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2006年10月29日 (日)

ピントに合わせる

きっかけはヤツのひと言だった。

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近眼と乱視だけじゃなく老眼に追い討ちをかけられた人間にとって、オートフォーカスは「救いの神」だ。ピンボケを気にしないで、写真の構図や被写体に集中できる。だから、バランスのよい写真が撮れたりする。オートフォーカスという技術はすごい。デジタルカメラだとその場で確認でき、取り直せることも大きいからね。

「なまじ撮れてしまうから、いかんのよ」

と、ヤツは言った。このブログにアップしてきた写真は、以前ウェブにアップしてた写真と比較すると、面白味がない。写真で説明しようとしてない? 撮りたくて撮った写真のほうをアップしてくれよ、以前みたいに。

私も分かっちゃいるが、アンタにゃ言われたくない。午前2時、ヤツは『柿の種』(寺田寅彦)を置いて帰っていった。なんだよ。

翌日、遊びを思いついた。

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<EOS-5D 50mm単焦点マクロレンズ>

まず、デジタルカメラをマニュアルフォーカスに設定する。焦点までの距離をたとえば35センチに固定し、ファインダーを覗き込む。そうすると当たり前だが、レンズから35センチの距離にあるものにしかピントが合わない。

ピントを合わせるには、体を動かす必要がある。体を前後左右に小刻みに少しずつ動かしたり、体をひねったり。ピントに合わせて被写体を探す。

撮りたいと感じるまで、シャッターは押さない。それがルール。被写体にピントが合ってなくてもかまわない。それがいいと感じたらOK。百枚ほど撮る。楽しかった。別の画角や焦点距離だと、どうなるんだろう。

<追記>
実際にやってみないと分かりづらいが、焦点距離が固定されると、撮りたいと思った被写体を探し、思い通りの構図に収めるのは、非常に難しい。イライラしてくる。

眼鏡をなくした極度の近眼者に似ているが、ちょっと違う。結論を言ってしまうと、必要なものにピントを合わせなくても構わないからだ。その理由は……。

「ピントに合わせて被写体を探す」という方法をやり始めたときは、撮りたい被写体にピントを合わせようとする。正確に言うと、ファインダーを覗き込む前に、撮りたい被写体はあらかじめ決めており、その被写体にピントを合わせようとする。別の言い方をすると、ピントの合ったものを被写体の主体にしようとする。

その動作を繰り返していると、どうなるか。ピントに合わせる動作そのものが、どうでもよくなってくることに気が付くはずだ。いい加減という意味ではない。ピントに合ってるから良い場合もあり、ピントに合ってないから良い場合もあることに気が付く、ということ。ピントをピタッと合わせる被写体と、合わせない被写体を意識的に区別するようになる、という意味だ。通常のカメラワークでは、撮りたい被写体にピントを合わせ、そしてシャッターを押す。それでいいのか、と感じることはないか。

ファインダーを覗き込み、焦点をマニュアルで合わせながら、プロの写真家は、構図だけでなく主体となる被写体さえ、その場で変えてしまうことがある、という。そのわけを考えてみると、ファインダーの中に自分が入り込み、こちらの世界からちょっとだけ足を浮かせ、ファインダーから見える向こうの世界と、ひそかに交信しているのではないかと。

ピントに合わせて撮るという動作はお遊びだが、向こうの世界と交信するひとつの実験ツール、とも考えている。

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