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2006年12月13日 (水)

うちの宝

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台所におろしたての頃はよお、まだ毛羽(けば)がいっぱいついてるだろ。その頃は、まだションベン野郎ってんだ。丁稚(でっち)みたいなもんよ。産毛(うぶげ)みたいな毛羽がいっぱいついてて柔らかいだろ。水をよく吸うけども、小さな毛羽がどうしてもガラスに残る。だから、丁稚の担当は「茶碗拭き」さ。まあ、丁稚時代はあっという間だけどな。

毛羽が抜けて一人前が近づいてくると、そろそろだな、と緊張したもんだ。審査があるんだよ。そりゃあ厳しい。うちのご主人は厳しいからねえ。審査結果はABCの三段階に、ビシッと区別される。その試験で「布巾人生」が決まるわけだ。緊張して当然だろい。

A級に合格すりゃ、花形の「グラス布巾(ふきん)」さ。そりゃ毎日が楽しいもんよ。ご主人はグラスをよくお使いになるからねえ。キュキュキュっと磨き上げて、水垢(みずあか)を残しちゃいけねえから、てーへんなんだよ。炭酸水を入れりゃ、すぐにわかる。水垢や毛羽がちょっとでも残ってると、ポツポツとグラスに泡がつく。そうなった途端、一番下のC級まで落とされた先輩もいるってもんだ。C級ってえのは調理器具を拭く「鍋布巾」のことよ。

二番目のB級つったって、憧れの的さ。しっかり消毒されて「調理布巾」人生を送ることになる。寿司屋とかでよくみかけるだろ。包丁拭いたり、まな板拭いたりする、あれよ。清潔が命だから、寿命は短い。しかし、やりがいのある仕事だよ。B級は清潔命だから、丁稚時代を知らないエリートが多いらしいけどな。

A級、B級、C級、どこにランク付けされても、気が抜けねえんだよ毎日。わかるかい。

そういや、世田谷時代にすごい先輩がいたねえ。中には一年持たないヤツもいるってのによ、三年も「グラス布巾」を勤め上げたってんだから、尊敬しちゃうよ。だろっ。「玉川高島屋」出身ときたもんだ。伝説の布巾野郎さ。毎晩風呂につかって軽く垢を落とすと、さっと上がって体を絞り、翌日のためにしっかり体を乾かす。毎日、ちゃんと養生すりゃ、お前だってなれるかもしれねえよお。まあ、無理だろうな。けど、よーく覚えときな。

ん? おれは何級かって? そんな野暮なこと、聞いちゃあいけねえよ。布巾人生を勇退して、今じゃ「台布巾」さ。見りゃわかるだろ。でもなあ、ご主人様はあっしのこと「うちの宝だ」とおっしゃってくださる。ボロ雑巾みたいに見えるのによお。いい話だろう、おい。布巾冥利に尽きるってもんだろ。

と、おやじの話はまだまだ続くのでした。

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