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2006年10月31日 (火)

夕暮れの神楽坂

坂の上で私は立ちすくんでしまった。

これまで、神楽坂には何度も来たことはあった。それはいつも、夜ばかり。今日のように、夕暮れ時に坂の途中に立つことはなかった。歩道を上り下りする人たち。狭い坂道を登ってくる車列。どこかで見た風景の匂いがする。懐かしい。どこだったかな。白山(はくさん)にも似ている。こうして小高い丘の上に立ち、周りを眺めることが、何かを刺激しているのかもしれない。そう、ここは神楽坂。打ち合わせに来たのだ。

この先を左に曲がれば神社がある。境内に入らず手前の細い斜路を下り、突き当たりを左に登ってくると、今立ってる坂の上に出る。きっとそうだ。見たこともない神社を想像しながら、坂を下り始めた。

移転したばかりの新社屋までは、歩いてすぐだった。これからの出版企画について話し、一時間ほどで辞す。

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果たして私は路地を抜け、「赤城神社」の前に立つ。暗くなりかけた斜路を下り、坂を登り、ぐるっと一周し、A1出入口から地下鉄への階段を下った。

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コメント

それは既知感(ピっタシの言葉、フランス語だったか、良い言葉が思い出せませんが・・・)だと思います。
私は、地方に行くと、時間が許せば、その街を自分で歩きます。地方の街の雰囲気・匂いは、歩かないと分からないと思います。

昔、香港に行った時は、グループで行きましたが、おざなりな観光グールプとは別れ、もう一人の人間と、市内電車を乗り継ぎ、いかがわしさが溢れるキャット・ストリート等を歩きました。

私は、都市の猥雑さが好きです。
都市計画に基づく街は、好きではありません。
(新宿は、断然、西より東です。歌舞伎町は、あまり行きませんが、花園神社付近・末広亭付近等、庶民の匂いが今だあります。)
また、アパートのベランダに、干している洗濯物・電柱・看板等が都市の美観を損なうとの意見がありすが、私はそこに人間の営みが見えて、かえって、好きです。
香港の通りに水平に突き出している洗濯物及び広告物の風景は、最高です。庶民のバイタリティを感じます。

地方等に行き、自分で歩き、思わぬ方向に行き、道に迷い不安にとらわれ、その後、やっと自分の位置を確認した時、さっきの迷った道が、どこか異界でもあるが、懐かしい気がしたことがある。
そういう異界の世界が、まだ神楽坂にはあるのではないでしょうか・・・。

投稿: mohariza | 2006年11月 4日 (土) 03時24分

moharizaさま
異界への憧憬から来る既知感ということでしょうか。

土地が人に及ぼす影響は魅力的です。土地に身を任せてしまう傾向があり、4年か6年をめどに、引っ越してしまいます。何かを感じたら躊躇なく引っ越します。
最近は自宅と会社を同居させているので、引っ越すと登記し直さねばならず、非常に面倒です。ちょっと脱線してしまいますが、登記場所を頻繁に変更すると、何か経営上問題があるんじゃないかと思われます。税務署が査察に入ることもありますが、うちは税理士がお堅いのでいつも全く問題なしで終わります。
引っ越しというと、かかる費用も労力もバカになりません。引っ越し貧乏と呼んでください。でも、異界の魅力にひかれて、近いうちにまた引っ越すでしょう。

投稿: kawa | 2006年11月 4日 (土) 15時55分

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