夏を先取りした花火大会が行われた。
ときは先週の土曜日。ところは芝、増上寺の境内。花火とはいっても、線香花火である。午後5時過ぎ、まだまだ日がかげり始める前のたそがれどき。増上寺の三門前に子供の小さな手を引いた親たちが集まってきた。

日本で発売されている家庭用花火のほとんどは中国製だという。線香花火も例外ではない。火が花咲けば、花火なんてそれでいい、と思う人ばかりではないはずだ。とはいえ、和の趣を実践しようとする人もほとんどいない。それが、今の日本……。
『ギンザ・コマツ』が勇気を振り絞り手を挙げた。この6月1日から「和の扉」と称し「線香花火」を売り出した。とはいえ、銀座に店舗を構える老舗にとっては、採算がとれなければ商品として成り立たない現実問題がある。「和の線香花火」はそれなりの値段になっている。



静かな線香花火大会の最後にサプライズが仕込まれてあった。増上寺ではありえない仕掛け花火が夜空を飾った。三百人ほどの参加者たちは皆驚いていた。消防車が2台も待機していたわけが分かった。



今年はじめのことである。ニューヨークから十年ぶりに帰ったばかりの一人の女性がこの企画に目を付けた。詳しい事情は知らぬが、販売促進を依頼されたらしい。
彼女の実家は歌舞伎の家元。襲名できぬ女性であっても、幼い頃から“和”の厳しい教育を受けるのが習いだ。十代の多感な頃、彼女は渡米して高校を卒業し、里帰りする。日本の大学に在籍したが、すぐに退学し米で教育を受け、ニューヨークで職を得た。そして、十年近くの時をへて、思うところあり、現職を持続しつつも、昨年帰国した。日本をずっと外から見てきた彼女にとって、この「和の線香花火」の企画は、偶然とは言えぬ出会いだったに違いない。
私が彼女と初めて出会ったのは三か月ほど前。「ガウディの謎に迫る芸術紀行」という、ちょっとマニアックな旅行説明会のときだった。旅の案内人がバルセロナに住む友人でガウディ研究家の田中裕也氏であるため、JTBの旅を企画したN女史から、「ガウディと田中氏について語ってくれ」という依頼を受けたのだった。スライドを使って一時間ほど語らせていただいた。その会に出席してくれた彼女を、友人であるN女史から紹介されたのだった。ちなみに田中氏の紹介記事も旅のキャンペーンで書いたりしている。
そのひと月後、赤坂にある「水琴窟(すいきんくつ)フォーラム」で彼女と再会。今回の「和の線香花火」の企画を知り、彼女が何者であるのか少しばかり認識した。そして、その数週間後の4月末、バルセロナの地で合流。バルセロナだけでなくダリ美術館のあるフィゲーラス、ヨットを所有する友人のいるタラゴナ、ガウディの生誕の地であるリウドームスなどを共に旅して回り、彼女のポテンシャルに注目したのだった。旅には彼女だけでなく妹さん、そしてイギリスから合流した幼馴染みの舞台作家F君らもいて、賑やかだった。
彼女は私よりふた回りほど若い、親子ほど年齢差のある貴重な友人。今後の活躍に期待している。

気は心。とはいえ、
通じ合う心は一瞬にして消え去る。
追うは無用。とはいえ、
去るを追う幻(まぼろし)こそ希望。
よくわからぬまま、線香花火に火を灯(とも)す。
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