夕焼け雲
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■満月と新月の夜に頭を丸める。坊主頭にとかす髪なし。だから、化粧鏡の前に立つこともない。頭を刈るときに見る鏡は、水滴と水あかで霞んだ風呂場の鏡。落とし紙を風呂場の床に広げ、充電式バリカンで頭を刈り上げ、落ちた分身を落とし紙に包んで捨て、シャワーで洗う。鏡はよく見えない。顔は毎日あたってひげを剃るが、蛍光灯の向こうにある洗面所の鏡には、ちょっとつくった顔がある。どちらにしても、いつもの表情をした顔をみることがなかった。
■最近、机のそばに卓上鏡を置いたのだが、いや、驚いた。何に驚いたかって、普段の自分の顔がこれほど難しそうな顔をしていたのか、ということにだ。眉間にしわ寄せにらむ顔。あらあら。好きな仕事をしているくせに、なぜか楽しそうでない。身の丈以上の仕事に取り組んでいれば楽しそうな顔ばかりしていられないが、身の丈より低い仕事ってそうあるもんじゃない。
■そういえば、思い当たるふしがある。あれは飲み会のときだった。「今日は静かですね」と、友人Mから言われた。そのときは確かに何か考えごとしていた記憶がある。そのときの表情は多分、“眉間にしわ寄せにらむ顔”だったに違いない。顔の筋肉がしかと記憶している。間違いない。そうか、オレはずっとこんな湿気た面をしていたのか、と卓上鏡の中の自分につぶやいたのだった。
■鏡をそばに置いて一ヶ月ほどが過ぎた。いろいろやってみた。気がつくと口元が下がって困った顔になってしまうので、口元に少しだけ力を入れて持ち上げる訓練を繰り返した。傷が早く直る硬めのバンドエイドをご存知だろうか。半分に切ると三角形になる。眉の間に貼り付けると、眉間を寄せようとしたときバンドエイドが突っ張って警告を発する。いかんいかん、と眉を開こうとして眉を上げる、という具合に。宅配便を集荷に来たいつものお兄ちゃんに「どうしたんですか?」と引かれたりしたが、とにかく続けた。
■そんなこんなで、原稿は進まず困ってはいるが、卓上鏡に写る顔は楽しげ。人の顔は簡単に変わるものらしいと、ちょっと自慢げでもある。こんなところに逃げ込んでる場合じゃないんだけどね。クショー!
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■日本橋蛎殻(かきがら)町にある水天宮交差点前交番をシフトレンズで撮る。
■被写体までの距離が離れれば離れるほど画像は小さくなる。通常のレンズではその比率が光学的に忠実に再現される。だから、見上げるような高い建物を撮ると、上のほうがしぼんで撮影される。説明するほどのこともない常識だろう。
■とはいえ、人間の肉眼に写った被写体の印象が、写真と違って見えることがないか。建物は直立して見えていなかっただろうか。建物に対してレンズを垂直方向にずらすことができれば、この写真のように建物の縦線を垂直に撮ることができる。それがシフトレンズの役割だ。
■カメラで撮影した写真を見ると、自分では撮った記憶がない画像が紛れ込んでいることがないか。レンズを換えたり別のカメラで撮ると、同じ被写体でも違って見えた、という経験はないか。肉眼でみた印象とまったく同じ絵柄に出会うことがないか。
■シフトレンズで遊んでいると、そんな道具に頼って遊んでいると、私の場合、その頻度が増す。
■この写真はシフトレンズで撮影したありえない画像だが、昨日、秋葉原までの散歩から帰ってきたとき、確かに見たという記憶が私にはある気がする。
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■日曜日は快晴。半月ぶりに晴れた東京だった。七五三を祝う親子連れで隣りの水天宮は朝から大にぎわい。子を思う親の気持ちが束になって青空高く抜けるさまを横目に見ながら外に出る。秋葉原で買い物をするためだ。
■こんなに外気がすがすがしい日は一年に何回かしかない。電車をやめ歩くことにした。秋葉原までは日比谷線で二つ目。けっして遠くはないが、歩いたことはない。
■水天宮から人形町通りを神田方面へ歩き始める。斜め左から当たる午後の日差しが、確かに北東に向かって歩いていることを実感させた。小伝馬町を抜けるとその先はもう秋葉原。一本道だから間違えようがない。写真を撮りながらだったが三十分ほどで到着。こんなに近かったとはねえ。
■『ヨドバシカメラ』は休日モードだった。平日とは明らかに違う客たちの雰囲気。エスカレータの左側に一列になって乗る客たち。平日は違う。皮製のカメラストラップやカメラフードなどを物色し帰宅す。ちなみに、長居してもこの店にはウォシュレットのトイレが完備されているので安心。
■歩き疲れて昼寝した、休日らしい休日でありました。
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■ああ、光陰矢のごとし。
■もうすでに原稿の半分、100ページほど書き上げているべきときなのに、最初の20ページあたりで行きつ戻りつを繰り返している。いや、毎度のことなので、まったく心配はしていない。
■とはいえ、書くことをなりわいとしているわけだし、なんで計画どおりに毎度毎度書けないものかと呆れてしまう。すんなりと書かせてほしいぞ、たまには…。ああ、ため息がでるわい。
■進まない原因は分かっている。盛りだくさん過ぎるからだ。考えていることの半分は捨てないと形にならない。逆の言い方をすると、半分以上は使えない余分なもの。知ったかぶりしてるうちはダメなんだよね。何回同じことを繰り返せばいいのかと情けなくなるが、今回も同じらしい。
■もうやけくそで眠ったら、翌日から快調に進みだした。
■ゆっくりと睡眠をとると、お肌もピチピチ。なにかと元気で「私、いま生き返りましたあ!」みたいな気分になる。昨日まで書いた駄文なんぞ、バッサリと削除しちまう。「さあ、次、次ぃ!」と、威勢もよろしくなった。それに、カレンダーを梱包したり、本屋をのぞいたり、ストレッチしたり、何かと体を動かすことも億劫でなくなるから面白い。
■ふんづまったときの合言葉は、眠るが勝ち。どこまで通じるか、その結果はいかに…。
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■夏らしい夏は果物をみずみずしく育ててくれた。豊作らしい。ブドウも今が食べごろ。近くの果物屋では今年は巨峰よりピオーネが先に売切れてしまう。品薄なのはもう旬を過ぎているからか、定かでない。夏の強い日差しをたっぷりとあびたせいか、ピオーネ独特の酸味が甘味のほうに加担して旨味を増幅させている。
■東京は秋雨が続き曇天に気もふさぎがち。散歩がままならぬ愛犬たちのいらいらは気の毒だが、作物はきっと秋らしい秋を満喫しているに違いない。
■そういえば、晴天や雨、風を表現する美しい言葉はあるが、曇り空を味わう言葉は少なくないか。「うす曇り」とまでいかない空模様は何と呼べばいいんだろう。「うす晴れ」では「うすっぱげ」みたいでみっともない。曇り空を讃える言葉がもっとあれば、曇天の日も少しは楽しめる気がする。
■白い空でもピチッとうまいピオーネ食べりゃ気も晴れる。
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■今年は三連休が多い。10月8日(土曜日)からも体育の日をはさんで三連休だ。その初日と二日目に、泊りがけで草野球の合宿に行って来た。
■一年に一回、時期は前後するが、その合宿は毎年恒例の催しで十数年続いている。私も十年ほど前から参加させてもらっている。
■前日の金曜日、いやあ、その深夜から翌朝にかけてのどしゃぶりは半端じゃなかった。台風のときよりも激しかった。降った雨は東京の空も大地も、すっかり洗い流してしまっていた。
■合宿初日の土曜日は、午前6時に起床。早々にリュックとカメラマンバッグを準備する。
■午前7時すぎ、まだじっとりと湿った大気を吸い込みながら、地下鉄とJRを乗り継いで三鷹へ向かう。
■午前8時すぎ、三鷹に男女6名は集合した。車の所有者H氏は町田から一時間ほど走って三鷹駅北口で待機してくれていた。一人は、昨夜オーストラリアから帰国したばかりのT嬢。一人は名古屋から深夜便で到着したばかりの助っ人N嬢。ずいぶん遠くから集合してきたものだ。
■午前8時30分、女性4名、男性2名の三鷹組は奥多摩へ出発した。
■三連休の初日は、晴れていれば道はすでに渋滞している。しかし、前夜の土砂降りで気勢をそがれた関東人たちの出足は遅く、まったく渋滞に巻き込まれることがなかった。
■午前10時30分、奥多摩駅に各地から車や電車を乗り継いでやってきたメンバーたち全員が集合した。
■千葉から高速をかっとばしてきた者、二時間に1本しか走らぬ快速電車に飛び乗ってきた川崎や錦糸町に住む者たち。近場の百草園あたりから駆けつけた者、都心から駆けつけた者たち。一人の脱落者もなく定刻に全員が揃ったのは、前夜のとんでもない大雨で逆切れしたからに違いない。
■集まったはいいが、「あんなに降っちゃ、これから晴れても野球場が使えるわけない」と、皆あきらめムード。案の定、前夜の雨に気をそがれ、朝まで飲んじまったよ、という愚か者もいた。
■午前11時、集合した18名全員は4台の車に分乗し、奥多摩駅から合宿所のある栃木県小菅村へ向かった。奥多摩湖沿いに走る青梅街道には10個ほどのトンネルがある。トンネルを抜けるたびに、空は暗くなっていった。山々には深い霧がたちこめ、いい景色だったが、気持ちは下を向いた。
■午前11時30分、目的地近くの温泉に隣接した休憩所にて軽く昼食をとり、目的地に到着。谷あいにある民家だった。すべてが湿っていた。
■午後1時、合宿所を出て球場に向かう。小雨が振り出し、皆うつむく。■野球場には徒歩10分弱で到着した。広いが、ホームベースあたりに水がたまっている。やはり、だめか…。■しかし、広いグラウンドが幸いした。対角にもうひとつのホームベースがあり、そこからなら、なんとかプレーできることが分かった。皆、気を取り直し、ぬかるんだグラウンドを走り始めた。■グラウンドを2周し、準備運動を始めていたら、空が少しずつ明るくなってきた。そのうち厚い雲が割け、青空が顔を見せたかと思うと、強い陽が差し始めたのだった。
■午後5時、紅白戦のダブルヘッダーを終えたメンバーたちの顔は、みな日焼けで赤くなっていた。■試合結果は我が紅組の連勝となったが、二試合とも終盤に追い上げた白組の攻撃は見事で、勝った気がしなかった。紅組は勝負には勝ったが、ゲームを堪能したのは白組だった気がする。■きっと、白組のあの反撃が雲を追っ払ったに違いない。
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■たまには日常を書いてみようか…。
■午前5時起床。早朝の気温は20℃に満たない。窓から入る大気は冷たく心地いい。
■朝食前にひと仕事。昼前にひと仕事。昼食はさんでもうひと仕事。夕暮れはプールで泳ぎ、夕飯の後、またひと仕事。いつもより働き者だ。そんな規則正しい生活が10月から始まっている。ただし、土曜日はオフ。
■なぜ、普段の不規則な生活を変えたかというと、一ヵ月後に迫る本の締め切りがあるからだ。半年ほど調査してきたとはいえ、本という形にするには一ヶ月ほど集中力を持続させることが必要になる。長丁場を乗り切るには、規則正しい生活が向いている。それだけの話。
■とはいえ、執筆は進んでいない。日程では少なくとも50ページほど書き上げていなければならないのだが、出だしでつまずいたまま、行ったり来たりを繰り返している。
■その原因は分かっている。欲張り過ぎているからだ。言いたいことをすべて書くことは不可能。ほとんどの思いを捨てなければ、本という形にはならない。
■そんなこと分かっているのに、何やってんだかなあ、と、いつも思う。まあ、これまでと同じように、最後にゃきっと、ちゃんと仕上がるに違いない。
■今度の土日は奥多摩の山奥にて、一年に一回きりの野球合宿がある。しかし、天気予報は、無情にも雨。そこで、“晴れ女”なる人物を説きふせ、合宿への参加をお願いした。今朝の空のように、少しだけでも青空を見させてほしいところ。お願い申し上げまする。
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■世の中には、時間と空間を長く共有したとしても、多分、永遠に理解できぬ人がいる。
■「理解できぬ」という言葉には、「理解しているが相容れない」という含みがある場合もある。しかし、ここでの話は、「多分永遠に理解できないにしても、だからこそ魅かれてしまう」というケースだ。
■理解できないとはいえ、不快に感じることもない。あるときは接近し、あるときは距離を置きながらも、しかと確かめていたい。そんなふうな意思がゆらゆらと起動する存在、とでも言っておこうか。なんて、自分でも実はよく分かっていないのだ…。
■天井を指でつまんで遊ぶ人や岬めぐる人、生涯を通して残業はせぬと宣言し実践している人、自身を可愛げがないと公言してはばからぬ人……。理解できぬとも共有する時間と空間をよしとするそんな人たちが、周囲に幾人かたむろしている。
■自分の意識がそのうち薄れいくまで、きっと楽しませてくれるに違いない。
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■二日前の夕刻の写真だ。刻々と変化する夕暮れどき。撮影した画像を液晶モニターで見て、露光を段階的にアンダーにしながら、逆にオーバーにしながらシャッターを切る。そうしてイメージに近い色合いに近づけていく。■実験結果を見て調整ダイヤルを回しているようなものだ。■絞り優先で絞りを少しずつ変えて撮る。シャッター速度優先で速度を変えて撮る。ISO値を100から1600まで少しずつ大きくして撮る。オートで撮る。プログラムで撮る。マニュアルフォーカスで被写体の変化を見ながら撮る。オートフォーカスでファインダーをのぞかず気合で撮る。■こんな実験ができるところがデジタルカメラの好きなとこ。
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■記憶がなくなるまで飲んだ。そんなつもりはなかったのだが、新宿で飲んだ。『ぼるが』のチュウハイは飲みやすい。気をつけろ。そう言って、武道家は笑った。あんたは底なしだからねえ。そう言ったところまでは覚えている。
■気がつくと、東京駅にいた。「お客さん降りてください。折り返しますよお」と言う駅員の声。改札を出て自宅に電話をいれようとしたが、携帯電話が…ない。紛失したようだ。しかたない。前を歩く数人の後姿を追う。案の定、タクシー乗り場に行き着いた。自宅まで910円也。
■自宅から携帯電話の使用を停止する電話をかけ、とりあえず安心して眠る。
■携帯電話が紛失してわずか二日で手元に戻ってきたのは、相方のお陰だ。その手際のよさには舌を巻く。翌日、JRの遺失物係に問い合わせ、武蔵小金井駅にあることを突き止めると、最寄駅である東京駅で引取り手続きを済ませてきたのだった。■翌日、携帯電話は私の手元に戻ってきた。感謝。
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■朝起きると珈琲を飲む。珈琲を飲む前に水を飲む。苦味の中に隠れている微妙な甘味を水が引きたてるからだ。水はぬるいよりは冷たいほうがいい。
■冷凍庫でキンキンに冷やされた氷をグラスに入れ、やかんで湯を沸かす。珈琲豆をミルでひき、沸騰がおさまった湯を丁寧に珈琲に注ぎ、珈琲をガツンと味わうために濃く抽出する。カップに珈琲をいれ、グラスに水を注ぎ、テーブルに運ぶ。
■まず、グラスに氷を入れ、珈琲をいれた後で水をいれるのがミソ。グラスの中の氷が冷えすぎていると、水を注いだときに氷がピキピキッと音をたてて裂けひびが入る。水は一気に冷やされるが、ひびだらけの氷は見た目にもみじめ。透き通ったままの氷は水をやさしく冷やし続け、水をなめらかな味にする。
■ちょっとした段取りの違いで珈琲の味まで変わってくる。気のせいかもしれないが、気にしている。注意力を欠くと今朝のように、氷にヒビをいれてしまう。ヒビが入るともう手遅れ。どうしようもなく、本棚に置き去りにしてしまうこともある。
■段取りを間違うと取り返しがつかなくなるのは執筆するときも同じか…。
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■手元にある道具が生活を変える。■万年筆、手帳、カメラ、喫煙具、パソコン、カメラ、……。
■いちばん頻繁に使う道具はパソコン。そしてカメラ。筆記具は6Bの鉛筆。絵を頻繁に描くわけではない。アイデアを練るときに使う。太く描き直しできる鉛筆ほど便利なものはない。■太字の万年質は手紙用、細字は手帳用。用途に合わせて使い倒していると、好みが見えてくる。■この喫煙具で葉巻の楽しみ方が変わった。
■ポジフィルムが現像されるまで待ちきれなくなり、スキャナーで道具たちの画像をスキャンする。ついでに手足、家具、床や壁もスキャンして遊ぶ。どうもその場で画像を見たいらしい。■もう少し我慢しようと思っていたのだが、デジタルカメラをとうとう注文した。もうじき届く。
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