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2006年11月30日 (木)

ナックな水曜日

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  <仕事のあいまに散歩する(日本橋人形町二丁目)>

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昨日の水曜日、11月29日は「いい肉」の日だそうで、夜は豚肉たっぷりの牡蠣鍋(かきなべ)にしました。味噌味で唐辛子を効かせた牡蠣鍋を食べると、汗びっしょり。明日の夜からは寒気が関東をすっぽりとおおい、いよいよ本格的な冬がやってくるみたい。

水曜日は朝からステレオを大音響で鳴らしながら、作業を始めました。来年のカレンダーを送る時期は、もう遅いくらいですからね。ザ・ナックとZZトップ、The Policeを繰り返し繰り返し。「執筆せにゃいかんのに」というあせりを頭から払拭するためにも、テンポのいい楽曲がむいてます。

まず、冊子小包用の固い封筒に宛名などのラベルをペタペタと貼る。次に、メッセージを記した書面を添えたカレンダーを封筒に入れ、封をする。最後に、「冊子小包」の赤い印と、料金別納郵便の黒い印を、ペッタンペッタンと押して完成です。この作業を250回ほど繰り返していたら、もう夕刻近くになっておりました。

すぐ近くに郵便局があるので、カレンダーを入れたかばんを両手にさげ肩にかけ、二人で二度往復し、発送を済ませました。郵便局からの帰りに、ちょっとだけ人形町界隈をお散歩。

住所録を最新にしたり、送付先を選んだり、タック印刷したり、封筒を選んだり、封筒にラベルを貼ったり、カレンダー詰めたりする作業は、誰かにあずけてもいいんですが、自分たちでやらないと、気がすまないんですよ。締め切り迫る原稿の執筆は、この作業で何日か中断してしまいました、けっして無駄な時間じゃありません。というか、作業をしながら出会った人たちの顔を思い起こすのって、とても楽しいし、肉体労働って達成感あるんですよね。

作業が終わった今でも、ザ・ナックの「マイ・シャローナ」が耳の奥から離れなくて困ってます。

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2006年11月29日 (水)

職人の力

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これは珈琲豆だとすぐに分かると思いますが、真ん中で左右に二つに分けてるでしょ。どちらも「フレンチ・ロースト」という深目に煎ってあるので、こげ茶色は同じですが、違う豆なんです。大きさやふくらみの度合いをよく見てください。違いが分かるでしょうか。

左は少し小振りでギュギュッと締まった感じがしませんか。この豆は「マタリ・アールマッカ」と言います。これに対し、右側の豆はどうでしょう。大きくてふっくらしてませんか。この豆は「セレベス」。あまり聞いたことはないでしょう。私も知りませんでした。正式な名称はもっとすごくて、「セレベス・カロシママサ」と言います。ちょっと舌をかみそう…。

どちらも品質の良い状態で輸入されているらしく、旨いですよお。

「マタリ・アールマッカ」の「アールマッカ」という言葉は、その昔、珈琲を積み出した「マッカ港」のことです。マッカは、モカとも発音されますから、「マタリ・アールマッカ」は「モカ・マタリ」と同じなのかな。正確なことは断言できませんが、「マタリ・アールマッカ」は、モカと同じイエメン産ですから、当然のごとく、モカ独特の酸味があります。「さくらんぼのような薫り高い酸味」と昔から絶賛され珍重されてきましたからね。

酸っぱさを抑えると甘味が一気に広がります。製法の関係で豆の品質や大きさにばらつきがあり、美味しい珈琲を安定して抽出するのは難しいのですが、だからこそ、うまく落とせたときの「アールマッカ」は格別なのですよ。

「セレベス」は、フィリピンにある大きな島の名前ですね。スマトラ島の隣りにあります。ということは、珈琲の有名な銘柄「スマトラ・マンデリン」と、味も香りも近いはず。確かに、その名残りはあるのですが、このセレベスには、それ以上に透明感があるんです。喉ごしもよく、後味もスッキリ。目覚まし珈琲にはうってつけです。

珈琲が持っている微妙な旨さの違いを、あなたが本当に感じられるかどうかは、質の高い珈琲との出会い以外にないでしょう。珈琲を味わう人の嗜好に合わせ、珈琲豆の最適な状態を引き出すのは、焙煎職人の役目です。優秀な焙煎職人と出会えるチャンスは、実はほとんどありません。この人だ、と感じたら、決して離してはいけません。

一人の珈琲を焙煎する職人との出会いが、人生そのものを変えちゃうことだってあるのですから。

……今日は「ですます調会話体」で語ってみました。

(追記)
その職人は『カフェ・ドゥ・ガウディ』のマスターです。知り合ったのは東京の喫茶店でしたが、現在は京都で焙煎だけに専念しています。毎日、自分の目が届く範囲の分量を、一人で焙煎しています。たまに失敗したりもするようですが、その仕事振りは一見の価値ありです。二十年ほど前に彼と出会い、アントニオ・ガウディを知り、それから三年後、ガウディのパトロンであったグエル伯爵の名前を会社名にした編集プロダクションを起業し、コンピュータや先端技術の解説書を書きながら、五年前からガウディ・カレンダーを制作し、来年はスペインに活動の中心を移そうとするなんて、思いも寄らないことでした。すべての発端は珈琲だったのかもしれません。そして、その珈琲は一人の職人の力がなければ産まれないものなのです。

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2006年11月27日 (月)

消耗品

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仕事を始めるときのささやかな儀式。
天井灯を消し、机上電球のスイッチを入れる。
手元だけ明るくすると集中度が増す気がする。

健康状態不良につき、早寝早起き開始した本日早朝、
いつもの儀式でスイッチを入れると、電球が切れた。

引き出しから新しい電球を取り出し、ネジリ入れ、灯す。
もう二度と光を放つことのできない電球が目の前に……。
一枚撮って、ごみ箱へ投げ入れた。

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2006年11月26日 (日)

草野球讃歌

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初回、調子づきかけた相手投手は、三番K氏がこの素晴らしいスイングで左中間にかっとばした大ホームランによって、一気に弱気に転じたのだった。主戦投手不在だった我が『大坊主(ダイボーズ)』は、勢いづいた。追加点、駄目押しと効果的に加点し、相手の戦意を砕いていく。守備も落ち着いていた。初回裏の守りから監督兼投手の老練な投球が冴え、最終回を迎えるまで、最小の1点に抑えきったのだった。
大坊主と言っても、宗教関係のチームではない。南青山にある『大坊珈琲店』に集まった常連たちが、三十年前に結成した草野球チームである。メンバーの顔ぶれはずいぶんと変わったことだろうが、昨日の試合にも結成以来のメンバーが7番セカンドで出場していた。チームが長く続いてきたことには、きっと理由があるはずだ。

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午後4時を過ぎる頃には照明灯がともり、勝利を確信するメンバーたち。試合は9対3と完勝だった。

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この試合が今年のリーグ最終戦となった。球場は「青山球場」。チーム結成以来、三十年お世話になっているらしい。地下鉄銀座線「外苑前」から徒歩2分と、交通の便が抜群のところにある。今年もこの球場には大変お世話になりました。

この草野球リーグには、12チームが加入している。全チームと1試合ずつ対戦する11試合の結果によって、順位を競う。ホームラン王、首位打者、打点王、盗塁王、最多勝投手賞などの表彰も行われる。そのため、試合が終わった時点で、相手チームとスコアブックをつき合わせ、記載に間違いがないかをチェックする。草野球だから、エラーかヒットかの判断が微妙に食い違うことがあるからだ。また、リーグ戦とは別に、トーナメント方式のカップ戦が組まれることもある。

今年、上位3チームは負けなし、と絶好調。引き分けの数が少なかったチームが優勝を勝ち取る、という接戦だった。我が『大坊主』は6勝5敗。からくも勝ち越したが、リーグ12チーム中、第5位という不本意な成績に終わった。一昨年は3位と健闘したが、来年はどうなることやら。

リーグ戦は終了したが、来週、練習試合を行い、毎年恒例の納会が年末に予定されている。チームのオーナーである大坊さんが、今年はどんな話をしてくれるのか、また楽しみである。

親子ほど歳の離れたチームメイトが、同じフィールドに立ち、球を追いかける。プロ野球選手を目指した者もいれば、まったく野球とは縁のなかった者もいる。国の役人もいればフリーターもいる。ツアーコンダクターや株取引のディーラー、弁護士、地下鉄の運転手、私のようなクリエーター系、学生もいれば、生粋の営業マンもいる。そして、喫茶店のマスターも。どんな職業についていようと、歳が離れていようと、野球がうまかろうと下手くそであろうと、フィールドに立てば、みなチームの一員に変わりはない。京都に単身赴任中のメンバーは、新幹線で試合にかけつけ、成田に到着したばかりのツアーコンダクターは、時差ぼけのまま車を飛ばし、野球場まで駆けつけてくることだってある。いったい何が、彼らを野球にかりたてるのだろう。

今年も、奇跡のような貴重な時間を過ごさせてもらい、感謝している。

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2006年11月25日 (土)

夕闇の月

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<EOS 5D, 17mm, 2006/11/24 16:57>

見えるかな、三日月が?
写真をクリックして、大きな画像で見てみないと、
おそらく判別できないでしょうね。

……それでも分からない、か。しかたない。
上の写真の三日月周辺をトリミングした原寸大の写真を
下にアップしておきましょう。
シャッター速度が遅いので、実際は細い三日月なのに、
太く、しかも、少しぶれて写ってる……。

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湧き出る水

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この消火用ポンプを夜中にキコキコ押すことがある。くみ出された濁り水は灰色のコンクリートにザザザッ、ザザザッと吐き出される。地面があえいでいるようだ。濁り水はしばらくすると、キラキラ輝く漆黒の透明な流れに変わる。ポンプを押すのをそこで止め、安堵し、部屋に戻る。

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2006年11月24日 (金)

目の前にある宇宙

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   <見慣れた花に驚きを発見する感性を失ってないか>

「博士は、宇宙人と何回も会ったことがある、とお聞ききしていますが、宇宙人と遭遇する秘訣って何かあるんでしょうか?」

「そうだねえ。そう簡単には会えない。きみは見たことはないのかね?」
「ございません」

「そうか。じゃ、きみはなぜそのような生命体に遭遇できないと思ってるのかね?」
「それが分からないので、こうしてお聞きしております」

「そうか、そうだったね」

 ニヤリと笑うと、博士は話をこう続けたのだった。

「きみが宇宙人に遭遇できないないのは、まずタイミングが悪いからなんだよ。星の寿命ってのはだいたい百億年弱と相場が決まっとる。太陽のような恒星や地球のような惑星が、爆発するかあるいは自重で押しつぶされてしまうか、それまでの期間だ。その間に知的生命体が星に現れるのは、星が誕生して40億年あたり。地球でも同じことが起こっておる。生命体が存在する時期に、すぐそばの惑星や銀河でも同じ周期に入っていたならば、複数の生命体が同時期に存在することになる。そういうタイミングがあれば、宇宙人に遭遇するチャンスができるというわけじゃよ」

「少し話が広がるがいいかね。宇宙は120億年ほど前のビッグバンから始まったといわれておる。光の速度で拡大しているため、120億光年という距離的な広がりを持ち、今も拡張というか爆発を続けとる。速すぎてイメージしずらいと思うが、たとえば、コップの中に石鹸水を入れ、その中にストローを突っ込んで息を吹きこむと、ブクブクと泡ができるじゃろ。宇宙はそんなふうに増殖しているんじゃ。その泡の表面をよーく目を凝らして見てみると、無数のチリが浮かんでいるのが見える。そのひとつのチリが銀河じゃ」

「宇宙には1,250億個の銀河が存在し、ひとつの銀河には100万から10兆個の恒星や惑星などが存在する。我々の属する銀河、つまり銀河系には、2,000億から3,000億個の恒星が存在している。その恒星のひとつ、太陽は、銀河系の中心から2万8千光年に位置し、私たちの住む地球を含めて8個の惑星を有している。地球は46億年前に形成され、35億年前に地球で最初の生命が現れ、1億年前に全盛を誇った恐竜が突然絶滅した。人類が最初に現れるのは490万年前。ほぼ100万年に渡って人類は氷河期を経験し、マンモスとともに2万年前まで生きてきた。マンモスが姿を消してから1万年後、今から1万年前に人類は定住生活を始めたといわれておる。5,000年ほど前にエジプト文明が栄え、2,000年前にキリストが生まれ、60年前に世界大戦が終わり、来年、松坂がボストン・レッドソックスに入団し、大リーグのマウンドに立とうとしておる」

「太陽系ではどうも人間以外の高度な生命体は存在していなさそうだ。天文学的タイミングからすると、誰も宇宙人と遭遇できるチャンスはないかもしれぬ。とはいえ、現代の人間が有している科学とタイムスパンでは推し量れない、とんでもない時空間からワープしてくる存在があってもおかしくはない。目の前にいるのに気がつかないだけなのかもしれんのだよ。いつも見慣れた風景、たとえば花の中に宇宙人が隠れている可能性がまったくないとは言えん。わしが宇宙の生命体と何度も遭遇したことがあるというのは、そういうことなんじゃ。実はそれだけじゃないかもしれん。さて、きみはどう思うかね…」

 博士は、ちょっと間を置くと、深くため息をつき、こう言った。

「いったい誰がストローに息を吹き込み続けているんだろうねえ? ま、お茶でも飲んで帰りなさい」

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2006年11月23日 (木)

小春日和は外回り

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           <日本橋浜町>GR-Digital

二日続いた小春日和も今日で終わり。夕刻から急に冷え込んだ。四日連休が始まる明日からは、天気が崩れるらしい。

今日は外回り。徹夜のまま午後いちで日経BP社を訪問す。仕立てのいい服を着たビジネスパーソンたちが、白金のタワービルに吸い込まれ、吐き出されてくるさまを見ながら、一階の広い玄関で編集長を待つ。玄関先に立っていると、何人かの目ざとい編集者は「あら、久しぶりですねえ!」と声をかけ、立ちどまり、話をしていく。

忙しく外出していく知った顔と目で挨拶をかわしながら、大多数の見知らぬ人たちの視線をやりすごす。白金のビルには、BP社以外に外資系の保険会社なども入居している。目の前を通り過ぎる背広族やハイヒール族たちは、多分これっきり一生会うことはないだろう。人と人のつながりには、どうしようもなく濃淡が存在する。複雑なつながりの濃淡を感じながら、話をしていたら、少し人当たりしたのか、めまいがした。

まもなく、編集長がやってきた。

近くのフランス風家庭料理屋にて、T氏と三人でランチを囲む。これまでの仕事の反省会と、連載記事の内容を決定したり、来年にやるべき仕事を確認したりする。話を終えると、タワービルに一緒に戻り、4階の受付で入館証なるものをもらう。

入館証を胸ポケットにさし、編集長と11階へ。この階にはコンピュータ系雑誌の編集部が集中している。各部署は壁で区切られておらず、ワンフロアぶち抜き。そのため、全体を見渡すことができる。複数の編集部を訪問するときは、カンタンでよい。

それから8階へ降りる。その階にはオンラインやビジネス系の編集部がある。まず飲み仲間であるW氏のもとへ。真剣な表情で仕事をしてるさまが頼もしく少し笑う。お目当てのI女史が、フロアの向こうで手を振っているのが見えたので、さっそく彼女のもとへ。これから大切な取材で外出するらしく、フェミニンな正装に化粧直しを終え、準備万端だった。ファンデーション、ちょっと濃くなったかな…。

彼女の机の上を見て驚いた。それはチラッと見えた一通の葉書。ある大物タレントから届いたもので、そこには丁寧な感謝の言葉がしたためられていた。私は二年間ばかり彼女に編集を担当してもらったが、あのような言葉をかけたことはない。彼女の仕事振りは以前も今も変わらないはず。あのような言葉をさりげなく葉書に書いてよこせるのが、大物であることの真骨頂なのだろう。及ばないことを非常に反省した。

編集長が同行してくれたおかげで、いろんな部署に散らばっている二十人ほどの編集者たちと話ができた。なんと、効率がいいことか。とはいえ、情報セキュリティが強化されているため、各フロアの出入口は、IDカードがないと出入りできなくなっている。

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2006年11月22日 (水)

飛行機雲

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火曜日は突然の小春日和。ポカポカ陽気に誘われて、フラフラと外出。洋食屋『芳味亭』にてランチをいただき、そのまましばし下町を散歩する。

空を見上げると、真っ白な飛行機雲が見えた。東京湾方面へ、まっすぐに、ぐいぐい伸びていく。

飛行機雲ができるのは、上空の水蒸気濃度が高いから、という。だから、飛行機雲を見た翌日は、天気が崩れる。果たして、夕刻から雲が厚さを増し、夜にはポツポツと小雨交じりとなったようだ。

朝が明けると、水曜日の東京はカラリ快晴。早朝の水気を含んだ空気心地よく、二日連続の小春日和予報に、少々色めき立つ連休前となった。今日は飛行機雲が見えるだろうか。

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2006年11月21日 (火)

ひきこもり注意報

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<東京証券取引所前まで散歩する>

株式会社のくせに、自宅の部屋を間借りさせてもらっている。情けない話だが、今のところは辛抱せにゃならん。仕事にかまけていると、二三日外出しないまま、うっかり引きこもってしまうことがある。この週末がそうだった。いかん。自宅と仕事場を兼用している人は要注意だ。さあ、ウェブなんぞ見てないで、散歩にしよっ。

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2006年11月20日 (月)

屋形船

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朱に塗られた屋形船は柳橋から出た。
隅田川と合流する神田川の最下流に柳橋はある。

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ゆらり揺られて心も揺らぐ。

あれからの一週間で急に肌寒くなり、季節は晩秋から初冬へと移り終えた。月曜日は早朝から冷たい雨が降り注いでいる。木曜日から世の中はほとんど四連休。屋形船はまた大忙し。

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2006年11月19日 (日)

タナトスからエロスへ

3rad_08a1  タナトス的生活から脱却しようとしても、なかなか抜けられない。ここ数年で足抜けできるチャンスは何度かあったが、まだ果たせないでいる。とはいえ、エロス的生活へ突入するきっかけを、私は常に探している。忘れそうになったとき、次の話を思い出すことにしている。実話とはちょっと違う。念のため、エロス的生活とは、いわゆるエロではない。

 上野の立体駐車場に駆け込んだとき、男は駐車券を紛失していることに気がついた。外はモノスゴイ雨。ちょっとした買い物をすませ、駐車場にたどり着いたとき、二人はもうずぶ濡れになっていた。

「お客さん、いいですよ。さっき来た人でしょ。覚えてますよ。車のナンバー言ってもらえばいいっすよ」
 と、人のよさそうな若い係員はそう言った。
「そう、助かるよ。「品川ぬ」の…」
 と言ったところで、男は詰まってしまった。
「えっと車のナンバーだよね。何だったっけな…」
 答えられないでいる男に、親子ほど歳の違う女は、なかば呆れ顔でこうつぶやいた。
「カワさん、車のナンバー覚えてないの?」
「自分の携帯電話の番号、すぐに思い出せないのと同じようなもんかな。しかし、困ったね」

「モスグリーンのBMWなんだけど…」
 と、男が続けて言うのをさえぎるように、女はこう言った。
「さっきのグリーンの車覚えてるみたいだから、出してくれるう。お願い」
 女は取り出したハンカチで、真っ白なTシャツに染み込んだ雨をふき取ると、かわいらしく両手を合わせて、係員を拝みたおしにかかった。
「仕方ないですねえ。いいですよ。緑色のBMWは珍しいし、お客さんたちのこと覚えますから」

 なんとか事なきを得たものの、男は何か引っかかるものを感じた。

3rad_04a1  男はほんの数年前の自分を思い出していた。彼の記憶力は抜群だった。人の名前は姓名を両方とも自然と覚えていた。小学校の同窓生、会社のスタッフ、クライアントの電話番号にいたるまで、そらで暗記していた。
 しかし、ここ数年、記憶する訓練をやっていない。漢字だってそうだ。勝手にかな漢字変換ソフトがやってくれるから、読めはするが書けない漢字がどんどん増えていく。完璧主義が逆流すると肝心なことさえ記憶から抜け落ちるのかもしれない。

「それは時代の流れですよ。気にすることはありません」
 パソコン教室で男は講師を勤めていたことがある。年配の受講生を半ば見下しながらそう言い放っていた自分が、時代の先を行っているようで誇らしくさえあったのだ。愚かな話だ。

 なんとか車は出してもらえたが、真昼間から女を送る車の中で、いったい何をやってんだ、とふさぎこんでしまった。女の一言が何かを変えた。愛車のナンバープレートの番号さえ覚えていないなんて…。電話番号も住所もアポイントの時刻さえ管理ソフトにまかせっきりだ。車の経路だって、カーナビが教えてくれる。インターネット、携帯電話、ワープロソフト…、みんな自動でやってくれる。すぐに思い出せなくてもよいことは、記憶するために無駄な労力を使わないでいい。そう思っていた。しかし、……。

「何か俺は勘違いしてたかもしれない」
 と、男はつぶやいた。

 これまで、自分にとってどうしても必要だと思っていたネジが一本抜けるのを感じた。タナトス的生活など考える必要もない若い女の体も、感覚的な言葉もエロスそのものだった。繊細な彫刻刀で彫り上げてきた作品を、土木用シャベルで削り取られる思いだった。気持ちをえぐりとられながらも、男は最近なぜ自分に嫌気がさしていたのかという疑問が解けたような気がしていた。自分がもっとも得意としていることを捨てたかったことに気がついたのだ。

「あれを捨てることはできない。仕事ができなくなる。食ってけなくなる。捨てるなんてできない」

 しかし、女の一言が男を変えた。

3rad_06a1 男はネジを抜く決心をした。彼は数年前から自分の身の回りにある物、者、モノ…、すべてを「これっきりの付き合いをするのだ」と決め、選び抜き、そのためだけに時間と精神を注力してきた。そのタナトス的な生活を根底から覆してやろうと思い立ったのである。あれもいいがこれもいい、というエロス的生活に自分を引き戻さねばならない…。

 踏ん張っていると、ジリジリとネジが抜け出してくるのを感じた。頭の中に巣くっていた虫の糞(ふん)が一気に発酵して燃え上がってくるようだった。

「虫ごと燃やしてしまえ!」
 と、彼は心の中で叫び声を上げた。

 一日中熱っぽく大汗をかき、頭がしびれる日々が続いた。目は血走り独りごとをつい口走ってしまう。眠ってもすぐに目が覚める。食事は旨いし病気と思われるような痛みなどはなかったが、何度も吐き気に襲われた。最初は病院へ行けと進めていた家人も、その様子に尋常でないものを感じ、何も言わなくなってしまった。
 男はいつも少し肩を後ろに引いて背筋を伸ばし腹筋を使って腹を少ししめ、十代の頃に修得したヨガの呼吸法を励行した。体からは贅肉がそぎ落ちたが健康を害しているようには見えなかった。

 久しぶりに私はその男と会った。いつものように表参道の大坊珈琲店で待ち合わせである。アルマーニしか着ないといっていたキザ野郎が、ラフな服装で現れたときには驚いてしまった。ピッタリとしたTシャツに細見のコットンパンツ。鍛え上げられ引き締まった体は、二十年前の彼を思い出させた。彼は分かれぎわに、こう言った。

「4から3へ戻ったんだよ。秘数3にね」

 3という数字にはいつも転がらずにはいられない魔力が潜んでいる。忘れそうになったとき、私は中沢新一の『バルセロナ、秘数3』を本棚から取り出す。

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2006年11月18日 (土)

処方箋

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薬ビンに書かれている処方せんの文字って、小さすぎると思いませんか。数字だけでも大きくしていただくと、ありがたいのですが。風邪ぎみで鼻づまりが続き、少ししんどい。

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2006年11月17日 (金)

くれくれ坊主

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「たたけよ、されば開かれん」とは、よく言ったものだ。自分がその気になれば、その方向に向かって人生の歯車は確実に回りだすからだ。自分ができないことを人のせいにしていては、いつまでたっても何も起こらない。そうして、新しいことを始めるとき、まずやるべきことは何だろう、と考えた。

たたく前に自分が相手に与えられることを考えることと、開かれたことへの感謝の気持ちではないだろうか。そうでないと、ただ要求するばかりの「くれくれ坊主」になってしまいかねない。

昨日の午後、新橋にある「第一ホテル東京」に関係者四名は集まった。三時間ほど激論した末に出した結論はこうだ。

「くれくれ坊主にゃようやらん」

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2006年11月16日 (木)

機が熟すを待つ

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アウトプットがないまま朝を迎えるのはつらい。できぬものはできぬ。待つしかない。機が熟せばスルリと書けるのだから。

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2006年11月15日 (水)

残像

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眩し過ぎる夕陽を見ると、目を閉じても残像は消えない。
強烈な個性にぶち当たると、死ぬまで引きずるに違いない。

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2006年11月14日 (火)

舞台『ガウディ』その後

Tp_gaudi_2 藤原稔三 作・演出の『ガウディ』は、日曜日が最終日。最終公演を観劇す。嬉しかったことは、予備知識を持たないで一緒に行った友人が感動してくれたこと。

舞台は、昨年とは比較にならぬほど洗練されていた。ガウディを通して、建築や芸術のありかた、世代を越えて持続する人間のいとなみを、あらためて考えさせられたからだ。テーマはガウディという建築家の話から、より普遍化されたものに昇華されていた。素晴らしい舞台だった!

「神の建築家」といわれるガウディを称賛する舞台ではなかった。藤原稔三氏は人間ガウディをとことん追い詰め、役者たちを追い詰めた。舞台では、ガウディが自分を追い詰めていく姿が展開されていた。その緊張感は舞台を見なければ、決して感じることはできないだろう。

いくつかの典型的で有名なエピソードを使い、ガウディが自身を追い詰め、追い詰められる過程を、作り出すいとなみの喜びと苦悩という相反する側面から、時間と空間を超えた要素をからめながら綴っていた。その域にたどり着くまで、作者と役者、演出者と役者、そしてスタッフたちは、何度も壁にぶち当ってきた。そんな壁を乗り越えてきた迫力を、この舞台で強く感じた。

子供の頃にリューマチを患い仲間外れにされた悲しい記憶、大好きだった銅板職人の父親が二次元の世界を手品師のように三次元の世界へ変えるさまを誇らしげに思った楽しい記憶、建築家としてそれなりの名声を博したことへの自負、右腕と称されたフランセスク・ベレンゲールを若くして死に追いやってしまったことへの後悔、大切な家族を若くして次々に亡くし神を信ずることができなかった無神論者が教会を設計することに対する負い目、などなど、唯一自分のより所とする建築に真摯な姿勢で取り組もうとするガウディには、容赦なく襲いかかったのだろう。

人間がものづくりする意味を問うという、あまりにも重いテーマを、この舞台では真正面から取り組んでいた。その描き方は、具体的に砕かれたひとつひとつのシーンでしかない。それが舞台というものだ。この公演は、舞台でなければできぬ表現を見せてくれた、と言えるだろう。

伝記などでは目にしない架空の人物が舞台に登場したり、気になる脚色もあった。しかし、どれも舞台には不可欠であり、不自然さを感じることはなかった。舞台の初日に観劇したガウディ研究の大家、入江正之教授は「勉強になったよ」と言われた、という。

舞台は大成功だったと言えるだろう。5回の公演だけでは、あまりにも惜しい。演じる側はどうなのだろう。再演を切に希望する。

参考までに、この公演に際して入江先生から寄せられた言葉が、パンフレットに記載されているので、紹介しておきたい。パンフレットを見ることができた人だけでなく、多くの人に知ってほしい言葉だ。この舞台は、入江先生の言葉を実現できたかもしれない。

「ガウディ」公演に際して
ガウディが晩年、若い建築家たちに残した言葉に、「作品に生命の感覚を与えねばならない」というものがある。この生命感への研究はガウディの生涯を貫く、自分に課した制作の姿勢でもあった。例えばサグラダ・ファミリアのアトリエにある木を指して、「樹木は私の師匠である」といった。語彙は分かりやすいが意味不明の言葉もそのことに繋がっていよう。樹木がこの大地に立っていることの中に、建築が在ること以上のものがある、そこにはありとあらゆることが解決されてあるという総合の見透しが、ガウディ自身の若い時代から深められてきたのだろう。根を大地に張り、幹を成長させ、枝々を広げ、葉叢を天空へと広げる。そのフォルムが力の均衡であり、色彩の生命であり、光と影の空間を惹起する。人と心を通わせ、人々の住む場所の風景を形作る。自然の生命ある諸形態のすべてそう作られてある。それらの生成をなぞらえるように、建築を制作しなければならない。それが、ガウディが建築家の道程で腐心したことに他ならない。総合の見透しとはその生命感に繋がっている。今回の「ガウディ」公演でそのガウディに会えるだろう。生き生きとした無体の場を背景として。期待したい。
(句読点など一部修正)

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2006年11月13日 (月)

新妻

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         <花束抱え屋形船から下船する>

友人が結婚した。
新妻の美しさに息を呑む。
その柔らかい表情にみな元気付けられた。

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土曜日は朝から土砂降りの繰り返しだった。

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水天宮

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柳橋

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屋形船

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2006年11月 9日 (木)

便器のふた

少々お下劣な話で申し訳ないが、「立ち小便は不潔きわまりない習慣だから、止めるべし」という話が、宴会で盛り上がったことがある。

お小水というものは、わずかに螺旋を巻きながら放物線を描いて落下する。そのため、狙いを定めた放水ができる、と思われがちだが、実際はそうではない。かなりの飛沫を周囲に飛び散らしている。その範囲たるや、2メートル四方に及ぶらしい。だから、立ってことに及ぶのは、不潔きわまりない習慣である、というのだ。

なぜか私の友人や知人には、女子高や女子大出身者が多い。とてもいい奴ばかりなのだが、「男子は不潔だ」「男子は小便の後になぜ紙でそこを拭かない」などと、私はときとして、男性の代表として、横目で非難を浴びせられる。勘弁してくれい。

洋式トイレが普及し、ウォシュレットといった洗浄便器が当たり前になってからは、立ち小便をする機会が減り、トイレットペーパーのお世話になる男性諸氏も確かに増えている。

じゃあ、便器のふたはどうだ。ふたを閉じないと不潔になる。とはいえ、ことに及んだあと、閉じないままにしておく、という女性も多かった。「ふたを閉じると、お金が逃げないらしいよ。だって、運(うん)がたまるから」と、冗談半分に言ったことを覚えている。

そんな、まことしやかな話を、ずっと励行していた友人を私は知っている。昨日、彼女から「宝くじが当たったのよ。大した額じゃないけど、これまでで最高額なのよ」という連絡が入った。

何かおごってくれい。

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2006年11月 8日 (水)

和菓子でお茶を

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和菓子は南青山にある菓匠『菊屋』がいい。中でも「瑞雲」(ずいうん)は人気の一品。甘味の世界への扉がきっと開かれるに違いない。美味いだけでなく、確かな仕事に背筋も伸びる。

和菓子屋では季節によって品揃えを変える。『菊屋』さんのウェブサイトを見ると、いま買える和菓子が出ている。写真に名前入りで分かりやすい。ただ、店頭には並ぶのは、それ以外にもある。

今日のように、店頭で注文した和菓子の名前を忘れると、名前知らずとなってしまう。写真はその二品。誰かご存知ないだろうか。ひとつは「どんぐり」、もうひとつは「紅葉」らしいのだが…。

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2006年11月 7日 (火)

秋晴れ

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<2006/11/7 12:30 水天宮前交差点>

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<明日、取り壊される路地の空>

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2006年11月 6日 (月)

舞台『ガウディ』

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<カサ・ミラ>

ガウディの建築物はよく知られるようになったが、ガウディという人物に迫る舞台はこれまでなかった。

唯一の舞台は、昨年7月に、二年前に、 藤原稔三(としぞう)氏が作・演出した『ガウディ』だけだった。その上演を前に、藤原さんが訪ねてこられ、なぜガウディを演じるのか、熱く語ったことを思い出す。舞台に詳しいわけではないが、役者たちの舞台に取り組む姿勢には新鮮な驚きがあった。役を作り込んでいく過程で変化していく役者たち。その舞台を観たときの感動は、今でも忘れない。

エンターテインメントという観点からすれば、地味な舞台だろう。大道具は一切ない。わずかばかりの小道具と、役者たちが演じるパントマイムと台詞だけで時空間が作られていく。その堅調感はすさまじいものがあった。

あれから一年、筋立てや配役などに手が加えられ、より進化した舞台が、この週末から三日間上演される。

◆演題:『ガウディ』 (作・選出:藤原稔三)
◆日程:2006年11月10日(金)・11日(土)・12日(日)
  10日(金) 19:00-
  11日(土) 14:00- 19:00-
  12日(日) 13:00- 17:00-
◆場所:武蔵野芸能劇場(JR三鷹駅北口より徒歩3分)
  〒180-0006 東京都武蔵野市中町1-15-10
  TEL:0422-55-3500

いったい、どんな時間と空間を作り出してくれるのか。ガウディに詳しい人にも、そうでない人にも楽しめる舞台に仕上がってきているという。

これまでの建築様式には収まりきれぬ独創的な建築を遺したガウディが、いったいどんな人たちに囲まれ、あのような建築をどのような状況で実現してきたのか。ガウディに興味があってもよく知らぬ人たちにとっては、その実像を知る絶好の機会になるだろう。建築に特に興味がない人たちにとっても、ガウディの生きざまを通して感じ取る何かがきっとあるに違いない。そんな期待を抱かせる舞台に仕上がってきているようだ。

この舞台は、のちにカタルーニャ語を使い、現地で上演することも視野に置いている。彼らは現地でも通用する本物の舞台を目指している。実現できるかどうかは分からないが、舞台という異次元の世界を通して表現する可能性を、彼らは追いかけているのかもしれない。

興味のあるかたは、Toshizo Produceに告知されている詳しい案内を見ていただきたい。

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ウソツキ野郎

先週の金曜日、草野球を終えた後、軽く一杯が盛り上がってしまい、予定していた友人の個展に間に合わず、渋谷のハチ公前で人を眺めて帰宅した。

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ふじたかなこ女史は小柄でかわいらしい人だが、キャンバスからあふれ出るようなエネルギーに満ちた大胆な絵を描く。豪快なバッティングと相通じるところがある。久しぶりの個展にどんな絵を見せてくれるのか、楽しみだった。「行く」と公言していたのに、このままではウソツキ野郎だ。

「行かなきゃ」と思い、最終日の今日、カメラと三脚を詰め込んだ、ズシリと重いバッグを肩にかけ、昼過ぎに外出した。半蔵門線の車中で読み始めた新書が面白く、つい読みふける。急に周囲が明るくなり、電車が地上に出て我に帰る。そこは二子玉川。オイオイ。すぐに表参道駅まで引き返す。途中で腹がへる。オイ。

表参道駅に着くと、坂を少し下り右に折れ、『まい泉』へ向かう。玄関先がすごいことになっていた。待ち客たちが行列をつくり店の外まで並んでいる。三連休の最終日、昼食はガツンとトンカツを食べたくなる、ってことかい? トンカツにありつくまで一時間ほど待ちそうだったのであきらめ、元来た道を戻る。坂を上り交差点を渡り『アンデルセン』にもぐり込む。地下一階にあるカフェテレスで軽くランチ。しばらく来ない間に、パン焼き職人たちが仕事する工房が隠され、小ぎれいに模様替えされていた。寂しい。一階で焼きたてのパンを数個物色し、お土産にする。

ギャラリー通りにある『スペースユイ』までは、駅から徒歩10分ほどだろうか。空は秋らしくカラリと晴れ渡り、日差し強くあれど冷気ここちよく、されど重いバッグの持ち歩きに玉の汗をかく。

ギャラリーに着くと、ブラインドが下りていた。昼休みでみんな出払ってるのかもしれぬ、とメモを取り出し、連絡先を確認する。そのメモをよく見ると、個展は4日まで、と書いてあった。昨日が最終日だったのか。ああ、何やってんだか……。

ギャラリー前にペタリと座り、パンを1つかじって帰宅す。ウソツキ野郎は汗をかけ、ってか。しかたねえ。

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2006年11月 5日 (日)

まだ間に合う!

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文化の日、装備を整え、渋谷から京王「井の頭線」の各駅停車に乗る。10分ほどで「東松原駅」に着く。11月だというのに、日差しが暑いほどだった。

駅の南口から小田急「梅が丘駅」方面へ5分ほど歩くと、住宅街に割って入ったような緑の丘が、突然目の前に現れる。「羽根木公園」だ。公園は東松原と梅が丘に挟まれ、東松原側は公園の裏手にあたり、入口は広くない。階段を登ると、すぐに散歩道へつながる。

少し歩いていると、散歩道の幅が広がり、息を弾ませて横を駆け抜けていく人たちもチラホラと増えてくる。野球場は公園のど真ん中に陣取っている。両端にホームベースが置かれ、A球場とB球場の2面ある。

この日は、B球場に集合。集まったのは、全員で十名。自軍を二つに分け、赤白戦をやるには少なすぎるので、練習となる。

草野球は「しまった!」の連続でできている。エラーを帳消しにするような素晴らしいプレーが生まれることもある。どちらにしても、何が起こるか分からない。そこが面白い。

そして、連続する「しまった!」を「楽しい」に変える魔法の言葉がある。ただ、その言葉は発する人により、楽しさを与える度合いが違ってくる。

「まだ間に合う!」

と、この日もグラウンドに声が飛んだ。

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