« 2004年12月 | トップページ | 2005年2月 »

2005年1月31日 (月)

コラボレーション

■コラボレーションという言葉には美しい響きがある。共に働くとか、共同研究するという意味で使われているからだ。しかしその実体は、占領された敵側に協力する、というのが元々の意味であることを知るべきだ。コラボレーションが美しい関係なんて、バッカじゃないの、と思う。
■共に働いたら何か素晴らしい結果が待っている、なんて、絵に描いた餅。棚ボタ式にアイデアで降ってくるんであれば、何の苦労もない。楽しみもない。共同で何かを造るなんて、そんなことあり得ない。人ごとじゃない。
■新しい何かは共同するだけじゃ現われない。新しい何かは個人からしか生まれない。コラボレーションとは、個人が今まで感じえなかった何かが、共同して作業することで知りえた、ある強烈な個性によって触発され、自分の創造性が完膚なきまでに占領されたことを自覚し、その自覚によって新しい種を自分でまき、自分で育てて初めて生まれる、そんな結構しんどい関係なのだ。
■あるイラストレーターとのコラボレーションを進めているが、やはり、しんどい。なぜなら、彼の個性は私の感性をズタズタに引き裂くほどの個性があるからだ。まだまだ、彼とのコラボレーションは実現できないが、やっと、その試作版ができつつある。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2005年1月29日 (土)

わからんちん

■現在進行中の書籍は、どうも著者校正だけでは済まないようだ。まだまだ、先は長い。
■モノ造りは一人ではできないので、周りを固めるスタッフたちの力量に大きく左右される。無難に仕上げるか、新しい血を入れて斬新な試みを世に問うか。そのバランスが難しい。
■その渦中(かちゅう)に自分を浸し、しんどい状況を「ざけんじゃねえよお!」と、お仕事として処理するモードに落としてしまうか、「いやあ、やっぱりいろいろあって楽しいなあ」と、新機軸を発見するチャンスとして動くか、その境目にあって、どちらに自分の足を乗せるか、それは、モノ造りをする人間としての踏み絵ともいえる。
■バランス感覚を決定する人間が複数いると、ろくなものはできない。スタッフの中から「わからんちん」を穏やかに排除できないと、ろくなものはできない。先を読めないデザイナーがいたとき、ほどよく言いくるめないと、というか、しっかりと話をしないと、ろくなものはできない。
■最終的には、力のある者もない者も、同じようにスタッフとして関わりを持つわけで、すべてのスタッフが「やったね!」と言えるようなプロジェクトにしたいなら、力のあるなしに関わらず、それなりの落とし所を準備せねばならない。それが、チームとしてのモノ造りというものだ。
■自分の力を自覚しない者ほど、自己主張に終始する「わからんちん」と化してしまいがち。しかし、それは自分にとっても同じこと。注意してないと、自分自身が「わからんちん」にすんなりと仲間入りしてしまいかねない。
■船頭は一人に越したことはないが、現実にはたいてい、複数の船頭たちが存在する。組織が悪いという発言は、モノ造りをする場合は不毛。モノ造りの現場では、協議を重ねてコンセンサスを共有する場合がほとんどだからだ。一人の天才のひらめきにスタッフ全員が賛同して乗っかっるなんてことは、それに越したことはないが、滅多に起こりうることではないからだ。
■今回の仕事は、その二つの場合の混合ケース。たちが悪い。とはいえ、圧倒的に力のある人材がいると、周囲を納得させられる。「わからんちん」だって戦力なのだ。いやいや、「わからんちん」がいてこそ、面白みが膨らむのですよ。そんな当たり前のことを痛感した、昨夜の話し合いだった。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2005年1月26日 (水)

著者校を待つ日

■大詰めに近づいた書籍だが、原稿を出し終え、著者としての校正を待つ。今日はなんの音沙汰もなく静かな日になるだろうな、という予測があり、使いかけのソフトをいじってみることにした。
■仕事として依頼されているサイトは開示できないが、いくつか並行して進めている自分のウェブについて、改訂したものを紹介していこうと思う。バルセロナ在住の友人、田中裕也氏が主催している「ガウディクラブ文化協会」のウェブサイトを、ポカリとあいた今日の午後に少しいじってみた(↓)。
 http://www.gaudiclub.org/ebetsu/
■このウェブページは、田中氏が設計して制作されたモニュメントを紹介するもので、試作品。「ID for WebLiFE*」というホームページ作成ソフトで作ったもの。画像もテキストもあり、仕上がりイメージもあったので、ほんの2時間ほど試行錯誤を楽しんでいたら完成。ソフトが準備しているFlashのテンプレートを使っているので、サウンドや画像のイメージは、同じソフトを使ったウェブサイトと似ている。ただ、違うのはコンテンツ。

| | コメント (11) | トラックバック (0)

2005年1月24日 (月)

CHKDSKな週末

235_3569e 読めないファイルが続く、続く…
235_3580e いちおう終わったが、最後もcompletedと上と合わせた文にすりゃいいだろ、と気になる

■私は最近Windowsマシンをおもに使っているので、写真は「マイピクチャ」というフォルダにまとめて保存している。
■つい最近のこと、私は面白いソフトにめぐりあった。ひょんなことから、そのソフトの本に関わることになり、今日はその原稿を出さなきゃいけないんだけど、週末の土曜日だし晴れ渡っているし、原稿に手をつける前にそのソフトを使って楽しくウェブサイトをつくってもいいんじゃないの、とちょっとウキウキ気分で、トップページに貼り付ける写真をクリックしたのでした…。
■すると、急にパソコンの動きがスローモーションに…。待ちの表示がいつまでも消えない。何かおかしい。三分ほどしてやっとその表示が止まったが、入っているはずのフォルダーが出てこない。ウィンドウにはデータ量が0と表示されている。そんな馬鹿な! データ量は60ギガほどあるはず。60ギガの写真データがすっ飛んでしまったのかい?
■似ている、あのときに。このソフトを使って同じように画像ファイルを指定しようとしたときに起こったトラブルに。あのときと同じだ。あのときは、昨年8月に撮影した1000枚ほどの写真データが消えた。2004年8月に撮影した写真は、枚数も少なくほとんどがスカだったので、一ヶ月分くらいいいや、と軽く流せたのだが、今回は規模が違う。「マイピクチャ」が反応しない。60ギガ分の画像データがお釈迦になったのか、と、途方に暮れたのでありました。
■リスタートしてもだめ、電源を入れ直してもだめ。いやいや、大丈夫。Windowsには復元ポイントという強い見方がいるのだ。あわてることはない。管理ツールを立ち上げて復元の作業だ。しかし、しかし、しかし、「利用できる復元ポイントはありません」とシステムがのたまうではないか。あ~た、システムを復元できるってのが、Windows XP2の、あんたの売りでしょ! と突っ込んでみても、らちがあかない。原因が分からない。ああ、60ギガ…。どうしてくれる。
■ほぼ諦めたとき、「ハードディスクにトラブルが起きたとき、最後の頼みはチェックディスク!」というフレーズを、自分の本にずいぶん昔に書いたフレーズを思い出したのでありました。というわけで、CHKDSKをかけたのであります。そういえば、CHKDSKってMS-DOSのコマンドだよなあ、WindowsはMS-DOSの上に乗っかって動いているわけだし、だったら、しっかり復元してくれるかもしれぬ、と急に強い味方を得た気がしたのです。
■ハードディスクのカリカリッ、カリカリカリッという音を聞きながら待つこと延々3時間。そして、再起動されたパソコンは何事もなかったかのように、「マイピクチャー」の中にたくさんのフォルダを表示したのでありました。
■Windowsユーザーのみなさん、ハードディスクがへそを曲げたときは、CHKDSKですよ。あと、データのバックアップも忘れずに。
■問題が発生した状況が同じでも、原因があのソフトにあるかどうかは不明です。でも、あの面白いソフトを、恐くて使えなくなってしまいました。でも、困るんだよねえ、クライアントから指定されていたりするから。それに、とても良いソフトで使い倒したいし。
■というわけで、仕事をそっちのけで、CHKDSKな週末と化してしまいました。とさ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005年1月18日 (火)

文体をくつがえす力

■何をとっても晩生(おくて)の私は、年末からずっと、年齢的には私の息子のような若者が書きしたためる文章に感じ入り、もう、なすすべなし、という心境で、困っている。blogを書く気になれない。仕事の原稿も予定通りに進まない。
■彼が書く文章はまだまだ荒削り。でも、私にとっては圧倒的な魅力がある。しかも、その魅力の根源がまったく分からない、ときたもんだ。N君は文書を書くとき、その効果を意識しているのだろうか。いや、そうは思えない。効果を意識しないで書き進めながら、ある瞬間に気がついたことを、思いにまかせて書いている、としか思えない。どこからくるんだ、あの説得力は…。
■いや、困った。ほんとに困った。自分の文体が捻じ曲がってしまいそうだ。まあ、そうなったらそうなったで、いいのかもしれぬ。自分の文体に、そろそろ飽きてきたところだったし…。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年1月15日 (土)

旅立つ人

■いよいよ原稿が最終段階に入る。そんなことしてる場合じゃないのだが、夜に宴を開く。二人の友人を二日連続で見送ることとなった。一人は静岡に、もう一人はバルセロナに旅立っていった。

IMG_1470e

233_3384e

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2005年1月10日 (月)

表現すること

233_3365d
<歌い始めると少女は表現する人に変わった> Click the picture to see the larger one.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年1月 1日 (土)

早起き

232_3240d <初日の出(水天宮)> 水天宮の屋根に、昇り始めた陽があたる。 大晦日に降った雪は、とけ残ったままだった。
 陽が昇る前に起き出したのは、いったい何ヶ月ぶりのこったろう? これまでは、この時間から寝ていた。仕事でも私事でも言葉の精度が悪くなってきたのは、昼夜逆転した生活にもあると思い当たることあり、新年を境に「早起き」を決めていた。  やかんを火にかけ、顔を洗ってお茶をいれ、初仕事。気持ちよし。日が差してきたので、窓の外を見ると、見えるものの輪郭がくっきりと見えた。陰影が深いと彩度も高くなるのか。陽が高くなるにしたがい、濃い色が薄まっていく様をしばらく眺めてしまった。早起きは三文の徳、などとつぶやいてみたりして…。  朝食を食べるのも久しぶり。新年だから酒でも飲もうか、と思ったけど在庫なし。買いためてあった日本酒は出はらっており品切れ。ちょっと高めのシャンパンがあるけど、と家人がいうので、じゃあそれを抜こう、ということに。おせちをつまみながら祝杯。ほろ酔い気分で薄味のお雑煮を食べる。お餅はふたつ。届いた賀状をながめ、お笑い番組をみていたら、知らないうちにソファーの上で居眠りしていた。目が覚めたときはまだ陽は高く、余裕な気分で仕事を再開。水天宮の鈴の音鳴り止まぬ、平和な新年の始まりだった。  ちょっと昼寝してもいいよ、と約束ごとをゆるくすると、早起きは続けられそうだ。早い時刻にメッセージがアップされたときは、これからは早起きしたとき、のはず。

 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお付き合いください。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

« 2004年12月 | トップページ | 2005年2月 »