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2006年8月16日 (水)

ゴールデン街とロマ料理

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      <ひと筋ずれた「やきとり横丁」で飲む>

男は路地の奥に這いつくばり、鬼気迫るうめき声をあげていた。

「キャツは完璧にラリッてるよ。ホラ、失禁してんだろ。打って飲んで夢ん中さ。気にすることねえよ」と、連れは言った。しかし、いいのか、あのままで。まあ、それが『新宿ゴールデン街』なんだろう。

現在では『思い出横丁』とか『やきとり横丁』とか、小奇麗な名前をつけられ、ちゃんとした店も増えてしまったが、根は昔のまま。ホッとしてる場面ではなかったが、妙に安心した。武術家A氏と一緒だと、どんな状況でも危険は回避できるという安心感もあった。

一番面白い小汚い店からは嫌われた。「お盆休みのため…」と、殴り書きした白い紙が木戸に貼ってあった。二番手もダメで、三番手の焼き鳥屋『大黒屋』に落ち着く。飲むはずじゃなかった。が、焼き鳥屋じゃしかたねえ。こうなったら、と腹を決め、二人で飲み始める。話もする。連れの本業はデザイナーである。金沢の蒔絵師たちと進めている企画が面白い。地域を巻き込んだ企画は額がでかい。私からもつつましい出版企画について話す。彼はいつも痛いところをついてくる。こちらもやり返す。二人ともヘロヘロになると、「次行くぞ!」とあいなる。オヤジだ。

新宿からタクシーで中野坂上に流れた。ワンメーターとは驚いた。こちらでも一番手は盆休み。駅舎に隣接する明るいビル内にある「ルーマニア料理店」で飲む。ジプシー音楽が流れていた。ルーマニアって本当はローマ人たちの国という意味らしいが、音楽や料理からはロマ(ジブシー)たちの国じゃないか、と思ってしまうほどインドやアラブからの文化が色濃い。料理は「薄くスパイスを効かせたジューシーなインド料理」という感じだった。とびきり美味くはないが、いろいろと企業努力をしており、流行るかもしれない。

上の文章は、若だんなと荻島さんからの指摘を受けて訂正したものです。
『新宿ゴールデン街』は明らかに間違い。『しょんべん横丁』だ。間違いを指摘してくれた若だんなとも二度、三度と花園神社やゴールデン街の近くをウロチョロしたこと、覚えてますよ。
「ロマ料理」ってのもねえ、ロマの人口はルーマニアでは2パーセントほどだというし、ルーマニアってローマ人の末裔だと信じる人たちが住んでいる国であるし、「ルーマニア料理」とすべきなんでしょう、きっと。とはいえ、土着の料理も音楽も、西欧からはるか遠くに位置するインドやアラブを思わせるものもあり、複雑です。

というわけで、この記事のタイトルである「ゴールデン街とロマ料理」という表記は間違ってる。「しょんべん横丁とルーマニア料理」が字義的には正しい。

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コメント

新宿ゴールデン街と思いで横町は、別の場所です。思い出横町は昔(私は今でもそう呼んでますが)「しょんべん横町」と呼ばれていました。闇市時代の名残の一区画(西口大ガード横)。ゴールデン街は、花園神社裏、昔の都電の引き込み線横の一区画。間口1間程度の元キャッチバー、現在は普通のバーのあるところです。
東京以外の方にはわかりにくいので訂正させていただきます(新宿区民として)。

投稿: 若だんな | 2006年8月16日 (水) 11時23分

懐かしいですね。よくここで晩飯食べたなあ。
Romania(ルーマニア語でロマーニア)のロマは、イタリアのローマのことだと聞いてます。もとはローマから来たラテン系民族で、スラブ系が多い東欧の中で民族島を形成してます。でも、この店一度行ってみたいなあ。銀座のダリエはつぶれたみたいだし。

投稿: 荻島 | 2006年8月16日 (水) 11時55分

若だんな、そっか、ゴールデン街って花園神社のところのあの一角ね。あそこは「しょんべん横丁」。それ、それです。

荻島さん、イタリアのローマが正しいですね。店内でロマ風の音楽を好んで使っていたので、ロマの国なんて書いちゃいました…。ごめん。

どちらも訂正しとかなきゃ。

投稿: kawa | 2006年8月16日 (水) 13時19分

ゴールデン街は連れて行ってもらったことがありますが,思い出横町はないなぁ。

投稿: ひらの | 2006年8月17日 (木) 01時18分

「ルーマニアは、紀元前1000年頃、ダキア(現在のルーマニア)地方にはトラキア系(印欧語族・・現在のブルガリア人の祖に近い)ダキア人が住んでいて、その後、紀元前4世紀頃には、ケルト人が進出したが、紀元前70年には、古代ダキア人が国を統一し、古代ローマ帝国に抵抗を続けた。しかし、西暦106年、皇帝トラヤヌスが、ダキアを征服し、多くのローマ市民がダキア地方に移住し、ダキアのローマ化が進んだ。
西暦271年、東ゲルマン民族の東ゴート族とサルマティア族のダキアへの侵攻が激しくなり、それに耐えかねた古代ローマ帝国の軍団がダキアから撤退後、ダキアの地には東ゲルマン民族の西ゴート族、フン族(モンゴル系)、ブルガル族(現在のブルガリアに進入した子孫:黒海の北方面に居て、フン族とウイグル人と混合)、アヴァール族(フン族系:東アジアから移動)、マジャール人(ハンガリー人の子孫:フン族系、カスピ海の北方に居た)など様々な民族が侵入した国です。
現在のルーマニアは様々な民族の通路となり、混合した国だが、多くのルーマニアの人々は、自分たちが古代ローマ人の末裔だと信じている。」・・・これが事実です。ヨーロッパの国は複雑で、バスク地方等を除き、純粋な一民族国家・地域は、ほとんど無いと言えます。

投稿: mohariza      | 2006年8月17日 (木) 02時31分

ひらのちゃん
東北ひとり旅しちゃう人だし、「しょんべん横丁」ひとり旅もいけるかも。おじさん同伴のときは喜んで付き合うけど…。

moharizaさん
詳しい解説をありがとうございます。ルーマニアは様々な民族の通路となり、混合した国。西欧は複雑ですね。ルーマニア人はスペインの人たちと、特に女性たちは似ている気がします。
日本でも同じように混じり合いがあったことを、私は身近に感じています。私は五島列島という黒潮がぶつかり流れくる島の出身なんですが、親戚の女性たちを見ていると、すぐそばの朝鮮ぽかったり、ツルンとした中国系であったり、がっしりした蒙古系であったり、眉毛がつながりそうな毛深い熊襲系であったり、色黒の南方系であったり、まつ毛が異様に長いキューピーさんのようにバタ臭かったり、様々ですからね。血の交じり合いは日本のそこかしこで起こっていたはず。ガウディが日本人になぜか人気があるのも、そのあたりに由来するんじゃないかと思っています。

投稿: kawa | 2006年8月17日 (木) 06時27分

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