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2005年7月18日 (月)

模様替え開始す

 部屋が物置と化していた。けっして乱雑なわけじゃない。が、不満だった。何が不満だったかというと、友人たちを嬉々として部屋に迎え入れられなかったこと、と思い当たった。
 以前は、よくホームパーティなんぞを開いたものだが、今の部屋に引っ越してからは、なぜかその気になれないでいる。部屋が狭くなったこともあるが、機能的でなく、とにかく美しくないからなのだ。
 それが、どうもストレスになり、仕事にも集中できなかったのではないか。と、仕事をしなかった言い訳にすることも、気に入らない。

 というわけで、月曜日に収集される資源ゴミを、日曜日いっぱいかけて紐でくくり、夜中に10個まとめて捨てた。一応、会社から出るゴミなので、1個につき243円の手数料を支払ったことを証明するシールを貼り、「事業系一般廃棄物」として近くのゴミ収集所に捨てにいった。
 のだが、それが、すごく、すごく大変だった。捨てるまでの準備に時間がかかるのは仕方ないが、そのゴミの重いことといったら、もう死にそうだった。夜中に涼みに出てきた同じマンションの住人が、「あらまあ、大変そうですね。お手伝いしましょうか」と、救いの手を伸ばそうとしたほどだ。
 「本当に重いので、やめといたほうがいいですよ」と、丁重にお断りしたのだが、やっぱり手伝ってもらえばよかった、と後悔した。

 大汗をかき部屋に戻ると、指がはれあがり、腕の震えが止まらない。やっとキーボードを打てるようになったのは、もう空が白んできたときだった。単に夜更かしだろ、と言われればそれまでだが。
 連休もあと一日だが、結局、部屋の模様替えでつぶれてしまいそうだ。いやいや、部屋の模様替えをバカにしてはいけない。お気に入りの家具がどう見えるか、とか、音源がどこにあるか、なんて、些細なことに思えるかもしれないが、環境が変わると文体まで変わってしまうことだってあるのだ。
 なんて、ちょっと大げさかもしれないが、そんな些細なことが、人生を変えてしまったりする。やっぱり、大げさすぎるか…。

 今日の教訓。ああ、なんて日本は平和なんだろ。(ってか?)

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2005年7月17日 (日)

オオ、ボーノ!

十五年ほど前に会社を立ち上げた頃、それ以前の二年間はプーだった。その二年間、『風の谷のナウシカ』や『ブレードランナー』とともに、ずっと観ていたLDがある。それは、『U2 Rattle and Hum(U2 魂の叫び)』というアルバムだ。
U2は、ウツとは読まない。ユーツゥーと読む。常識だ。アイルランド出身の4人組は、以下のとおり。

ボーノ (ボーカル、サイドギター)
エッジ (リードギター、キーボード、ボーカル)
ラリー・ミューレン・ジュニア (ドラムス)
アダム・クレイトン (ベースギター)

最近、久しぶりにそんなLDを引っ張り出し、繰り返し観ているのだが、印象が増幅されてくることに驚いている。その中でも、ボーカルであるボーノの色気のある声と歌唱力は、すごい、としか言いようがない。きっと、映像が音を増幅するのだろう。

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2005年7月13日 (水)

離婚するときは返してよね

 と、念を押されたのは、思えば7年前のことだった。

 あの頃は、実入りのいい仕事が重なり、印税で少しばかり蓄えもあり、何かと恵まれていた。世田谷の岡本という閑静な住宅街にある、ちょっとハイソなマンションに住んでいた頃の話だ。
 仕事にかまけ、体にかまうことなく過ぎてしまった十年あまり。気がつくと、関節が痛み、目がかすみ、歯もボロボロだった。顔にシミが出始め、体のどこかが狂い始めたことを自覚した頃の話だ。
 仕事が一段落し、相方といっしょに近所の歯医者に通うことにした。診察の結果は悲惨だった。奥歯を抜歯するはめになろうとは…。担当の医師は、こんな提案を申し出たのだった。

「歯の移植をやってみませんか。奥様の親知らずが冷凍されています。その歯を移植するんです」
「そんなことできるんですか?」
「今のところ、そのような手術例はありません。私にとっても初めての試みなんです。でも、可能性はあります。どうです、やってみませんか?」
「可能性ありですか。で、移植した歯は何年もつの?」
「分かりません。1年になるか、10年になるか。拒否反応を起こすかもしれませんからね」
「……。つまり実験台というわけね」
「そうです」
「そ、そうですって、そうなんですか。…分かりました。5年もってくれればいいですよ。やってください」

 というわけで、その日に歯の移植手術が開始されたのである。

 術後の経過は順調で、翌月には、まるで自分の歯のように機能するようになった。いや、違和感がないことには、本当に驚いた。三ヶ月、半年、一年と、定期的に検診を受けたが、まったく拒否反応は見られない。

 片側の奥歯がないと、その逆側の唇を上げ、片笑いするようになる。そんないびつな顔の表情も、お陰さまでバランスが良くなった。その間、数え切れないほど歯の写真を撮影されたのだが、何に使われたかは分からない。

 そして、7年の歳月が流れた。

 ちょっと奥歯に違和感を感じたので、歯科衛生士をしている友人に頼んで、東京の中央区にいる名医を紹介してもらった。

「この歯はもうダメですね」

 と、歯医者は言った。

「そうですか。ダメですか」
「一日も早く抜いたほうがいいです。歯を支える骨も少し破損してますからね」
「えっ、そんなに悪いんですか」
「いえ、大丈夫。骨はしっかりしてます」
「でも、削るんでしょ…」
「削っても元に戻りますから、心配しないで」
「あ、そ、そうなんですか。じゃあ、お願いします」
「この歯はいつ頃に移植したんですか」
「たしか、7年前になりますかね」
「7年間ですかあ。よく持ちこたえたものです」
「一応、大事にはしてましたから」
「…じゃ、抜きましょうね」
「はい。お願いします」

 1時間ほどで手術は終わった。抜かれた歯は歯ぐきに埋まっていた部分が溶けてなくなり、半分ほどに小さくなっていた。私に異物とみなされ、侵食されたのだ。溶けた部分はいったいどこに消えたのか。あまり考えたくない。

「これ、持ち帰ってもいいですか」

 という私の申し出に、事情を知る歯科医は快く応じてくれた。7年間、けなげに働いてくれたのだから、労をねぎらい、本来の持ち主に返すことにしよう、と思ったのだ。

 自宅に戻り、小さなケースから抜歯された歯を取り出してみた。なんともいびつに変形したものだ。そのとき、「離婚するときは返してよね」という相方から冗談交じりに言われた言葉を思い出した。

 抜歯した歯は、私の手元に置いたまま、まだ返せないでいる。

 現在では、他人の歯を移植することは「技術的に不可能」ということが証明されている。DNAが違うと移植できないらしい。7年前は分からなかったが、現在は行われていない。

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2005年7月 9日 (土)

からだの輪切り

先日、初めてCTスキャンなるものを受けた。日本橋にあるCTスキャンを専門にしているクリニックは、古い雑居ビルの8階にあった。

「ええっ! こんなビルのクリニックで大丈夫なん?」

と、不安が広がったのだった。

クリニックに入ると、不安はすぐに消えた。設備は充実していたし、担当者の手際もよかったからだ。とはいえ、CTスキャンは左下の歯の部分だけだが、実費で2万円ちょっとかかった。

「高いなあ」

と、一瞬、不満が広がったのだった。

クリニックを出て、歩いているうちに、不満は少しずつ薄くなった。あのような装置を導入するときの費用は相当なものだろう。日々の保守費用や、最新の装置に入れ替えるための将来への蓄えも必要だ。特殊技能を有する技術者や医師を確保したり、彼らの健康面への配慮だって必要になる。だとすると、保険が利かないのは納得がいかないが、CTスキャンで請求された2万円は妥当な値段に違いない、と。
昨日、現像された写真を歯医者で見せてもらった。水平方向と垂直方向に2ミリおきに輪切りにされた映像が50点ほど。写真を使って歯科医が今後の治療手順について話してくれた。
精度の高い映像があると、説得力が増すなあ。これじゃあ、からだを知るぬ間に輪切りにされても文句はない。いや、驚いた。

CTとは「Computed Topolography」の略語で、CTスキャンとは「コンピュータ断層撮影法」と呼ぶらしい。X線撮影と同じようにCTスキャンでもX線を使う。
違うのは、X線撮影の場合は直接撮影するが、CTスキャンの場合はX線をあてた部分の反応の度合いを数値化し、コンピュータを使って画像化するところ。複数の画像を実寸で正確に表示できるところ、かな。
ちなみに、topographyとは地形図、測量学、解剖図といった意味。

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2005年7月 8日 (金)

基準はどこにある

「待ってました!」

浪曲師 国本武春がやっと民放に登場するようになった。

先日は「東京12チャンネル」で、バイオリニスト川井郁子との共演。見ごたえも、聴きごたえもあった。共演したのは一曲だけだったため、彼の力量が十分に発揮できたわけではない。とはいえ、国本がこう明言したくだりは、迫力があった。

「楽曲の良し悪しや音楽を楽しむ基準は自分自身にあるんですよ」

しがらみが増すほどに、金銭的な豊かさと社会的な優位性が増すほどに、他を受け入れる度量をせばめ、自身の作法に固執し、知らぬまに貴重な感性を鈍化させてしまうエセ大家たち。その本当はバレバレのブランドに大枚はたき、ギリギリ所有することで自身の位置づけが高められたとほくそ笑み、それでも付いていこうとするマジョリティ。

崖っぷちで踊るさまは危うく、こっけいにさえ見える。しかし、そこで自分が踊るのも、けっこう快感だったりするから、たちが悪い。

良し悪しや楽しさの基準を、どうしたら鈍らせないで持ち続けることができるのだろう。どうしたら感性を自分で磨けるのだろう。そういう意味で、日本には独自の精神世界があるから驚く。それは、茶道。その精神を忘れまいと努力しているつもりなのだが、生きる糧を得るための日常と、歩んできた道への自負と高慢が立ちはだかる。

時を追って評価が高まる中、国本武春は、感性が鈍っていくかもしれぬ自身への戒めとして、あの言葉を番組で語った。そんな気がしてならない。

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2005年7月 6日 (水)

実寸の威力

IMG_9114c

中身は同じでも、サイズが違えば印象が違って見える。

B2サイズにプリントした写真はでかい。床に並べたり、壁に貼り付けて眺めたり。パソコンのディスプレイで見ていたときや、A4サイズでプリントしたときとは、印象がまったく違った。

写真をどこに載せるか、どう使われるか、そのサイズやメディアの違いによって、構図や色合いの効果、ディテールの見え方が変わってくる。当たり前だけど、実際に使われるサイズにしてみて、その威力を再認識した。

文章も同じように、構成とか言葉遣いとか変わってくるんだろうなあ。って、今さら何言ってんだかねえ。

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2005年7月 4日 (月)

痛い一打

三遊間を抜かれてヒットになる可能性は高いが、長打になることはまずない。三塁線を抜かれると、長打になる可能性が高い。

一点リードした最終回も二死。あとアウトひとつで自軍の勝利という状況だった。しかし、二死から投手が連続四球を出し、一塁と二塁が走者で埋まった。

ここで打席に入るのは、三番打者。前の打席で左翼に強烈な打球を飛ばされている。こいつに長打を打たれると、一塁走者が本塁を駆け抜け、サヨナラ負けになっちまう。連敗中のわがチームは、ここで負けるわけにゃあいかん。

なんてこったい。暑さでもうフラフラなのだ。

ここで監督が指示を出す。外野手に守備位置を少し後ろに、三塁手に塁に詰めて守れという。短打で同点はやむなし、長打でサヨナラ負けは避けよ、という正しい選択だ。私は、三塁線にどんな強烈な打球が飛んでこようと、絶対に抜かれないよう、半歩だけ三塁ベースに詰めて守ったのだった。

そして、初球。強烈なライナーが三遊間を襲ってきた。あっ、取れる! 飛んでくる白球をつかもうと、私は思いっきりグラブを持った左手を伸ばしたのだった。

よっしゃあ!

と、勝利の雄たけびを上げるはずが、なぜか私はベッドの上でうなっていた。左手の甲が赤くはれ上がり、今でも少し痛い。とはいえ、プレーでケガをしたわけではない。ベッドの横に置いたテーブルに、左手を思いっきり打ちつけ、目が覚めたのだった。

あの三番打者の一打を捕球したかどうか、覚えていない。残った痛みが悔しさを倍増する。夢ならせめて少しだけ、いいとこだけを記憶に残しておいてくれ。

あの一打は痛かった。

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