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2005年2月26日 (土)

聞かざるべし

IMG_3700c 出迎えてくれた夕陽は夕焼けに、そして一気に夜がやってきた
バルセロナ記:初日 <2005年2月14日:到着は夜、そしてバル> ■午前7時、すっかり明けた東京の自宅を徹夜のまま辞す。徒歩3分の東京シティエアターミナル(TCAT)からリムジンバスに揺られ成田に到着。旅行会社と約束していた場所で、格安チケットを受け取り、搭乗手続きをし、手荷物を預ける。カメラやレンズ、パソコンが入ったずっしり重い機内持ち込み荷物を抱え、見送りにきてくれた妻と飛行場内の「赤坂璃宮」で朝食。思いがけぬ美味に得した気分で、海外ローミングサービスの予約カウンターにて携帯電話を受け取り、両替をし、妻に別れを告げ、出国手続きをする。免税店でガムと水、コイーバのシガリロを所望し、搭乗時間を待った。 ■成田を午前11時に発ち、同日午後6時30分にバルセロナ着。7時間30分で到着したわけではなく、時差がマイナス8時間あるため、実際には15時間30分経過していた。飛行場でユーロに両替をし、タクシーでホテルに着いたのは、飛行機を降りた1時間後の午後7時前。外気がさほど寒く感じられなかったのは、少し興奮状態だったからかもしれない。 ■午後8時、友人の田中裕也氏がホテルを訪ねてきてくれた。バルセロナではちょうど夕飯どき。さっそくバルへ繰り出し、明日からの作戦会議を持つ。旅程の打ち合わせをしながら飲む。

■バルセロナ空港に着陸したとき、まばゆいばかりの夕陽が飛行機の窓から差し込んできた。天気予報では曇りとなっていたが、バルセロナの空に見えた雲はわずかばかり。オランダのスキポール空港を経由した成田からの旅は、あっけないほど問題なく完結したのだった。
■それは、オランダまで同席した親子との出会いが嬉しかったからだと思う。社会人になったあと、スペインに留学した娘は、この3月に再就職する。初出勤を前に、娘は母親を旅行に誘った。母の足腰がまだしっかりしているうちに、自分が留学していたスペインを案内したかった、という。母親は二年前に亡くした連れ合いとの生活に訣別し、新しい生き方を模索しなければいけない、と言っていた。私は早く逝ってしまった両親を想い、こんな風に一緒に旅行をできなかった後悔の念が再燃し、この親子とつい話し込んでしまったのだった。
■オランダを経由しベルギーにむかうという親子と、スキポール空港で別れたが、別れしなに、私は簡単な自己紹介をした。とはいえ、相手のお名前を聞くことは女性に対して不躾(ぶしつけ)に思われ、親子のお名前は聞かないまま別れた。縁があれば、またどこぞで会うかもしれぬ。
■さて、旅は始まったばかりだ。

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2005年2月24日 (木)

帰国しました

IMG_4760c 朝焼けの向こうに何がある?(サグラダ・ファミリア)
■昨日、バルセロナから帰国しました。写真を撮影し、cavaをがぶ飲みし、知らぬ間に居眠りをした現地での8日間でした。バルセロナは最低気温が0度近くの低温でしたが、1日約300回ほどシャッターを押して大粒の汗を流し、お気に入りのランブラス通りのショコラ店にも顔をだせないままスペイン料理を堪能し、撮影したデータのバックアップをとりながら夢うつつのまま帰国したのでした。 ■写真を撮りながら、私は泣きました。ガウディ建築を観光収入源とする輩(やから)の台頭に。コロニア・グエル教会堂の無残なまでの修復状況や、サグラダ・ファミリア聖堂を短期間に完成させるためのセメントからつき出した鉄筋の醜さに。祈りの場が見世物と化した茶番に。教会の安全を優先するためという大義名分で塗り固めたセメントと金属屋根を剥ぎ取ってほしい。聖堂の誕生の門に鎮座する気持ち悪い顔をしたエンジェルたちの彫像を剥ぎ取ってほしい。なぜガウディの心を踏襲しようとしないのか…。 ■なぜ急ぐ。なぜ修復や完成をそれほどまでに急ぐのか。いかに純な心でガウディと関わりを持っても、お金がからむと、利権が発生すると、その配分に加担し、甘い蜜をほかに吸わせないことに躍起になり、畜生と化してしまう。ああ、生きることって、なんておろかなことなんだろう。ちくしょう、畜生、とつぶやきながら、わたしはシャッターを押したのだった。 ■これからも大量の観光客がバルセロナを訪問する流れは立ち消えることはない。まだまだ勢いがある。利権に目がくらみ、バルセロナの一等地にプール付きの自宅を構え、何台もの高級車を乗り回す輩(やから)が、当分は続々と出現するに違いない。 ■バルセロナは美しい街だ。ガウディの建築物が引き立つのは、その美しい街並みがあってこそ。札束で相手のほほを打ち、さらなる利潤を得ることに奔走する人たちに幸いあれ。

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2005年2月19日 (土)

異国でメディアを買う

IMG_4156d■バルセロナで五回目の夜です。早朝から深夜まで友人の案内人と二人で動き回っておりました。今日は少し早めに上がったので、ちょっとばかり情けない話を…。
■2枚のフラッシュメモリ(500MB 12X)を10万円ほどだして買ったのは、二年ちょっと前。二年もたつと新しいメディアに追い越されてしまったようです。アクセススピードが追いつかなくなり、デジタルカメラで保存するRAWデータに対応しきれなくなっておりました。
■調べてないなんて、技術系のライターとしては失格です。情けない。100枚ほどの写真をデータエラーで消失してしまいました。後から気がついたのですが、RAWデータは失われてもJPEGデータは残っていたんですよね。フラッシュメモリを初期化する前に、なんで気が付かなかったんだろう。これも知らなかったじゃすまない話です。ああ情けない、ホントに情けない。
■JPEGだけで写真を撮るわけにはいかず、フラッシュメモリを買うことになりました。まずは、大きな電気屋で転送速度の速いフラッシュメモリを物色してみたものの、知らないメーカーのものばかり。店員に聞いてみたが、お目当てのものは在庫にもないという。
■結局、カメラ屋で入手できたのですが、店に行く前にメーカーくらい調べておくべきでしょう。もう、何も言うことありません。結果的に質の良いもの(2GB 133X)を入手できはしましたが、反省しきりの道中であります。写真は、コロニアグエル地下教会。こんな写真を100枚ほど消さないと、分かんないんだろうかねえ。

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2005年2月14日 (月)

メディアへの信頼

■デジタルカメラのデータをバックアップするツール。パソコンのハードディスク、リムーバブルハードディスク、ソトレージ・ビュア(P-2000)。みなハードディスクばかりだ。このメディアへの信頼はいつになっても低い。やっぱりCD-ROMは旅先では必須でしょうねえ。というわけで、これからバルセロナへ行ってきます。

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2005年2月 2日 (水)

胴体着陸あと何日

050125c
■パソコンを起動すると、毎回、この画面が表示されるようになった。「ハードディスクが壊れてるからバックアッを取り、ディスクを取り替えなさい」という最後通告メッセージだ。
■コンピュータの不具合に慣れてはいても、この画面が初めて表示されたときは、ギョッとした。F2キーを押し、設定画面でいろいろと操作しても、もう変更がきかない最悪の状態。仕方ないので、Escキーを押して設定をやめEnterキーを押し、Windowsを起動する。なんて操作、手馴れてないとビビるよね。そんな操作を繰り返すこと一週間。仕事が途切れないのでしかたなく、この状態のままパソコンを毎日、だましだまし使っているが、いつお釈迦になっても不思議はない。
■作成したデータは、外付けのハードディスクに頻繁に保存しているが、面倒きわまりなしだ。問題の今こうして使っているマシンは一日も早く修理に出し、別のパソコンで仕事を続けるべきだろう。毎日の胴体着陸は危険すぎる。でも、そんな危険な状態がけっこう楽しかったりもするんだよね。悪い癖だ。

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EOS10Dが去った

■一年使ったEOSD60を中古市場で売り、EOS10Dを購入したのは、一年半前。差額はほぼ0円。そして先日、EOS10Dを売っぱらい、EOS20Dを購入した。差額は約12万円。
■思うに、EOS10Dという製品は微妙な存在だった。現在、キヤノンの公式ウェブサイトではあつかいが薄い。リストからも消え去っている。確かに社会のニーズは大きく変化し、技術も進化した。とはいえ、この製品が開発途上の試作品でしたよと、これほどあからさまに宣言することもなかろう。この製品の立場なし。悲しくなる。
■とすれば、EOS10Dから20Dへの移行を、メーカーは実費のみの差額なしとまではいかなくても、ほんの数万円ほどで実施し、ユーザーを保護しても良かったのではないか、と思う。う~む、納得がいかない。
■とはいえ、EOS20Dは上位機種との位置づけを考慮すると、コストパフォーマンスが非常に高い、素晴らしい製品だ。撮影品質はもとより、フラッシュの位置やシャッター音にも改良が加えられている。差額10万円ちょっとはお得なのかもしれない。
■でもね、EOS10D君、ボクは君のこと忘れないよ。5万枚ほど撮影させてもらったからね。…と言っておきながら、なんだが、デジタル一眼レフで撮影する枚数としては、実は多いわけじゃないんだよね。やっぱり、悲しい出会いだったのかもしれないね。でも、忘れないぜ。

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