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2004年12月16日 (木)

今さらの弟子入り

 先日、友人の荒井高史氏が主催する道場へ初めて足を運んだ。武術の演武会を見せてもらうためだ。子供たちのかわいらしい空手に始まり、奥様方中心の太極拳、そして屈強な若者たちの空手と武術で締めくくられた。
 演武会は関係者たちに一年の成果を見せるというより、練習風景をありのままに見せるだけ。観客を意識したパフォーマンスはないが、見るものを飽きさせなかった。

 なぜだろう?と、考えてみた。

 演武する内容を演武者たちは知らされていなかった。それまでにやってきた練習と、その日の弟子たちの心と体の状況をみて、その場で師匠が新しいメニューを言い渡すのだ。演武者たちは最初とまどいながらも、動いているうちに練習の意味を理解する瞬間にたどり着く。その繰り返し。
 そうして演武者たちは、いくつかの新しい発見をしてその日も練習を終えるのだ。弟子たちはどう思っているか分からぬが、師匠の真剣勝負を私はそこに見た。

 やってみようかな、と思った。

 競技空手をこの道場では推奨していない。空手も太極拳も一般向けのメニューはあるが、本来は武術道場。人を一撃で殺傷する術と、戦わない術を磨く場所。
 町の道場だから、開いているときはいつでも練習していい、という。友人を師匠と呼ぶのは変な気持ちだが、道場ではそう呼ぶしかないだろう。今さら弟子入りなんてねえ。男性は一番上でも二十台後半。この年齢だと子供組からスタートになるのだろうか。

 まあ、続かないと思うけど、来てみなさいよ。と、荒井氏は笑っていた。

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