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2006年12月 7日 (木)

都会の夕陽

2006年12月7日午後3時30分。
明日の雨模様を予感させる夕暮れどき。

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中心部をトリミングする前の写真。
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ピントをずらした写真。窓を拭かなきゃね。
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同じ被写体が異なる印象を与える写真サンプル。
だから何? と、突っ込まれても、困ります。

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コメント

私は、前も記したように、写真は撮れませんが、
kawsaさんのこの画像で、訴えたいこと、目の焦点をどこに置くかによって、目に映る画像が違って見えることは分かります。

日常、見ている風景も視点を変えると違って見え、また、焦点をどこに置くかによっても、風景は変わって見えます。

私は、小学校1年(45年前)から眼鏡をかけています
が、高校1年の時の絵で、多分、自分の眼鏡に焦点が合い、その反射が見えた事がきっかけで、自画像風の絵(油絵)を描いたことがあります。

また、この頃、焦点を、変えることによって、目に映る画像が違うことが分かる様になりました。
電車の窓ガラスに映る光景もよく見ると、反射の反射が見え、そこに反射して見える人物が面白く、また、反射の反射で見える外の光景が面白くてなりません。
全て、どこに焦点を合わせるかによって、違って見えます。

そして、目にみえる画像は、眼鏡を通してと、無しとの画像とは、違うことが最近分かるようになりました。

と、言うことは、今まで見ていた画像(風景)は、眼鏡で通してでしかなく、もしかして、実際その場で見ながら、見損なった風景があったかも知れません。

投稿: mohariza | 2006年12月 9日 (土) 03時03分

moharizaさん
しっかりとした突込みをありがとうございます(笑)。
写真を撮っていると、いったい何を見てたんだろ、って気づかされることばかり。限定されたフレームの中に展開される映像は、見ていたはずなのに気づかなかったディテールに驚かされることが多々あります。
ピントを合わせる位置を変えたり、画像のサイズを大きくしたり小さくしたりすることで、まったく違った印象を感じます。たとえば、ここにアップされている小さな写真と、その写真をクリックして表示される大きな写真を比較してみると、まったく違ったものに見えてしまうことがあります。
カメラレンズを通して撮影する映像は、裸眼で見る映像の近似値のこともあり、有り得ない虚構でもあり、裸眼で感じるものにまったく追随できない稚拙な絵でもあり、裸眼をはるかに超えた再現なのかもしれません。どちらにしても、実験するに値することだとは思っています。

投稿: kawa | 2006年12月 9日 (土) 07時17分

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