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2006年12月 9日 (土)

手を愛でる人

「いらっしゃいませ。川口さん、お久しぶりです」
「ああ、ずいぶんご無沙汰しちゃったよ」
「今夜は、いかがいたしましょうか?」
「連れにラムベースのすっきりしたカクテルを。私にはいつもの…」
「ベルモットを効かせたマティーニでらっしゃいますね」
「最初は軽く抑え目で。頼むよ」
「かしこまりました」

 久しぶりにバーへ行った。

 「カヴァーノチカラ」というブックデザイン展で思いがけなく会ったバーテンダーのM君が、店の奥からこちらを見て、ちょっとうなづく。彼はセカンド。シェーカーを振るのはチーフバーテンダー、Tさんだ。私の少し疲れた表情を見てとった彼は、いつもより香りのきいたマティーニを最初に出してくれた。二度、三度と杯を重ねるごとに、香りが絶妙に抑えられていくのは、私の酔いのせいばかりではないだろう。
 それまでずっと隣の客とオペラの話をしていたバーテンダーT氏は、連れが手を洗いに席を立ったのを待っていたかのように、こう言うのだった。

「失礼ながら、あの方もお綺麗な手をしてらっしゃいますねえ」
「偶然かもしれないけど、私の友人たちは例外なく手が見事に美しい。バーテンダーも指先が命だから、自然とそちらに目がいく、ってわけかい」
「はい。実は、それだけじゃないんですよ。先日、Sさんがいらしたときのお話が、頭の片隅に残ってまして」
「へえ、Sさんともずいぶん会ってないなあ。彼、何を話したの?」
「その夜、Sさん、とても上機嫌でらして。ニヤニヤしてるんですよ。どうしたんですか、と聞かないのに、しゃべり出したんです。よほど嬉しかったみたいですよ」

 そう前置きすると、彼はS氏の口調でこう語り始めたのだった。

 この前の土曜日、結婚二十年のお祝いをやったんだよ。カミサンと二人で。少しアルコールがすすんで、何か言いたいことあったら言ってみないか、ということになってね。言い出しっぺはあなたなんだから、あなたからどうぞ、とカミサンに切り返され、はたと困った。何を言っていいものやら、とね。そのとき、グラスを持つ彼女の手が目に入って、そうだ、あの話をしよか、と思ったわけだ。そう、あの話。ご飯を必ずお代わりするわけをさ(しちゃったんですか)。
 ま、こんなふうに。最近、食が細くなっても必ずご飯はお茶碗に二膳いただくだろ。一膳だと縁起が悪いから、って言ってたけど、実は違うんだ。お代わりするとき、きみが両手で茶碗を受け取るだろ。とても言いづらいことなんだが、その感触がよくってさ。俺の左手に、きみの、そのお、しなやかな手が触れるたび、ドキッとするんだ。
 いやもう、大声で笑われるかと、思ったよ。そうしたら、今度は彼女が真顔でこんなことを言うのさ。

 墓に入るまで言うつもりなかったんだけど、あなたがそんなこと言うんだったら、しかたないわ。あなたと最初に握手したときのこと、わたし、忘れない。そう、何度もみんなで飲みに行ってた頃の話よ。仕事納めが終わって飲みに行ったとき。あの夜は十人くらいいたかしら。あなたはあの頃、アメリカ人のダイアンちゃんといい仲だったんじゃないかしら(違うよ多分…)。で、別れ際にみんなで握手しよう、って話になったじゃない(覚えてるよ)。そのときよ、わたし。あなたと握手したとき。この人だ、って感じたのよね。…ああ、もう二度と言わないからね。
 今じゃ寝室も別にしてる結婚二十年目の夫婦がだよ、そんな話をしたわけよ。そう言えば、このバーに来る女性も男性も、手が綺麗な人、多いね。

 そんなお話をSさんがしてくれたんですよ、とバーテンダーは言った。私もちょっと話をしたいことはあったが、化粧直しを終えた若い連れが席に戻り、会話は途切れた。

 ふと彼女の白い手に目がとまる。柔らかそうなその手を握ったら、別の未来が待っているのだろうか。

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コメント

私も人の手をよく見ます。
気に入った男性はかならず手を吟味。
大きくて包容力のありそうな手、
節が太くてごつごつして頑固だけれど強そうな手。
意外に細くて丸くて繊細そうな手。
人それぞれ、手の表情は顔のそれと違う。

個人的には、美しくなくてもいいけれど、よく動く、細やかそうな手が好きです。

投稿: Aya | 2006年12月 9日 (土) 16時47分

確かジェイムズ・ボンドが好むお酒でしたよね。
素晴らしい世界です。
私は、手というと「山芋」という詩を思い出します。グローブのような大きな手と表現した山芋の詩(作者が今思い出せないが)です。

投稿: マンボウ | 2006年12月 9日 (土) 18時09分

握手ってけっこう偉大です。
中学の卒業式にお世話になった英語の先生と握手したとき少し強く握ったら両手で握り替えしてくれたのを今でも覚えています。
讃えた、送り出した、感謝した握手に悪い思い出はありません。

投稿: てろっぷ | 2006年12月 9日 (土) 22時02分

AYaさん
そうですね。
手の美しさって見た目だけじゃないですね。
私は中学生のときに左手の薬指を負傷し
ちょっと奇形とまではいかないのですが
少し短いため、つい左手を隠す癖がありました。
コンプレックスだったんですねえ。
でも、マッサージなどして手を愛でてやると
とても素敵に見えることが分かりました。
それからは、あまり気にしなくなりました。
手の仕草や雰囲気まで変わった気がします。
手はその人の人となりをあらわすのかもしれません。

マンボウさん
山芋のような手、というと、「風の谷のナウシカ」に
出てくるじいさんたちのゴツゴツした手を思い出します。
「姫はこの手をきれいじゃというてくださる」
というじいさんたちの言葉が印象に残っています。

てろっぷさん
恩師との握手に思い出がおありで、うらやましいです。
私は滅多に握手する機会がありませんでした。
握手できるような場面をつくれなかったからなんでしょう。
そんな場面がつくれるような人間同士の関係を
ちゃんとつくれるようにしたいと思っています。

投稿: kawa | 2006年12月10日 (日) 03時24分

私は、以前親指が五本あるねと言われた事があります。

投稿: しし | 2006年12月10日 (日) 10時06分

「手の感触に付いて」
私はどちらかと言うと、父の関係で転勤が多く、人との接触が長続きすることが無く、人との付き合いをドライに感じるようになっている傾向があります。
しかし、人間との付き合いにおいて、肌と肌の付き合いは、大事だと言うことは分かています。
(究極は、男女の接合でしょうが・・・。)

外人においては、日本人とは違い、よく男間でも、抱擁し合い、当然握手は、よく行われます。
どちらかと言うと、日本人は、肉親以外との肌の付き合いを避ける傾向があるように感じます。

しかし、握手を含め、肌と肌との接触は、人間だけで無く、哺乳類を含め、霊長類にとっては、神経、温度、圧力、痛感、湿度等肉体的に相手を直接、接し、感じることが出来き、相手を直感的にも理解しあえるコミュニケーションのような気がします。

私は、死んだ父の暖かい手の感触を覚えているかは、今は思い出せません・・・。

投稿: mohariza | 2006年12月11日 (月) 05時05分

ししちゃん
笑わせてくれますねえ。
その指であのような繊細な絵を描けるわけを
次にお会いしたとき、ぜひおうかがいしたい。

moharizaさん
肌の触れ合いは大切なこと、とわかっていても、
肌を触れ合うことが習慣化していない人たちは
どうすれば自然な触れ合いができるんでしょう。
握手しあいたくなるような関係って、そうないし。
誰かが触りたくなるような存在でない自分の場合、
こちらからというのも相手に迷惑でしょうし。
まあ、自然に触れ合える関係をつくれるよう
自分なりに努めるしかないんでしょうね。

投稿: kawa | 2006年12月11日 (月) 06時42分

kawaさんへ

>肌を触れ合うことが習慣化していない人たちは
どうすれば自然な触れ合いができるんでしょう。
・・・日本人には、肌と肌との接触は、身内以外は、一種のタブーのような気がします。日本人の場合は、直接でなく、相手への目線、しぐさ(一種の作法というか、相手に対する、細やかな作法)で、表現してきて、また、現代人にもまだ残っている気がします。
(この頃は、若者の中に、面前で、キスをしている場面を見かけることもありますが‥。日本人においては、恥の意識、みっともないと感じる、と思われます。)

>まあ、自然に触れ合える関係をつくれるよう
自分なりに努めるしかないんでしょうね。
・・・そうかも知れませんが、どう努めて良いか、私にも分かりません。
時代が変われば、日本人の作法・感覚も変わるかも知れませんが‥。

投稿: mohariza | 2006年12月11日 (月) 20時27分

このメッセージを書くきっかけになったのは、妹から以前言われたひと言でした。

「お兄ちゃん、どうしたの!
 手がおじいちゃんみたい!」

その頃はとても自分にかまってられる頃でなく、立ち上げたばかりの会社をひたすら発展させ、社員たちの行く末ばかりを考えていました。

妹から言われたその日から、私は思い直し、手を愛でるようになりました。人の手を見るようにもなりました。美しい手、個性的な手、いろんな手を見ていると、その人がたどってきた人生までいろいろと想像するようになりました。

はたして自分の手は、といえば、皮膚は荒れ、爪の境が逆立ち、血がにじんでいたりしたものです。ハンドクリームをすり込んでマッサージをし
爪をすり合わせたりしていると、その間にいろんなことを自分と話をするようになりました。

それはほんの数年前の話です。無駄に過ごした時間を後悔したものです。

個性的な手を持つ人、ペンだこができた人、何もしなくても圧倒的に美しい手をもつ人たちもいます。でも、そんな手を持つ人たちは、きっとこれまで、自分としっかり対話してきたことがあるのではないか、必ずしもそうではないかもしれませんが、そう思い、憧れを持ってしまうのです。

私が友人たちに憧れてしまうのは、彼らがそんな手を持つ人たちばかりだからなのです。

投稿: kawa | 2006年12月15日 (金) 06時21分

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