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2006年3月31日 (金)

東京の桜はほぼ満開

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<撮影はGR Digital。ちょっとトリミング>

青山墓地で撮影した写真をM君から1枚拝借。今年は花粉症が話題に大きく取り上げられないうちに、春がやってきた。

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2006年3月30日 (木)

勇み足は命取り

品川駅で下車したのは何年ぶりだろう。品川は様変わりしていた。まるで未来都市のようだ。谷間から見上げる高層ビルは素晴らしい眺めだ。だが、味気ない気もする。

とっぷりと暮れた木曜日の午後6時過ぎ、風吹きすさぶコンコースを数分歩き、三菱ビル1階にある豆腐料理店にもぐりこむ。スペインからの友人を囲み5名で会食した後、駅近くのバーで最終電車まで飲む。

一流でなければ化けの皮はすぐにはがれる。自分が世に提供できる最善は何かを、自分自身と日々対話してきたかどうかは、ちょっと言葉をやり取りするだけで分かるもの。

仕事に生活をからめてはいけない。食うに困らぬ生活をするためには、せいぜい十万単位の金額で済むはず。仕事は生活とはまったく異なる世界にある。必要になる金額は、通常、生活とは桁違いに膨れ上がる。数十万円、数百万円、いや、数千万、ときには数億、数兆円単位になることだってある。仕事で動いた大金を自分の生活に持ち込むと、人は自分を見失い、そして、腐る。

仕事に投資するお金と、生活で浪費するお金とはまったく異なる存在だ。そして、投資には必ず収益が前もって設定されていることも。そして、だからこそ世の中が動くことも。そんなこと、当ったり前じゃないの、と、大多数の人から笑われてしまう、そんなことなのに…。

皆と別れ、品川駅でJR山手線内回りに乗車す。

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<GR Digital>

新橋駅で下車し、浅草線のホームに走る。

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<GR Digital>

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<GR Digital>

エスカレーターに追いたてられる。

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<GR Digital>

やっと高砂行き最終電車に飛び乗ると、人形町で乗り越さないよう、ドアの手すりを握り締めた。

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<GR Digital>

なんとか乗り越さないで済んだ。

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<GR Digital>

時計は午前様を告知していた。

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<GR Digital>

桜はほぼ満開だった。

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2006年3月29日 (水)

俊ちゃん来たる

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今日、俊(シュン)ちゃん来たる。

彼は、変わっていなかった。二十年前に彼が力説していた信念は、あのときのまま、まったく変わらないまま、進化し続けていた。

彼が来社するのは翌日の30日(木曜日)だと、私は誤解していた。ちょっとした行き違いで、彼が実際に来社したのは、その前日の29日(水曜日)、今日の午後2時だった。うちのスタッフは大慌てで、外出中の私に緊急の連絡を入れたのだった。

この日、私は午後1時半から別件で浅草方面にて打ち合わせ中。一時間弱で打ち合わせが終了していたことも幸いし、スタッフから電話を受けると、人形町の事務所に急いで取って返した。

30分ほどで辞すから、という彼だったが、結局、一時間ほど待たせたあげく、それから一時間以上話し込ませてしまった。しこうして、彼が事務所を辞したのは、午後4時を回っていた。

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俊ちゃんは私よりひと回り以上の年配だ。それもちゃんとしたビジネスマン。ちゃんとしたというのは、社員を何万人と抱える大手企業に30年以上勤務しているエグジェクティブなのだ。先日まで常務だったらしい。

彼との付き合いは二十年ほど前のこと。私がある翻訳会社に勤務していたときからだ。仕事の掘り起こしの社命を受け、ある電子機器メーカーへ二年ほど常駐させられた。そのメーカーの担当責任者だったのが俊ちゃんだった。私は外注業者で彼は雇い主、という関係になる。

その二年の間に、彼は、あれよあれよという間に組織の階段を駆け上がってしまった。肩書きが主任から課長、そして部長に変わった。「自慢じゃないが、あのときの短期昇進記録は今でもまだ誰にも破られちゃいないんだよ」と、彼はちょっと笑って自慢する。

私が外注業者であったにも関わらず、彼は私を社員とまったく同等の扱いをし、教育をほどこしてくれた。私はそこで仕事のイロハを叩き込まれ、翻訳会社に戻ったあとも、そのノウハウを忠実に実行した。そのおかげで、一時は出世街道を突っ走ったが、ものづくりのほうが面白くなって、やめちゃったけど…。

多くの従業員の生活を保障したり、多くの株主への配当を増やしたり、資産価値を拡大することは、社会的責任をより多く背負い込むという意味で、価値ある行動である。しかし、それ自体が成功とはいえない、と彼は言う。規模から言うと虫けらみたいなうちのような会社に、なぜ、彼みたいなエグジェクティブが訪ねきて、話し込んで帰っていくのか。それは、多分、今でも彼のことをSさんでなく、俊ちゃんと呼んでしまうところに、いろんな訳がつまっている気がする。

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ものづくりはそんなもん、な気がする。

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2006年3月21日 (火)

ブッカーズ初戦

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 草野球シーズンが到来した。十年ほど前から私は2つのチームに入っている。ひとつは軟式野球で、もうひとつはソフトボールだ。春分の日は、ソフトボールチーム「ブッカーズ」の初戦だった。
 試合は夕刻から始まった。両チームともに打撃好調で肌寒さを感じることはなかった。試合が終了する頃には、ライトが点り、ナイターとなった。試合では打てなかったしエラーもするし、個人的には最悪だったが、試合は逆転勝ち。勝ち越しのホームを踏んだことで、なんとか格好はついたが、三番サードが泣いていた。
 一週間前、もうひとつの草野球も開幕。そちらは軟式野球。12チームが優勝をかけて一年間戦うリーグ戦なので、かなりマジ。メンバーの年齢もぐぐっと若い。高校や大学で野球をバリバリやっていた経験者も多い。現役が助っ人で参加することも許されているので、緊迫した投手戦になることもしばしば。そんな草野球の初戦に臨んだ一週間前、私は絶好調だった。ヒットは打つわ、盗塁するわ、ダブルプレーを華麗に決めるわの好プレー続出で、チームの勝利に貢献したのだ。昨年度の最多勝投手を攻略した「ダイボーズ(大坊主)」チームは、大いに盛り上がったのだった。「大坊主」とは言っても和尚の集まりではない。表参道にある喫茶店『大坊珈琲店』の店主、大坊さんが代表を務める結成25年以上になる老舗チームだ。ちなみに「ブッカーズ」という名前は、ブックデザイナーたちが中心になって結成したチームだからだ。
 軟式野球での活躍から一週間で、よみがったはずの自信は、もろくも崩れ去ってしまったのだった。ソフトボールだからといって、なめたらあかん。のですよ。

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2006年3月17日 (金)

春ですね

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花瓶にさした花たちも輝く

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2006年3月16日 (木)

ごまかし

■ごまかしはきかない。なのに、ごまかしてばかり。
■三年ほど前に越してきた日本橋を散歩していると、昔ながらの店舗が多いことに驚く。さらに驚くことは“ごまかしの度合い”が天と地ほどあっても、店舗がそれなりに成り立っていることだ。
■日本橋はその昔、日本橋区だった。それが戦前、銀座を有する京橋区と合併して中央区でひとくくりにされた。それまで日本橋区内にあった兜町や人形町、小伝馬(こでんま)町、蛎殻(かきがら)町、茅場(かやば)町といった区内の一部の町では、日本橋という名称と袂を分かつことがしのびなかったのか、それ以来、日本橋という名称を頭に冠している。たとえば、人形町は日本橋人形町だ。

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●駄菓子食べ放題の『駄菓子バー』の駄菓子はいまひとつ

■都心のど真ん中に住居用マンションが一気に林立し始めている。日本橋浜町の『トルナーレ』は48階、現在建設が進んでいる日本橋人形町のマンションは40階だ。そのようなビルの低層階には、全国にチェーン展開しているスーパーマーケットが必ずテナントで入いる。朝早くから夜遅くまで開店し、シティライフを選択した共働きやキャリアパーソンたちがよく利用している。
■当然のことながら、路地裏の八百屋や魚屋は苦戦が強いられている。
■ところが、昔ながらの商店街、たとえば人形町商店街は追い詰められてはいても、かえって活気付いているから不思議だ。多分、観光客を中心に相手する仕方ない“ごまかし”とは無縁の世界で、この地に住んでいる人たちに対して“ごまかしのない接客”をずっと昔からやってきた証、と思われる。
■週末に閉店するプチ観光地の飲食店は旨い、というセオリーは日本橋人形町でも健在なようだ。
■チャッカリごまかし、こっそりボロ儲けなんて、どんな世界でも長続きはしない。ごまかし顔は下品の極み。

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2006年3月15日 (水)

袋小路

■4月からネット事業へシフトしよとしている部署の友人Wを無理やり誘って久しぶりに飲みに行った。以前、とんでもない原稿にも関わらず、しっかりと記事にしてくれた担当編集者H女史が途中から参入し、朝が白むまで飲んでしまった。

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■朝はまだ確かに必ずやってきてくれる。その保障はいつまでも続きはしない。

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■細い路地を抜ける。

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■路地の先は袋小路。井戸のポンプをギコギコときしませ水をくむ。頭から冷水をかぶり帰宅す。

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リセット

■十日ぶりのご無沙汰でした。みなさん、お元気だったでしょうか。

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■リセットする時って突然やってきませんか?

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2006年3月 6日 (月)

バックアップその後

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■湯漬けを朝から喰らう。おひつご飯を茶碗に盛り湯を注ぐと、米の香りがパアっと広がる。米を味わうなら茶漬けはご法度だ。しかし、美味にひたっていると、しっぺ返しを食らう。梅干ひとつ入れる手間を惜しむべからず、ということか。

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■パソコンのハードディスクが壊れ、データを復活できなくたって大したことない、と、たかをくくっていたのだが、予想以上にダメージは大きかった。
■電子化したデータの中に記憶を残そうとする習慣は変わらない。もう二度と戻ってこないであろう記憶を思い起こす未練を捨て、生ものと塩漬けするものを区分けし、データのバックアップをとらざるをえない仕組みをつくろうと、この一週間ほどあくせくしてしまった。

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白いスイートピー

■日曜日に視聴するTVドラマは「輪舞曲(ロンド)」だけ。主題歌は絢香(ayaka)のデビュー曲『I believe』。彼女の曲作りの才能は計り知れない。声の良さは松田聖子に匹敵するかもしれない。
■一連の名曲を歌い上げる松田聖子の美声にかすんでしまったが、群を抜いた美声を持つアイドルがいた。彼女の名は浅香唯。軽やかに波打つビブラートの響きは一級品だった。アルバム『Melody Fair』は今でも輝いている。もうちょっと売り方がうまければ、大ヒットしたかもしれぬ名曲ぞろい。
■スイートピーが花瓶に飾られるこの季節、なぜか無性に彼女の声が聞きたくなるのは、松田聖子が歌った『赤いスイートピー』のせいだろう。過密な録音続きで声をつぶしてしまった浅香唯の美声。悔やまれてならない。
■彼女の声には真っ白なスイートピーがよく似合う。もし、ボタンがひとつ掛け違っていたら、赤いスイートピーも遠くにかすんでいただろうに…。

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<EOS 5D ISO-100 50mm F/8 1/125sec>

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2006年3月 2日 (木)

飲んだくれ

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マッカラン12年を一晩で空けちゃあ、体に悪いだろ。

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2006年3月 1日 (水)

ちまきと海老蒸し餃子

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海鮮ちまき、海老蒸し餃子は絶品。蒸かして食らう。

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