エンデのメモ箱
■ふん詰まりかけたときは、ミヒャエル・エンデの「エンデのメモ箱」をよく読む。■そのなかでも好きなのが、エンデが来日したときに講演した、ドイツの詩人グスタフ・マイリンクが作った話だ。■以下抜粋。ただし、一部、表記を変えてある。
すべすべした大きな石の上で、毎日、陽が照ると、きまった時刻に百足(ムカデ)がダンスしました。このムカデが、真似のできないような優雅さで、複雑なステップや螺旋回転をして、からだが宝石のように光の中できらきら輝くのを観ようと、ほかの獣たちは遠くからやって来ました。ダンスするムカデを観るのはすてきでした。そしてどの獣もその芸とその優雅さを褒めたたえました。■以上、抜粋終わり。
でも、ムカデは栄誉やみんなの感嘆のためにダンスするわけではありません。ムカデは観客にほとんど気づいていませんでした。それほどダンスに熱中していたのです。
さて、すぐ近くに、大きな太った蛙が、木の根っこの下に住んでいました。蛙はムカデがすることに腹をたてていました。その優雅さや有名なのに嫉妬していたのかもしれないし、そもそもダンスなどという、目的のないおこないが気に食わなかったのかもしれません。ともかく蛙はムカデの邪魔をしてやろうと決めました。むろん、たやすいことではありません。ほかの獣たちから叱られたり非難されたくはなかったからです。長いあいだ考えたあげく、ある日すばらしいアイデアがうかびました。蛙はムカデに手紙を書きました。こんな内容でした。
「おお、なんとすばらしい、優雅なダンスと複雑なステップや螺旋回転のマエストロよ、わたしはただの哀れで濡れたみじめなものにすぎません。ぶざまで不器用な足を四本持つだけです。ですから、百本もの足をあんなにあざやかな秩序で動かしてみせるあなたを、なににもまして感嘆の眼で眺めております。ほんの少しでいいから教えていただきたい。そこで、すばらしい方よ、どうかお話ください。あなたはダンスをはじめるとき、まず一本目の左足を動かし、それから九十九本目の右足を動かすのでしょうか? それとも百本目の左足からはじめ、二十三本目の右足を動かし、次に三十七本目の左足をさばき、それから十二本目の右足という順なのでしょうか? それともその逆ですか? 足が四本しかない、この哀れで濡れたみじめな蛙にどうか説明してください。わたしのような、どうしようもなく這いずり回るだけの生き物も、少しは優雅さが学べますように」
この手紙を蛙は陽があたる石の上に置きました。そして、ムカデはダンスをするためにやって来たとき、手紙を見つけて読みました。ムカデは、自分はどうやるのだろうと、考えはじめました。この足を動かし、あの足をさばき、今までどうやっていたのかを思い出そうとしました。そして最後にはわからないと白状せざるをえませんでした。ムカデはもはやその場から一歩も動けなくなりました。そこに横たわったまま、思案し、さらに思案し、ときどきためらいがちに、百本もある足の一本を動かしていましたが、ダンスはもうできませんでした。そう、ムカデはもう二度とダンスができなくなったのです。
■「エンデさん、あなたはなぜあのような面白いお話を作ることができるんですか? その秘密を講演でお話していただきたいのですが」と、エンデが講演の主催者からの質問にこたえ、このような話をした、という。
■語源辞典を編纂・執筆した学者が「週間ブックレビュー」で同じような話をしていたので、抜粋してみた。
■効率よく書こうとか、人をうならせる文章を書こうとか、作り方に変なプロ根性を出すとろくなことはない。読者を無視してもいけないが、意識し過ぎたら命取り。それが原因で書けなくなった書き手を私は何人も知っている。
■書くことに折り合いをつけられぬまま、中途半端な気持ちのまま“先生”と呼ばれるようになったら、書くことは辞めたほうがいい。ムカデがダンスを楽しむように、ただ書けばいい。
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