとしては非常に悲しいのだが、こちらから折れるわけにもいかんのだ。
■つい先日、突然「かおり」からメールが届いた。何やら殊勝なことを言っている。そうか、それならお前のお気に入りのCDでも送ったろかい、という気にもなる。ヤツが欲しがっていたポスターを神保町まで探しに走る自分が、ちと情けなくもあり、嬉しくもあり。なんとも微妙である。
■しかし、ちょっと待てよ、あのメールは、あいつにしては、ちょっと殊勝過ぎやしないか? ヤツめ、からかってきやがったんかい? と、メールを読み返してみることにしたのだった。
■「お元気ですか?」というタイトル自体、あいつらしくない。で、文面はこうだった。
最近メールないけどどうしてるの?
元気してる?
暫らくあってないけどまた逢いたいネッ(^-^)/
かおり
■やっぱり、なんか変だ。「また逢いたいネッ」なんて、アヤツがそんなこと言うわけがない。う~ん。
■こんなときはウェブだ。送信者のメルアド(qqfc53sd@violin.ocn.ne.jp)で検索したら…。出るわ出るわ。「このスパムメール、最近多いんだよねえ」だってさ。やられました!ねえ。言葉がありません。
■カオリとは「若いんだからメークなんかすんな!」と、怒鳴ったきりである。「しなくてもかわいいよ」なんて絶対に言えないからなあ。
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トラックバックのことが、長いこと分からないままだった。今でも完全にそのメリットを理解しているわけではない。トラックバックのメリットは何か? 少なくともいえることは、リンクを貼る対象がウェブページ全体でなく、blogなどに書かれた個々のメッセージに直接ピンポイントにリンクを貼れること、そして、リンクを貼ったことが相手に自動的に伝わること。その2点だけはメリットとして自覚できているようだ。まだ自信がないのは、トラックバックをどう活かすか、についてだ。
今日試しにトラックバックを貼ってみることにした。初めての経験はいつだってドキドキする。まず、トラックバックを使ってリンクを貼りたいメッセージを開く。メッセージがトラックバックに対応していると、メッセージの下あたりに「トラックバック」というリンクが表示されている。そこをクリックすると、トラックバックへのパス(接続先)が、例えば以下のように表示される。
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/1958076
このURLの文字をすべて選んでコピーし、そして、自分のblogを開く。次に、新規記事の投稿といったメニューを選ぶと、タイトルや本文だけでなく「相手先のトラックバックURLを入力」などという空欄も表示される。ただし、これを表示させるには、blogの管理画面でそれなりの設定を自分でしなければならない。
まあ、その設定については後で触れることにして(触れないかもしれないけど)、とにかく、コピーしておいたトラックバックのURLを、その空欄にペーストするのだ。そして、タイトルや本文を記入し、保存すればすべて完了。このとき、「概要」なるものを入力していると、更にいいらしいが、今の私にはまだそんな余裕はない。
先週の火曜日、そう、ちょうど一週間前、あるblogに掲載されている記事を見て、どうしても「Moleskin」のノートが気になってしまい、『コレド日本橋』に走ったのだ。小振りの手帳も魅力的だったが、私が選んだのはLサイズの罫線ノート。その店には2冊だけ残っていた。そのうちの1冊は展示品で少し痛んではいたが、気になるほどでなく、2冊とも正価で購入したのだった。
これほど人を行動に駆り立てたとすれば、あのblogはトラックバックに値する。というわけで、試しにやってみることにしたのだ。果たしてうまくいくだろうか? 最初はみな不安なのですよ。お察しください。
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「オープニングパーティは夕方6時からですよ」
案内状にはそう書かれてあった。その日私は徹夜明けで、頭がしびれた午後を迎えてしまっていた。気がつくとソファの上でぐっすり。真っ暗だった。夕方6時からのパーティに寝坊して行けなかったなんて…。案内状を送ってくれた大先輩にはとても言えなかった。
その銅版画展の最終日にやっと顔を出すことができた。銀座『すどう美術館』には人があふれ、むせ返るほどだった。杉本氏は私を目ざとく見つけると、端から順に銅版画の前に立ち、作者とその手法について解説していく。ど素人の私が分かるように、彼は言葉を選びながら話をしてくれた。
最終日の日曜日は早起きし、仕事全開で午後を迎え、そして夕方から画廊に出かけられ、よかった。
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先日、友人に誘われ「わ會」という素人落語の会へ行った。中休みをはさみ四つずつ、全部で八つの出し物があった。素人とは言え、初の女性真打ちを輩出したほどの会である。その芸は半端ではない。
彼は二つ目の高座に上がった。つい先日まで脳卒中で入院していたという。記憶が長続きしない、という後遺症が残っているらしい。しかし、彼はその日、座布団の上に座ったのだった。観客はみなそのことを知っていた。
入りはさすがに上手い! さて、と本題に入り名調子が続く。しかし、う~む、と時折りうつむいたまま動かなくなる。記憶が急に途切れてしまうのだ。すかさず、プロンプターの助っ人が入る。普通だったら、きっかけの言葉だけで、すぐに続きが始まるのだが、なにせ噺家は脳卒中を患ったばかり。きっかけだけでは記憶が戻らない。プロンプターの声がしばし続く。
小さなホールだ。助っ人の声もまる聞こえ。しかし、観客はじっと彼が顔を上げるのを待つのだ。と、突然、噺家は名調子に戻るのだ。上手い!その調子だ!
と、突然、噺家はまたうつむく。座布団の上で名調子の時間と、後遺症で現実に引き戻される時間が、交互に何度もやってきた。話は途切れ途切れだったが、その名調子は少なからず観客を魅了したのだった。座布団の上で深く頭を下げ、舞台を下がる噺家に観客は大きな拍手を送った。日本語という言葉の美しさを、その日一日、堪能したのだった。
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■今年、少しがっかりした人たちへ。二年前の写真をアップしてあげましょう。
■今年の大リーグチームには花のある選手がいないというけど、オルティーズとかラミレスとかナマで見てみたい愛嬌あるパワーヒッターもけっこう多いぞ。
■それでも、やっぱり、2002年の日米野球には花のある選手が多かった。写真はジェイソン・ジオンビー、バリー・ボンズ、バーニー・ウィリアムス、ロベルト・アロマー、それにイチローだけど、他にもいたしねえ。日本でも馴染みのある人気選手が多く、ジャイアンツの松井を見られるのもこれが最後かも、という噂もあり、この年の東京ドームには期待と不安が交じり合った不思議な緊張感があった気がします。
■松井選手がバーニーやジオンビたちと同じユニフォームを着て活躍するなんて、まさかねえ、と、思っていたら、今年はこの二人以上の大活躍だったからなあ。すごいぞ、松井。
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その夜は、欧州から帰国したばかりの友人T氏と、兄を迎える妹と、友人たち数人と連れ立って、祭りたけなわの新宿花園神社をひやかし、沖縄料理店で泡盛を飲んだ。
あなたに願いごとはありますか。たくさん願いごとはありますか。最近、何を願いましたか。なぜ願うのですか。願いをかなえるために何かを進めていますか。
騒ぎながら通り過ぎただけの花園神社だったが、そんな疑問がなぜか残ってしまった。宴は楽しかったが、どうも自分の中で収拾がつかなかったため、終電で帰宅したのだった。
花園神社のお祭りの目玉は達磨(だるま)だ。所狭しと露天が並ぶ。「家内安全 商売繁盛」のお札ばかりを見ていると、頭に浮かんでくるのは目先の願いごとばかり。地震被災地が早く復興しますように、とか、人類がみな平和でありますように、なんて願う気持ちなんぞは、とってつけたようにやってくるだけ。カレンダーが売れるといいな、とか、書籍の企画が仕事になるといいなとか、せいぜい、みんな笑顔でいられますように、あたりまでしか思い浮かばない。ああ、情けない。
周囲はみなほぼ健康でお金に少しだけ四苦八苦しながらも笑って生きている人たちばかり。きっと私は幸せに違いない。目標だってちゃんとある。長期と短期の目標もあり、そのための計画も修正しながらも実行している。しかし、なぜか充足感がないのだ。なぜか分からない。ないモノねだりをするほど強欲者でもないはず。“本当の”目標が見つかっていないからか、間違った願いごとをしているから、なのかもしれない。う~ん、わからない。“本当の”目標とか願いは、どうやったら見つけられるんだろう。
ひょっとしたら、目先のことしかなかなか思い浮かばない「家内安全 商売繁盛」が、“本当の”解答に一番近いものなのかもしれない。目先の目標を外せば、確かに先はないからなあ…。そんなことを一晩中考えていた、わけはない。
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とどまることを知らぬ秋雨だが、先日の深夜、久しぶりに月が見えた。満月だった。夜が明ける前に近かったが、満月の反射光はことごとく強く、空を明るく染めていた。ルナティックな夜。どこかでとんでもないことが発生していなければいいが…。見事な月を見ていたら写真を撮りたくなってしまい、カメラを三脚に固定し何回かシャッターを切った。しかし、月が明る過ぎて上手く撮れない。
何回かの試行錯誤の後、やっと3枚ほど気に入ったものが撮れた。よく見てみると、月が2つあるじゃないかい。そんなもの撮影した覚えがないぞ。どうも、明るすぎる月がどこかに写り込んだらしい。しかし、なぜこんなことが起こるんでしょうかねえ。
明日3日の水曜日は祝日休日だ。仕事は月・火の二日で目処をたて、休み明けの4日に原稿を提出するという段取りになる。休日を作業日にあててしまうのは長年の悪癖か。いや、自由な時間を使える分、それくらいはしなければならないだろう。通常の会社は休日には働けないのだからねえ。
夜、さっき欧州から帰ってきたよ、というT氏らに呼び出され、新宿三丁目で沖縄の古酒を浴び、終電まで飲む。終電前に帰ることにしたのは、体調のこともあるが、明日、仕切り直しをするからだ。で、仕事はいつやるの、と一瞬考えるが、なんとかなるさ、と腹をくくる。
この二週間以上このblogをほっぱらかしにしていたが、そんなときほど、書きたいことが山ほどあったりするのだ。さて、どこから書き始めていいものやらと…迷う。まあ、一言でこの二週間を総括するなら、北海道旅行ボケおさまらず、というところだろう。というわけで、北海道から東京に戻ってきた日の話から初めることにしよう。
2004年10月18日(月)のお話
北海道から東京へ引き戻される
■ホテルの部屋にはLAN回線の接続口がなかった。仕方なく、ビジネスブースで30分500円の使用料を払い、初日だけはメールチェックをした。しかし、午後8時を過ぎると使用不可。そんな早い時刻に部屋に戻れるはずがない。朝はあわただしくて余裕がない。というわけで、二日目からチェックアウトするまで、通信はあきらめた。ノートパソコンは単なる写真バックアップマシンに格下げされ、常時接続できない環境の不便さを思い知らされた週末となった。
■北海道からJALで東京に戻ると、すぐにデスクトップマシンを起動してメールチェック。ズルズルと届くメール、メール、メール。「修正した原稿を翌日の朝に提出せよ」という言葉が目にとまり、旅行気分は一気に吹き飛んだ。しかし、夕方から甥っこが泊まりにくるので、仕事は奴が眠った後になる。明日、彼は私と入れ替わりに羽田から北海道へ行く。この時期は高校生の修学旅行のピーク。そういえば、どちらの空港もにぎやかだった。
■北海道は特にガウディへの関心が高い、というわけではなかった。とはいえ、熱い人たちはいた。北海道出身のガウディ研究者である田中裕也氏を中心にした一部のプロパー、モニュメント制作に時間も労苦を惜しまない職人たち、そして、町興し事業を推進する熱心な役人たちを中心とした地域活性化グループの人たち。彼らの働きぶりは清清(すがすが)しかった。彼らの様子を見て、ドキュメントを残したいという衝動にかられない書き手はいないだろう。
■それにしても、集まってくる人の数が少ない。あれじゃ採算の取れるはずがない。とはいえ、素晴らしい企画には天からお金が降ってくるらしい。天から公的資金という札束の雨を降らせるには、祈祷師的な政治家だけではすまない。関係者たちの熱く強い意志が必要となのだ。モニュメントの制作が押し迫った最終日には、稚内市長や江別市長、宇宙飛行士の毛利氏も工事の様子を視察に訪れるのだった。どうすれば補助金や助成金を得ることができるのか、一般市民たちが熱く語り合う場面に、今回は何度も遭遇した。地方は政治に熱心で祈祷師をチェックする目も肥えている。人口密度の低い地方では公的資金援助が死活問題。お茶らけている場合ではない。
■初めての北海道は刺激的だった。モニュメントは予想を上回るできだったし、すすき野は銀座と新宿をコンパクトに詰め込んだ街だとわかったし、多くの本物の職人たちと知り合うことができたからだ。
■夕方、肉を食いたい、という甥っ子を連れ、焼き鳥屋と焼き肉屋をハシゴして帰宅す。夜遅くまでヤツとジャレてしまったが、原稿はなんとか朝までには提出でき、事なきをえた。それから、二週間はそんな風な生活が続き、月が明けてしまった。
■前月ツキがなかった人は、月が変わりツキを引き寄せるに違いない。不吉な潮が満ちてしまったら、次は引いていくばかりですからねえ。
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