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2005年5月30日 (月)

エンデのメモ箱

IMG_8031c■ふん詰まりかけたときは、ミヒャエル・エンデの「エンデのメモ箱」をよく読む。■そのなかでも好きなのが、エンデが来日したときに講演した、ドイツの詩人グスタフ・マイリンクが作った話だ。■以下抜粋。ただし、一部、表記を変えてある。

 すべすべした大きな石の上で、毎日、陽が照ると、きまった時刻に百足(ムカデ)がダンスしました。このムカデが、真似のできないような優雅さで、複雑なステップや螺旋回転をして、からだが宝石のように光の中できらきら輝くのを観ようと、ほかの獣たちは遠くからやって来ました。ダンスするムカデを観るのはすてきでした。そしてどの獣もその芸とその優雅さを褒めたたえました。
 でも、ムカデは栄誉やみんなの感嘆のためにダンスするわけではありません。ムカデは観客にほとんど気づいていませんでした。それほどダンスに熱中していたのです。
 さて、すぐ近くに、大きな太った蛙が、木の根っこの下に住んでいました。蛙はムカデがすることに腹をたてていました。その優雅さや有名なのに嫉妬していたのかもしれないし、そもそもダンスなどという、目的のないおこないが気に食わなかったのかもしれません。ともかく蛙はムカデの邪魔をしてやろうと決めました。むろん、たやすいことではありません。ほかの獣たちから叱られたり非難されたくはなかったからです。長いあいだ考えたあげく、ある日すばらしいアイデアがうかびました。蛙はムカデに手紙を書きました。こんな内容でした。
「おお、なんとすばらしい、優雅なダンスと複雑なステップや螺旋回転のマエストロよ、わたしはただの哀れで濡れたみじめなものにすぎません。ぶざまで不器用な足を四本持つだけです。ですから、百本もの足をあんなにあざやかな秩序で動かしてみせるあなたを、なににもまして感嘆の眼で眺めております。ほんの少しでいいから教えていただきたい。そこで、すばらしい方よ、どうかお話ください。あなたはダンスをはじめるとき、まず一本目の左足を動かし、それから九十九本目の右足を動かすのでしょうか? それとも百本目の左足からはじめ、二十三本目の右足を動かし、次に三十七本目の左足をさばき、それから十二本目の右足という順なのでしょうか? それともその逆ですか? 足が四本しかない、この哀れで濡れたみじめな蛙にどうか説明してください。わたしのような、どうしようもなく這いずり回るだけの生き物も、少しは優雅さが学べますように」
 この手紙を蛙は陽があたる石の上に置きました。そして、ムカデはダンスをするためにやって来たとき、手紙を見つけて読みました。ムカデは、自分はどうやるのだろうと、考えはじめました。この足を動かし、あの足をさばき、今までどうやっていたのかを思い出そうとしました。そして最後にはわからないと白状せざるをえませんでした。ムカデはもはやその場から一歩も動けなくなりました。そこに横たわったまま、思案し、さらに思案し、ときどきためらいがちに、百本もある足の一本を動かしていましたが、ダンスはもうできませんでした。そう、ムカデはもう二度とダンスができなくなったのです。
■以上、抜粋終わり。
■「エンデさん、あなたはなぜあのような面白いお話を作ることができるんですか? その秘密を講演でお話していただきたいのですが」と、エンデが講演の主催者からの質問にこたえ、このような話をした、という。
■語源辞典を編纂・執筆した学者が「週間ブックレビュー」で同じような話をしていたので、抜粋してみた。
■効率よく書こうとか、人をうならせる文章を書こうとか、作り方に変なプロ根性を出すとろくなことはない。読者を無視してもいけないが、意識し過ぎたら命取り。それが原因で書けなくなった書き手を私は何人も知っている。
■書くことに折り合いをつけられぬまま、中途半端な気持ちのまま“先生”と呼ばれるようになったら、書くことは辞めたほうがいい。ムカデがダンスを楽しむように、ただ書けばいい。

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2005年5月27日 (金)

紙巻知らず

■東京駅最寄のデパート『大丸』の地下一階。食品売り場の片隅になぜか葉巻売り場がある。その女店員は買わせ上手、と聞きおよぶところあり、昨日行ってみた。■彼女はこの売り場に配属されるまで煙草を吸ったことがなく、それも葉巻はたしなむが紙巻のシガレットは今でも吸わない、という。■そういえば、あるバーの常連であるC女史もそうだ。これで紙巻知らずの愛煙家は二人目となった。■その日、どんな喫煙具を手に入れたかは、内緒。

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つやっぽい肌

IMG_7624cbb■送っていただいたカレンダーで埋まるテーブル。
■B2という大判サイズはでかい。B4の用紙4枚分ある。来年のカレンダーを大判サイズでつくることにしたのは、大手カレンダー販売会社からのアドバイスによる。先日、そのアドバイスを受けた会社から「参考にしてください」と、今年のカレンダーが山のように送られてきた。今年よく売れたカレンダーはほぼすべて入っていた。
■50種類ほどチェック。何をチェックするかというと、写真のあつかい、カレンダーの日付(玉という)のデザイン、止め具の種類など、サイズが大きくなるとことによって工夫すべきことだ。
■これほど大きくなると、使われている写真自体に目がいってしまう。ごまかしがきかない。アイドル系だとそのできばえが際立つ。カレンダーに関わっている人たちの力量や思い入れが顕著に出る。写真家、スタイリスト、メイクアップアーティスト、デザイナー、プロデューサーたち。
■そして素材。被写体の肌が特に目立つ。スタッフたちが口を揃えて抜群の出来と評価したのは、まだほとんど知られていない瀬戸早妃というタレントが発する肌の美しさだった。これほどつやっぽく撮ってもらえば、被写体も嬉しいに違いない。
■デザインの出来ばえより被写体方面に目が移ってしまうのは、やっぱり仕方ないよね。

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2005年5月25日 (水)

ひょっとして

IMG_7557c■朝やんわりと涼しく、昼ほんのりと暖かく、ドシャっと雨降る夕暮れどき。東京ではこの二日ほど、夏でもないのに夕立が降り、もう五月も末だというのに朝のセーターが欠かせない。とはいえ、日中は暖かい。なんだかちょっとひょっとして、一番いい季節なのかもね。

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2005年5月23日 (月)

読みが甘い

IMG_7472c■「飲酒したり激しい運動は控えてくださいね」と医者に念を押されて一週間。もうそろそろ大丈夫だろう、と、バー『ル・パラン』から朝帰りしたその日の午後、野球の試合に出場したのだった。
■二日酔いでも寝不足でもなかったが、監督に体調を相談。守備を免除してもらい、DH(指名打者)で試合にのぞむことになった。思えばDHなんて、産まれて初めての経験である。これまでは守って打つ、打って守るというリズムの中でゲームにのぞんでいたのだが、ずっとベンチにいて、打つだけなんてねえ。楽といえば楽だが、どうも居心地が悪かった。
■試合は、守備の乱れから6点を奪われ、リズムを崩した攻撃は1点しかとれず、ボロ負けという結果とあいなった。相手チームの攻撃時間が長く、試合は5回までで時間切れ。草野球では、グラウンドを利用できるのは通常2時間。その時間内に試合だけでなく、試合前の準備運動やら、次の予約チームに時間内にグラウンドを引き渡すため、試合時間は1時間半が目安なのだ。
■というわけで今回の試合では、打席は2度しか回ってこなかった。アウアウ。つまんない…。
■最初の打席は、2対1とリードされた2回裏、2アウトランナー2塁で回ってきた。得点のチャンスだ。ノーアウトで2塁打を放ったランナーを次の二人が凡退して返せないでいた。ここで得点すれば、流れが変わる。気合も入り、集中力も増しているのを感じていた。
■1球目は高めに抜けた直球でボール。2球目は外角低めのカーブでストライク。これで、ピッチャーの球道を見極めることができた。「こりゃ、打てるな」という確信を持つ。そして3球目。内角への甘い直球。「しめた!」と少し開きぎみにバットを強振。「あっ!スライダーだ」少しだけ沈んだボールの上を思い切りこすってしまった。ああ。ファールになれ、と一瞬念じ、一塁に全力疾走したが、結果はボテボテのサードゴロでアウト。チャンスを逃したのだった。
■二度目の打席は、6対1と大きくリードされた最終回、1アウトランナーなし、でやってきた。意気のいい球を投げる押さえのピッチャーに、Daibo'sは前回から三振とフライアウトの山を重ねていた。敗色濃厚である。そうはいってもまだ試合は終わっていない。「野球は2アウトから」という格言もある。球を転がし次につなげれば、まだ勝機はある。
■1球目、内角低めに鋭い直球。際どく外れてボール。しかし、球が、は、速い…。2球目は外角にカーブ。低いと見て見逃すがストライク。う~む、カーブの曲がりも鋭い。タイミングを合わせれば打てないことはないが、山をはらない限り、直球もカーブもオレの今の力では打てそうもない。内野上がりの投手はコントロールがよく、直球に頼る傾向がある。だから、得意な内角にコースを絞り直球を待つことにした。ヒットになる確率が高いからだ。3球目。カーブ。明らかに低い。見逃す。2ボール1ストライクとなる。こうなったら次は直球しかない。一発かっとばすより、センター返しでヒット狙いでいこう、と決めた。
■さあ4球目だ。読みどおりの直球の回転する球が投げられてきた。「しめた!」とバットをセンターに向けて押し出したが、シュート回転した球にやや詰まってしまった。「センター前に抜けろ!」と、また念じ、一塁へ全力疾走したが…。結果は、あと一歩のところで、アウト! 2打席とも凡退に終わった。
■これほど全力疾走するのなら、守備をやってもよかったのに、と反省しきりの土曜日でありました。

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2005年5月21日 (土)

自己燻製する日々

IMG_7479c
■琥珀色をした液体に占拠されるデスク。烏龍茶かウィスキーか。いや、最近は煮出した黒豆茶に占拠されている。どっちに転んでも自分を毎日燻製している気がする。

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2005年5月20日 (金)

ああ、禁断の…

IMG_7456c禁断の、禁断の…。ああ、禁断の恋。なんちゃって。一週間ぶりに、禁断の酒を堪能してまいりました。新宿『ル・パラン』から午前1時2分に電話したのは、私です。ごめんなさい。

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2005年5月19日 (木)

珈琲のつまみ飲み

IMG_7444c 今朝も珈琲豆を挽(ひ)き、二杯分の珈琲をKalitaのサーバーに抽出した。一杯目はフロレンティン・ターコイズの珈琲カップに注ぎ、グラス一杯の冷水を置き、気取って飲む。二杯目はお湯を足して薄めた珈琲をググッと飲み、三杯目はこっそり飲んだ。
 水はすごい。濃く抽出した珈琲はある種の毒で、濃厚な珈琲だけでは体がもたない。へそのあたりがキュンとしてお腹を下してみたり、頭がクラクラしたりするときだってある。それを避けたいので、まず水を含み飲みする。口の中をすすぐように。そして珈琲をひと口。もうひと口ほど珈琲を楽しんだら、水を飲む。そんな具合にゆっくり飲むと、お腹もキュンしなくてすむし、珈琲本来の旨みを味わえる。水がなければ一杯目はない。
 旨い珈琲はお湯で薄めても旨い。冷めた珈琲に熱いお湯が溶け込んだトロリ感も、珈琲が旨けりゃ悪くない。そんな二杯目の珈琲は、カップに注いでググッと飲み干す。
 それでもサーバーに少しだけ珈琲が残ることがある。これをサーバーからこっそりつまみ飲む。少し温まった味気の落ちた珈琲のくせに、これがたまらなく旨い。サーバーの口が外側に広がり、鼻を包み込むからかもしれない。
 目を覚ますと『カフェ・ドゥ・ガウディ』の珈琲を飲むのが日課だ。京都にあるその店から送られてくる珈琲豆でうちの冷凍庫はほぼ満杯。十種類ほど常備している。その中から一週間分を冷蔵庫に移して飲んでいる。

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朝起きて

湯冷ましやかんの水捨てる。

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2005年5月18日 (水)

水あか取って…

IMG_7425c水あかイヤイヤさじ磨く。だから何だ、と言われても…。

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2005年5月11日 (水)

路地裏で

roji-002■路地で立ち話するのもいい季節になってきた日本橋人形町。身近なところに見えているはずの、つい見落としてしまうかもしれないながめを撮る。知っていると思っているはずの、つい分かったつもりで流してしまうかもしれないコンテキストに疑問を投げる。

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2005年5月10日 (火)

岬めぐり

sikoku-2■岬めぐり、とはねえ。知らなかった。もう三十年近く続けているなんて…。趣味多き多彩な彼のプロパティに、またひとつ新たな色が加わることになった。
■先週、月曜日の夕方、黄金週間どまんなかの月曜日に出勤を選択したY氏は、夕方から友人T氏と日本橋人形町に来訪したのだった。これからの企画や編集のあり方について、真面目なやりとりや実際の演習もあったが、「岬めぐり」の話には恐れ入った。「連休後半に行ってこようかと思ってるんですよ」というY氏。長崎市の東側から南に伸びている野母半島の先端、あるいは東シナ海から流れ来る対馬海流を迎える五島列島、福江島の大瀬崎あたりか。まだ、決めかねているようだった。
yura-2a■島国だから当たり前かもしれないが、それしても、日本という国はなんと岬が多いことか。岬は細く突き出た陸地の先端で、なかには陸路ではたどりつけないところもある。陸の果て、海とわずかに隣接する、岬という人間社会からうとんじられた存在は、人と自然との境界を分かつ。境界には緊張感がある。やっとたどりついた岬の先には、どんな景色が広がっているんだろう。
■実際に岬に足を運ばないまでも、日本地図を広げて岬めぐりをしてみるのも面白い。たとえば、愛媛県の西海岸。日本の中でも特に地形が入り組んでいる地帯だ。宇和島市の南、ニョロニョロと細いひげのように突き出した半島がある。「由良岬」という名前だね、などと、地図談義を終えると、四人は日本橋人形町『よし梅』に流れたのだった。
■昨日、Y氏よりこんなメールが届いた。

 地図でご発見いただきました、愛媛県南部の細長く曲がりくねった「由良半島」にいってきました。
 このあたりの海岸線は、日本にまだこんなところがあるのか、と思うくらい美しかったです。こんなベタな表現しかできないくらい、いい所でした。ほんとに、日本もまだまだ捨てたもんじゃないと思ってしまいました。ですが岬の先っちょまでは行けませんでした。
 釣り人といっしょに釣り宿に泊まって、釣り人を礒に届けるついでに岬の先端に届けてもらう等、相当テクニックが必要ですね、こりゃあ。
 車道がなくなったところで道なき道を分け入ったつもりなのですが、尾根付近の急斜面に細かな石垣(小石を積んだ)があり、木が密生していました。あとで調べたら、かつては半島全体が段々畑になっていたのですが、放棄されて相当の年月がたったようです。
 バス停に闘牛の案内が出ていました。バス停にいたおじいさんにきいてみると、宇和島市営闘牛場でやっていたのですが、その南の津島町の闘牛界のボスが協会を分離、そのあたりでも別に闘牛をやるようになったのだとか。……
■このひと月あまり、誰のために文字をつづり、誰のために写真を撮るのか分からなくなってしまい、右往左往していた。電話もかけずメールも送らず、外出することもなかった。ただ黙々と語学習得と読書に専念する日々。しかし、このメールを受信したとき、何か言いようのない嬉しさがこみ上げてきたのだった。理由はよく分からない。とはいえ、こうして、また普通にキーボードをたたき始めている。シャッターを押すこともできるかもしれない。

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