« 2007年5月 | トップページ | 2007年7月 »

2007年6月30日 (土)

匿名の力

070626_01d_1

国立競技場には何体かのモニュメントが置かれていますが、その唐突な存在が笑えるほど面白いんです。このモニュメントは、集まってくる人たちを、きっといつも横目で見ているに違いありません。

その日は小雨混じりの曇天でした。午前7時半、国立競技場に集まったのは三千人ほどのエキストラたち。

「劇場版を撮影するから集まってえ!」

というウェブ上に発せられた号令のもとに集合した『相棒』のファンたちは、それから午後6時まで嬉々として動きまわったのでした。

午前中には終わると思って参加したのだが、結局、お昼のロケ弁食って夕刻まで、国立競技場で過ごすことになりました。そこにいた三千人は、喜んで集まった人たちばかり。三千人分のそんな気持ちのかたまりの中に身を置いていると、いつもとは全く次元の異なる時間と空間が現れた気がします。

こんなことやってる場合じゃないだろ、と思いながらも、匿名であることをよくよく理解した群衆の一人となった経験は、匿名であることの意味を考えるうえで、非常によい機会となりました。たとえば、書評を匿名で論じなければ表現しきれない絶妙な距離感のある評論。あるいは、ガウディの宗教建築物であるサグラダ・ファミリア聖堂に設置される彫刻を、作家性を抑えて初めて表現できる落ち着いた彫像の表情、など、など。

丸一日仕事を棒に振っても代えがたい、貴重な体験でした。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年6月23日 (土)

狐のおかげ

_mg_4755c
       <日本橋人形町の神社>

 どうしようか、と右往左往していたところ、

「この本はお読みになりましたか?」

と、いうメールが友人I氏から届いた。

 「ガウディの謎」でガウディ本の紹介を始めたのだが、書評の書き具合がしっくりこないため、更新できないでいた。そんな矢先だったので、たいへん助かった。

 その本のタイトルは、『野蛮な図書目録』(洋泉社、1996)。
 書評集である。書評は1ページに1冊のペースで、なんと百九十九本も収められているではないか。「日刊ゲンダイ」の連載コラムだったため、文字数が原稿用紙2枚分と短い。にもかかわらず、本の深さを十分に味あわせてくれる。珠玉の書評として多くのファンがいたらしい。知らなかった。
 著者は狐(キツネ)。もちろん本名ではない。匿名である。「日刊ゲンダイ」というあまり家庭では読まれない新聞に、書評を匿名で書くというスタンスを、狐氏はよくよくわきまえておられたようだ。

 紹介してもらったこの本だが、すぐには手に入らなかった。ウェブ書店をのぞくと、かろうじて「ユーズド本」として何冊かリストアップされている。到着まで一週間ほどかかる。しかもユーズド本では気が乗らない。それでは、と、書店と古書店に当たってみた。ところが、あつかってない、という。
 それでも図書館がある。日本橋図書館まで足を運ぶ。在庫検索すると京橋図書館に保管していることが分かった。パソコンの端末で簡単に予約完了。京橋図書館から日本橋図書館に転送されるまで遅くとも二日くらい。
 この著者に興味をひかれた私は、その二日が待てなくなり、図書館からの帰り、書店に飛び込んだ。狐氏ご本人が書いている新書だったらきっとあるに違いない、と。

 果たして、以下の2冊を購入し帰宅す。

書評家<狐>の読書遺産』(山村修、ちくま新書、720円)

<狐>が選んだ入門書』(山村修、文春新書、740円)

 こちら二冊を先に読んだ。二冊ともに文字数を限定して書いている。『書評家<狐>の読書遺産』は5ページ、『<狐>が選んだ入門書』は8ページ。飽きる間もなく、次々と読み進んでしまった。『野蛮な図書目録』と比較して5倍から7倍と文字数が多い分、引用文も豊富で展開も広がり、より深く味わえる。また、<狐>という匿名性を取っ払った山村氏からの肉声も聞こえる。

 残念なことだが、山村修氏は昨年、すでに逝かれていた。
 本を深く味わうことが山村氏にとって生きることの中心であった、と評する方もいらっしゃる。まったく同感だ。狐と山村氏の書評を、これからじっくりと読ませてもらおう。
 これからガウディ本を紹介するとき、本を紹介することを主眼に置くのはやめた。まず、本を味わい、ガウディ建築を味わうことから始めようと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年6月20日 (水)

眠り男と白いゾウ

 東京の梅雨入りは六月十六日、先週の土曜日だった。梅雨入り宣言が出ても、毎日ジトジトした日が続くわけではない。その土曜日は朝から雲ひとつないカラリとした快晴。大気澄み渡り、梅雨とは思えない夏日だった。

「土曜日の昼どきなら地下中華でしょ」

 と言うS君と二人、ひと筋となりの中華料理店へランチを食べに出た。人形町界隈では週末に開いている名店は数少ない。地下一階で営業している中華屋はそのひとつ。週明けに迫る原稿の締め切りに向け、栄養をちゃんと摂取して週末を乗り切ろう、というわけだ。
 水天宮前交差点の手前まで来たとき、青信号が点滅し始めた。駆け出そうとしたが、ドッと汗がふき出しそうで、待つことにした。信号待ちしながら、青空を見上げる。と、ちょうど真上に何か真っ白い点が見えたような気がした。

「なんだろう?」

 と、目をこらす。じっと見ていたら、白い点は一気に巨大な真っ白なかたまりとなり、私の頭の上にボワーンと落ちた。ゾウ? ウソだろ! いや、確かに真っ白なゾウだった……。

 それから二日間、私は眠り続けた。

 頭の上に落ちたのが本物のゾウだったら、きっとテレビのニュースにでもなっていただろうに、残念ながら、事実は違う。情けない話だが、あの「真っ白なゾウ」がボワーンと落ちてきた瞬間、強烈な睡魔に襲われ意識を失いかけたのだ。軽い貧血ともいう。
 それから二日間、気がつくと、机の下で寝ている。5Bの鉛筆を持ったままソファーの下で横になっている。蒲団(ふとん)を敷き切れず半分に折った蒲団の上で丸まっている。そんな「あれ?眠ってたのか…」が繰り返されたのでした。
 週が明けた月曜日の朝、真っ白いゾウは眠り男の耳元でこうつぶやくと、去っていった。

「削りなさい」

 それだけ?
 ああ、でも、思い当たるフシはある。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007年6月15日 (金)

師匠と弟子

02e2

   <アメリカに旅立つ弟子と先を見る師匠>

四時間の稽古で私語を聞いたことがない。師匠は黙って見ている。たまに声がかかる。始めて半年。一緒に始めたW氏は足の運びが変わり、私はこぶしの握り方がやっとわかってきた。

かたや、若くして武術を志し、この五年間は自宅の裏庭で毎日体を鍛え、道場で稽古を続けてきたA君がいる。二人の中年男たちは彼の一挙手一投足をじっと見入り、魅せられてきた。

この六月に彼は渡米する。サンフランシスコの大学院でA君が何を専攻し、その後、何を企てようとしているのか知らぬが、何かやってしまいそうな気を彼に感じている。あの日の師匠の視線は、何かを確信しているようだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年6月11日 (月)

ひと桁の体脂肪率

バルセロナから帰国し、ひと月ほど休みがちだった武術の稽古へ、昨日の日曜日、二週間ぶりに顔を出した。少し体調が優れず稽古を見合わせてはいたが、自宅でそれなりの基本訓練は毎日欠かさないできた。とはいえ、やはり、稽古は、きつかった。

友人のA氏が師匠。とはいえ、稽古場では当たり前の話だが、友人としてのあつかいはなし。ありがたいのは、全体で掛け声に合わせて動くことがほとんどないこと。参加している時間帯に集まってくるのは、有段者たちばかり。一緒に動くなんて、そりゃ無理だ。彼らの動きは本当に美しい。「見稽古」という言葉があるが、その環境をつくっているのは、師匠の計らいと思われる。

この正月から友人のW氏を伴って始めた武術だが、多分、この調子だと続きそうだ。もともと体育会系の体質なので体脂肪率は低かったが、ひと桁台に突入するとは思ってもいなかった。

脱ぐとすごい、かもよ(笑)。って、有段者の先輩たちの体を見れば、まったくもって自慢できやしない。比較しようもない、というか、埋めがたい差は、ほんと、どうしようもないのだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年6月 8日 (金)

こより火

20070608_003c

EOS 5D, ISO1600, 1/30秒, 露出補正-1.3ステップ

上の写真は一部トリミングし縮小はしていますが、色補正などの画像修正は一切していません。すべてはRAWデータの威力といえます。原寸の写真はさらに精細というより、精彩で美しい。RAWデータで画像を保存できるカメラを使っているなら、RAWデータを使うことをおすすめします。ただし、RAWデータでも修正したほうが効果的な場合も、もちろんあります。写真をクリックすると、少しだけ大きな画像が表示されます。

パイプ煙草に火を入れるとき、ライターはご法度。
できれば和紙をよってつくった「こより火」を使いたい。
小ぶりの炎のまま、ゆっくりゆっくりと燃えるから。
ティッシュペーパーを二センチほど縦に裂き、
しっかり固くよった「こより」でもよい。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

久々の更新

_mg_7999_2c_1

<カサ・バトリョ主階天井>

ガウディの遺産」というウェブサイトを、今日、久しぶりに更新しました。良くなったところは1つだけ。トップページに建築物の名前をリストアップしたので、建築物の説明や写真をすぐに閲覧できるようになったことです。今回の更新は地味ですが、サイトつくりについていろいろ考えさせられました。

実は、同じ内容で別にもうひとつ、「ガウディの遺産」というサイトをつくったんです。CSSとmovable typeを使い、エレガントに仕上がりました。ゴミがない。構造的に美しい。作り手としては満足なのですが、見た目がどうしても好きになれませんでした。その結果、これまでのサイトに戻り、ちょっとだけの更新となってしまったわけです。CSSとmovable typeの理解がまだ足りないんでしょう、きっと。エレガントで美しいサイトができるよう、出直します。

「ガウディの遺産」のウェブページのソースを見られると、本当に恥ずかしいです。何と言っても、ゴミだらけですからねえ。でも、当分はこのままのつくりで、コンテンツの更新に励みます。

あと、もうひとつ。

「ガウディの遺産」のウェブサイトとは別に、「ガウディの謎」というブログ(→こちらです)も、こっそり始めました。ガウディについて追いかけるネタさがしをするためのブログです。専門的な話だけでは自分でも退屈してしまうので、現地で仕入れてきた裏話やお勧め情報、ちょっと真面目に書籍の紹介なども出てくるんじゃないでしょうか。

五月初めにバルセロナから帰国して一か月がたちました。ガウディとの距離感がやっとつかめてきたようで、これからちょくちょく更新していくことになるでしょう。ブログやサイトの更新ができなくなったら、何か特別の支障がない限り、そのままでいいんじゃないでしょうか。更新できないときこそ大切な気がします。そのときが来れば、自然と始まるわけですから。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年6月 5日 (火)

毎日三か月

「なんか顔の“シミ”減ってない?」

と、聞くと……。

「野菜ジュース、毎日三か月!」

と、彼女は言い切った。

毎日三か月とは説得力あるわあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年6月 4日 (月)

増上寺の線香花火

夏を先取りした花火大会が行われた。

ときは先週の土曜日。ところは芝、増上寺の境内。花火とはいっても、線香花火である。午後5時過ぎ、まだまだ日がかげり始める前のたそがれどき。増上寺の三門前に子供の小さな手を引いた親たちが集まってきた。

20070602_013tc

日本で発売されている家庭用花火のほとんどは中国製だという。線香花火も例外ではない。火が花咲けば、花火なんてそれでいい、と思う人ばかりではないはずだ。とはいえ、和の趣を実践しようとする人もほとんどいない。それが、今の日本……。

ギンザ・コマツ』が勇気を振り絞り手を挙げた。この6月1日から「和の扉」と称し「線香花火」を売り出した。とはいえ、銀座に店舗を構える老舗にとっては、採算がとれなければ商品として成り立たない現実問題がある。「和の線香花火」はそれなりの値段になっている。

20070602_025tc

20070602_027tc2_1

20070602_031c1

静かな線香花火大会の最後にサプライズが仕込まれてあった。増上寺ではありえない仕掛け花火が夜空を飾った。三百人ほどの参加者たちは皆驚いていた。消防車が2台も待機していたわけが分かった。

20070602_042c2

20070602_046c

20070602_044_1c3

今年はじめのことである。ニューヨークから十年ぶりに帰ったばかりの一人の女性がこの企画に目を付けた。詳しい事情は知らぬが、販売促進を依頼されたらしい。

彼女の実家は歌舞伎の家元。襲名できぬ女性であっても、幼い頃から“和”の厳しい教育を受けるのが習いだ。十代の多感な頃、彼女は渡米して高校を卒業し、里帰りする。日本の大学に在籍したが、すぐに退学し米で教育を受け、ニューヨークで職を得た。そして、十年近くの時をへて、思うところあり、現職を持続しつつも、昨年帰国した。日本をずっと外から見てきた彼女にとって、この「和の線香花火」の企画は、偶然とは言えぬ出会いだったに違いない。

私が彼女と初めて出会ったのは三か月ほど前。「ガウディの謎に迫る芸術紀行」という、ちょっとマニアックな旅行説明会のときだった。旅の案内人がバルセロナに住む友人でガウディ研究家の田中裕也氏であるため、JTBの旅を企画したN女史から、「ガウディと田中氏について語ってくれ」という依頼を受けたのだった。スライドを使って一時間ほど語らせていただいた。その会に出席してくれた彼女を、友人であるN女史から紹介されたのだった。ちなみに田中氏の紹介記事も旅のキャンペーンで書いたりしている。

そのひと月後、赤坂にある「水琴窟(すいきんくつ)フォーラム」で彼女と再会。今回の「和の線香花火」の企画を知り、彼女が何者であるのか少しばかり認識した。そして、その数週間後の4月末、バルセロナの地で合流。バルセロナだけでなくダリ美術館のあるフィゲーラス、ヨットを所有する友人のいるタラゴナ、ガウディの生誕の地であるリウドームスなどを共に旅して回り、彼女のポテンシャルに注目したのだった。旅には彼女だけでなく妹さん、そしてイギリスから合流した幼馴染みの舞台作家F君らもいて、賑やかだった。

彼女は私よりふた回りほど若い、親子ほど年齢差のある貴重な友人。今後の活躍に期待している。

C

気は心。とはいえ、
通じ合う心は一瞬にして消え去る。

追うは無用。とはいえ、
去るを追う幻(まぼろし)こそ希望。

よくわからぬまま、線香花火に火を灯(とも)す。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2007年5月 | トップページ | 2007年7月 »