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2005年3月30日 (水)

ふわふわな関係

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■先週土曜日の話の続きになるが、草野球の試合を終え、都営三田線「志村坂上」から「白金高輪」に向かった。友人のホームパーティに出席するためだ。 ■目的地までは直通で乗り替えなし。道幅が広い庶民的な板橋から地下にもぐり、電車に揺られて白金高輪から地上に出ると、そこには道幅の狭いハイソな雰囲気のする外界が姿をあらわす。街の色が違う。空の広さが違う。空気が違う。歩いている人の姿勢や視線、着ている服の色合いやデザインが違う。靴が違う。ただ、以前よりその差異は小さくなっている気がした。とはいえ、三十分ほどでそんな違った世界に人を移動させてしまう地下鉄には、時空間をワープさせるタイムマシンがこっそり搭載されているのかもしれない。 ■利用する路線によって、生活レベルやライフスタイルが色分けされると思っていた。最近、地下鉄の乗り入れ運行によって、そんな路線の色合いが知らぬまに混濁し、戸惑ってしまうことはないか? それぞれの地域に住む人たちの生活や意識は根強く残ってはいるが、路線の相互乗り入れによって、少し変わってきている気がする。 ■日本橋人形町近くに住まいを移す前、南青山四丁目にある小説家のお宅を三年ほどお借りしていたことがある。当代を代表する小説家の家に住んでいるなんてスゴイですね、と言われ、返事に窮することがあった。愛車のBMW528を安心して駐車でき、出版社に近い場所で、友人たちが気兼ねなく集まれるようなたまり場が、たまたまその家だった、だけなのだ。 ■南青山四丁目は、名のある文筆家や芸能人たちと、日常の散歩で挨拶を交わすような土地柄だ。近くに居を構えているというだけで、あたかも自分が有名人の知り合いにでもなったかのような錯覚に陥ってしまう人が、周囲にはたくさん住んでいた。その土地が持っている力は感じることができたし、住み心地も悪くなかったが、外資系投資が南青山に注力され、ケバケバしさが目立ち始めたことに嫌気がさし、人形町という下町に移ってきたのだ。 ■日本の有名人は外国ではほとんど知られていない。有名人たちをもてはやす風潮は滑稽に見える。とはいえ、誰もが知っている有名人と個人的に密かに知り合えていることは、麻薬的な優越感にひたれることも自覚している。自分にもその一面がないわけではないからだ。でも、それではさびしい。 ■これからは、社会的階層や年齢や性別を意識しないでよい関係を、じわりじわりと広げていきたい。でないと、感性がどんどん鈍ってしまう。土曜日の夜はそんなやんわりした、ふわふわな関係でいられるパーティだった。

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出てこいRB

■興味はあってもこのブログで話をしたくないことがある。それは、政治経済と宗教の話だ。ちゃんと議論するなら、用意周到な準備と議論のルールが不可欠だからだ。お互いの顔が見えないブログではその議論は不可能。
■とはいえ、合法的な搾取が知らぬところで進行しており、ものづくりへ集中する度合いが妨げられるとすれば、少し触れておくべきだろう。話題になっている買収劇のことだ。ニュースに出てくるのは当事者たちのことばかりだが、問題の主眼はどちらが主導権を握るかではない。日本に蓄積されてきた大量の資産がアメリカへ合法的に流出していることだ。シンガポールの二の舞を踏んではならない。『立花隆の「メディア ソシオ-ポリティクス」~ライブドアvs.フジテレビ』を読んでみるといい。
■東京の高層ビル建築ラッシュで誰が儲かっているのか。南青山など東京の一等地で地代が上昇して誰が儲かっているのか。…翻訳の仕事で「寄付」について調査していたら、とんでもないことに気がついてしまったのだ。卑怯な手口は許すまじ。ただ、この件についてはここで議論するつもりはない。悪しからず。
(RB=リーマンブラザース)

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2005年3月29日 (火)

球春開幕

IMG_5793e ●祭りのあと●
■先週の土曜日からプロ野球が開幕した。それに合わせたわけではないが、野球チーム『ビーンズ』の試合に助っ人として出場した。草野球も球春の開幕である。 ■打順は三番、守備は三塁。「三番サード」とは聞こえはいいが、年長者の助っ人に対するチームメイトの敬意以外の何者でもない。試合前に一時間ほどあった練習ではまったく打てなかったからだ。それに、三塁というポジションは、実は守りやすい。強い打球はきてもグラブさばきでなんとかなるし、足をさほど使わない。三遊間を抜けそうな当たりや、後方のフライは元気な遊撃手にまかせられるからだ。ただ、二十歳まで硬式野球をやっていたので、グラブさばきと肩の強さだけにはまだ自信がある。 ■初回、ヒットで出塁した先頭打者をレフトオーバーの二塁打でホームに帰し、続く四番打者のレフト前ヒットで自分も生還することができた。先制の2点をもぎとる攻撃に貢献できて、もう言うことなしである。とはいえ、三塁からホームに駆け込むとき、足がもつれそうになったのは、不摂生のたまもの。情けない。その後は、相手投手から警戒されたのか、そんなに打てないのに、打てる球を投げてもらえず、四球ばかり。守備もそつなくこなす。 ■個人的には上出来だったが、試合結果は残念ながら、初回の2点のみにとどまり、負けてしまった。しかし、この日、相手チームは人数が不足していた。公式戦であれば、チームの人数が揃わないときは、自動的に不戦負けとなるところだが、練習試合ということで、引き分けという煮え切らない決着に落ち着いたのだった。 ■チームはほとんどが二十代。親子ほどの年の差があっても一緒に遊べるというのは、野球というゲームを楽しむ気持ちが同じだからだろう。この日はちょっと活躍できたので、自慢げである。

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2005年3月25日 (金)

カンタービレ

■“カンタービレ”で検索すると、『のだめカンタービレ』で上位が独占される。「アンダンテ・カンタービレ」という親しみのある言葉は、ほとんど出てこない。
■なぜ『のだめカンタービレ』というタイトルなのかを知りたかったのだ。ウェブで検索しても、“カンタービレは歌うように”という字義的な意味しか出てこない。作者の二ノ宮和子さんのウェブにも、なぜそのようなタイトルになったのか、編集者たちとのやり取りは掲載されていない。主人公のだめ(野田恵)とカンタービレとの関係をどうしても知りたいのだが、誰か知らないだろうか。
■“歌うように”と始まるフレーズは、dinosのテレビCMでもおなじみだが、妙にそそられる。
 歌うように、くらそう。
 それは小さなこと、かもしれないけど、
 みんなの明日を大きく変えるよ…
■“歌うように”って、時代が求めているキーワードなのか? 歌うように暮らすって、カラオケで歌って暮らすってことじゃないとは分かるが、みんな“歌うように”暮らしたいんだろうか?
■11巻まで読み終え、12巻が待ち遠しい。オダギリジョーの宣伝も“つづく!”編を見つけてくれた人もいるし、『相棒』もいったん終わったが、次のシリーズ予感させる終わり方だったし、続きがあるのはありがたい。

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2005年3月20日 (日)

テキストより手書き

■古いのかなあ、企画を練るときにエディタより手帳とかプリントアウトした裏紙に頼ってしまうのは。
■最初は追加修正が簡単にできるエディタとかアイデアプロセッサーを使って、思いついたアイデアを吐き出してみるんだけど、いつも滑ってしまうんですよ。自分の意図した方向から知らぬ間に外れて走り出し、収拾がつかなくなる。
■というわけで仕方なく、手帳とかスケッチブックとか裏紙を引っ張りだして、アイデアを書きなぐることに。ほとんど落書きなんだけど、ペンを使って文字を書いていると、なぜか際限なく、とりとめない、あまり関係のなさそうな思いがズラズラと出てくるくせに、なぜか落ち着きどころが少しずつ見えてくる。なぜなんでしょうねえ。
■そんなときに頭をかすめるのは、「デジタルはアナログの近似値でしかない」という言葉だ。ニョロニョロのびた紐を切り取ったもやしは、洗練された中華料理に適しているのかもしれないが、油でザザッと焦がし気味に焼いた紐つきもやしの方が本来の旨みを引き出す、ということなんでしょうか。よく分かりません。

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2005年3月19日 (土)

売れる秘密

IMG_5751d 好きなものが増殖しているウッドテーブル

■最近、テレビで宣伝しているノートパソコンは、ソニーのバイオだけだ。それも「VAIO Fシリーズ」ばかり。不思議だ。調べてみると、Fシリーズは確かによく売れている。売りは「slim and flat」だったかな。画面は広く、本体は薄く、軽量。とはいえ、Fシリーズはけっこう割高な製品である。なぜ、売れるのか
■三週間ほど前、諸般の事情からA4サイズのノートパソコンをすぐに購入することが必要となり、新宿のヨドバシカメラ本店に走った。各社から新しく発売された春の新製品がズラリと並んでいる。A4サイズに絞って物色すると、画面の解像度がどれも「1,024×768ピクセル」(XGA)のものばかり。このサイズだと、ウェブデザインや写真の画像処理をするときに支障が出てしまう。縦サイズが800ピクセルはないと困るのだ。できれば、UXGA(1,600×1,200)に対応した機種がほしかったのだ。しかし、UXGAに対応した機種は、A4サイズより小さいB5サイズにはあったが、A4サイズにはなかった。メーカー各社がコストを優先する事情は理解できるが、もう一歩突っ込んで利用者に提供しようとする“愛”が不足している気がした。ちょっと悲しいぞ。
■しかたなく、今回はやめようと思っていた割高ソニーのVAIOシリーズを見る。A4サイズに相当するのはFシリーズ。パッと見、画面がやけに広く、ゆったりとした感じがする。スペックを確かめると、Fシリーズの画面解像度は「1,680×1050ピクセル」と「1,280×800ピクセル」の2種類で規格外。明らかに他の製品とは異質だ。
■それから二時間ほど、店員を質問攻めした挙げ句、Fシリーズを購入したのだった。別れしなに名刺をもらうと、その店員はソニーから派遣されている社員だった。まんまとしてやられた感もあったが、今となっては、Fシリーズにはそれなりに満足している。
■画面の縦横比を計算すると1.6。黄金分割の縦横比(1.618)に限りなく近い。それに気がついたのは、つい先日のこと。黄金比の画面を認識して購入したわけではない。これまでは、4対3(1.333)という縦横比をした通常の画面しか使ったことがなかったから、ひょっとしたら、パソコンとの付き合い方が少し変わるかもしれない。この三週間、黄金分割に近い画面をながめながら、ちょっとだけ期待している。
■VAIO Fシリーズが売れている理由にのひとつは、誰もおおっぴらには言わないが、黄金分割を意識した画面サイズがボディブローのように効いていることは間違いない。

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2005年3月16日 (水)

タウと黄金比

■「ハイビジョン ワイドテレビ タウ」というテレビが、某大手電器会社から発売されている。その「タウ」という名称にどうしても違和感を感じてしまうのは、私だけだろうか。
■たとえば、このハイビジョンテレビの36インチ画面サイズは、横幅750ミリ、縦422ミリ。縦横比は16対9(1.777)の割合になる。
■縦横比が16対10(1.6)であれば、「タウ」という名称はふさわしい。なぜなら、「タウ」とは黄金比という特別の比率に付けられた名前だからだ。ただし、正確な黄金比は1.618…という無理数。ここでは話を分かりやすくするために、16対10という近似値を使っているに過ぎない。
■黄金比を持つ長方形や、その中に収められたイメージには、なぜか美しいと感じさせてしまう魔力が秘められている。その秘密は、十二世紀にフィボナッチというイタリアの数学者によってその一端が解明されたものの、黄金比にはユークリッドの古代から畏敬の念を込められた「タウ」という名称が付加されてきたのだ。
■そのような名称を製品名に、しかも黄金比とは異なる画面サイズを持つ製品にあてがうとは、なんたることか。東芝のノートパソコンに「ダイナブック」という名称が付けられたときも、開いた口がふさがらないほどあきれたが、それ以上に憤りを感じる。
■バルセロナから帰国してこの半月ほど、黄金比とフィボナッチ数について調査していた。ガウディ建築の中に埋め込まれた、以前から気になる様式の数々が、本当に黄金比を意識してガウディが設計したものなのかを検証するためだった。その結果は、また別の機会にお話しましょう。
■ちなみに、一般的なモニター(VGA)の画像解像度は640×480ピクセル、またはその倍寸となっている。縦横比は1.333、つまり4対3(16対12)の割合で、少し太った長方形だ。ハイビジョン仕様が各数を自乗した16対9のサイズになった理由を知っている人がいたら、教えてほしい。

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2005年3月 8日 (火)

日常は続く

■月曜日の午前八時、椅子の上にて起床。なぜか気分スッキリす。朝の葉巻の薬剤で頭全開にて行動リスト充実。
■茶粥を作り軽く朝食をすませ、外出なり。外気冷たくも陽の光強く、春めき立つ気配。徳利セーターに汗ばむ首すじ。
■午前十一時より上野L社にて打ち合わせ。このご時勢に久しぶりの既刊本増刷の知らせ。
■新シリーズ企画までも開始さる。四冊の書籍執筆計画がほぼ確定す。シリーズ企画から外れた話題で盛り上がる。じゃあ、それで別に一冊作りましょう、という話になる。
■そのまま『鳥つね自然洞』にて、三人で食した二十食限定の特上親子丼は旨い。しかし、しかし、不満あり。厨房で私語が多い。私語の多い板前に良い料理は作れない。私語を慎まぬ『鳥つね自然洞』に先はない。
■上野『うさぎや』はすぐ近く。どらやきともなかを四つずつ購入。微妙に押してくる甘さはさすがである。
■今日は「ういえういう」。

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自分と向き合う人

■葉葉(ようよう)の詩を読む。葉葉の唄を今夜もCDで聞く。そうして、今夜も私は、自分と向き合う時間に入り込む。十代の女の子が綴った荒削りな詩と唄は、自分と向き合った人でなければ創れないもの。
■私は自問する。きみは本当に自分と向き合っているか? きみは今の流れに乗っているだけではないのか? 周りとのバランスだけに自分の居場所を置いていないか? 自分が自分であるために、君は本当に自分と向き合っているのか? …と。
■3月10日、吉祥寺「Star Pine's Cafe」にて彼女のライブがある。

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2005年3月 4日 (金)

東京も雪

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朝から祈る人たち (日本橋水天宮) 写真をクリック!
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とき折り雪は強く降るも…

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