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2006年12月23日 (土)

ひとりHはイヤイヤン

ブログという簡便なツールが出現し、自分のために書いたテキストがウェブの世界にあふれだしている。書くことってある種の自慰行為に似ている。ひとりHしてるところを人に見せちゃいかんだろ。

「読ませる技術」(山口文憲著)という本は、エッセイやコラムを書くためのテクニック本だが、書くことの意味を面白い例文で教えてくれる名著だ。自分なりにまとめ直すと、こんなふうになる。

●執筆する前の心構え 七か条
1 誰も書かないことを書く
2 読者が読みたいことを書く
3 正論は書かない
4 出来事をそのまま書かない
5 身近なことを書く
6 自分の話はしない
7 話はひとつだけに絞る

●執筆するときの心構え 九か条
1 すぐに本題に入いる
2 まず読者を共感させ、その後に驚きを与える
3 人物は明確に
4 話し言葉は肉声で
5 落差こそ命
6 時間と空間を展開する
7 自慢するなら堂々とする
8 オチは短く
9 最悪でも出だしを受けて締めること

●執筆するときに踏む3つのステップ
1 テーマを決める。言いたいことは何かを考える
2 エピソードを決める。サンプルを探す
3 プロットを決める。筋書きや落ち、入り口と出口を設計する

●執筆するときの3つのテクニック
1 ロジックを選択する。三段論法や法則、テーゼなどを使う
2 スタイルを選択する。口語文章体か、長文か短文か、体言止めか
3 ギミックで笑わせろ。冗談や洒落、ギャグとか

まとまった文章を書くとき、こんなチェックポイントは、ほんの一部の天才たちには不要だが、おしゃべりの延長でキーボードをたたきまくる、私を含めた人種には、たまにチェックしてほしい。雑誌記事や書籍を書く人たちなら、少なくともこのようなチェックポイントは頭に入っているはずだ。しかし、それが当たり前だという感覚を持ちすぎると、失敗するときがある。

人に読ませる文章は、自分のために書く人には書けない。こんな正論を書くなら、タイトルくらい遊んでやれ。

ちなみに、このメッセージは6年前に書いた日記から拾い出したものだ。

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コメント

「読ませる技術」(山口文憲著)は、読んだことはありませんが、KAWAさんの自分なりのまとめの内容文は、よく分かります。
文章以外でも、人を説得する際の会話にも適応出そうです。
しかし、

●執筆する前の心構え 七か条の中の、

「7 話はひとつだけに絞る」は、
その通りとは,思いますが、他の、

1 誰も書かないことを書く
2 読者が読みたいことを書く
3 正論は書かない
4 出来事をそのまま書かない
5 身近なことを書く
6 自分の話はしない

上記のことは、なかなか難しいような気がします。
つい、書いたり、話したくなりします。

また、「3 正論は書かない」については、
私は、非難・危険が有ろうとも、あえて書きます。

それが私の生き方ですので・・・。

投稿: mohariza | 2006年12月24日 (日) 04時54分

ぐうの音も出ません。執筆するときの心構えは別として、執筆する前の心構えはひとつも守っていない気がします。

投稿: nora | 2006年12月24日 (日) 11時04分

moharizaさん
まあ、これはエッセイやコラムを書くときのセオリーのひとつであって、単なる技術。ブログがこうあらねばならぬってことではありません。「正論を書かない」というのは「持論を展開するな」という意味ではなく、一般的に言われているどっかで聞いたようなことを、さも自分の持論として論じたり、説教がましい話ってことだったと思います。だからmoharizaさんがブログで書いていることとは、ちょっと毛色が違うかもしれません。

noraさん
あなたの文章はこのセオリーを超えて面白いので、ここに書いてることなんて、あっそう、くらいに軽く読み飛ばしてよろしいか、と。

投稿: kawa | 2006年12月25日 (月) 16時20分

<「正論を書かない」というのは「持論を展開するな」という意味ではなく、一般的に言われているどっかで聞いたようなことを、さも自分の持論として論じたり、説教がましい話ってことだったと思います。>

・・・おっしゃる通りで、本で書かれた事は、他人の引用を、さも自分が言ったというような形で述べたり、まる写しが多々見えます。
引用は、「」でしか、記すべきで、そうすると、中身は、持論が殆ど無くなる内容になることがありそうです。
昔の哲学の本は、ほとんどこの口だった気がします。

私は、分からないことは分からない!疑問は、疑問で、
本当のことは、分からないと言っているだけです。

「真実を分かった!」と言って、さも書いている人間は、信用できません。
たとえ、今偉いと云われている人の言葉であっても、「物事の真実は、永久に分からない!」と感じています。

投稿: mohariza | 2006年12月29日 (金) 06時18分

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