« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »

2007年9月29日 (土)

満月じゃないけれど

20070926_0576ca
 
20070926_0562d2a
 
仲秋の名月を撮りました。三日前の夜のことです。でも、満月じゃありません。
 
上の写真は200ミリ、下の写真は400ミリの望遠レンズで撮影したものです。この小さな写真をクリックすると、原寸大の写真が表示されまっせ。 原寸大というのは、100%表示のこと。オリジナルの写真では、月はちっちゃく写ってますが、トリミングしてるので月が大きく見える。
 
200と400だと2倍だけど、面積は4倍になるのね、って、この写真を見て実感しました。計算上では当たり前のことだけど…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月25日 (火)

検査結果

案の定の検査結果が出たが、最悪の結果ではなかった。医師は、盲腸の手術をするみたいに淡々と事務的に話をしてくれた。「患部以外は全くの健康体だよ」という話が、何よりの励ましだった。

20070925_0538c

20070925_0541c

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月22日 (土)

チャラにしたいとき

20070921_0480c

ありったけのタバコとすべての喫煙具を、旅行バッグに詰め込み鍵をかけ、喫煙を封印したのは、9月11日のことでした。

「なんだ、まだ十日しか禁煙してないじゃん」

と、あなたは言うかもしれません。

確かに十日ほど前のことです。認めます。でも、「禁煙」という言葉はいけません。なぜって、愛煙家である私が禁煙する必要はないからです。いつもの気まぐれで、喫煙をちょっとの間、「封印」してるだけなんですから。

ちなみに、紙巻きタバコは嫌いです。葉巻とパイプしかやりません。気兼ねなく楽しみたいので、愛煙家なので、人前では喫煙しません。

20070921_0467c

パイプ煙草は35缶と9パック残っていました。葉巻は80本くらいでしょうか。ヒューミドールに入りきれないものは、加湿器を入れたジップロックに小分けにしました。タバコの葉が熟成してくれるように。ライターやパイプ、葉巻カッターといった喫煙具は、端切れなどで包み、革のセカンドバッグごとしまいました。

その朝、なぜそんなことを急に思い立ってしまったのか、理由はよくわかりません。ただ、優先すべきことを後回しにしている自分のことが、ちょっと好きでなくなっていたような気はします。

十日ほどで劇的に品行が改善されるわけありませんが、よく歯磨きするようになり、歯茎がすごく元気になった分、それだけは良かった、って気はしてます。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年9月21日 (金)

築地の残暑

これから、どうも築地あたりでお世話になりそうな嫌な予感。まあ、長いことほったらかしにしていた自分のせいだけどねえ。

20070920_0439c

この病院で本日は問診を受けたが、間違いなく入院になるようだ。

20070920_0421c

築地には古い建物が残ってますなあ。

20070920_0424c

築地の交差点。

20070920_0428c

20070920_0430c

怪しげな「築地中華ビル」は今にも倒壊しそうだが、リフォーム中。友人のデザイナーはまだ、ここで仕事をしているという。

20070920_0431c

9月も20日になろうとするのに、今年はまだまだ暑い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月16日 (日)

赤門まで30分、とはねえ…

20070927_0624c
 
赤門といえば東京大学。その赤門のまさに正面で開業しているクリニックに何回かお世話になってきました。

診療の内容は大腸検査。ここは友人から紹介してもらった専門医がいるんですよ。まあ、その検査で九死に一生を得るってこともあるんですよね。インターネットからの予約しく受け付けてない専門医は、いやあ、本当に名医でした。
その検査結果はどうでもいいことなんだけど、うちから東大までこんなに近いとは思わんかった。水天宮から大手町を経由して本郷三丁目で降りる。電車に乗ってる時間は10分もないなんてねえ。

遠くて近い存在、近くて遠い存在ってありません?

ホントは近くにいたいのに、離れてしまう。気になってしょうがないのに、後回しにしてしまう。
そうして、取り返しがつかなくなる。

ちょっと、話が違ってきたみたいですね(笑)。
 
 
雨が降り出した本郷の交差点付近
20070927_0625c
 
本郷三丁目の駅
20070915_0218rc

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月 8日 (土)

純名りさ/ミスティ・ムーン

Risa_junna2007
この画像は「純名りさ」さんの公式ホームページのトップ画面(http://www.risajunna.com/top.html)です。画像をクリックすると、もうちょっと美しい画像が表示されます。写真の部分は、今年(2007年)8月22日に発売されたCDのジャケットに使われてます。

「こんなに歌唱力があるなんて、知らなかったぞ! これほどの歌い手をほっとくなんて、もったいないじゃないか!」

これが、そのCDを初めて聴いたときの印象でした。以下の9曲が収録されています。

1.オーヴァー・ザ・レインボウ(5:58)(英語)
  ~ミュージカル「オズの魔法使」
2.月の庭(4:58) 詞・曲:松本俊明(日本語)
3.ストレンジャー・イン・パラダイス(4:30)(英語)
  ~ミュージカル「キスメット」
4.白鳥 [SWAN](3:05)(アリア)
  ~組曲「動物の謝肉祭」
5.ムーン・リヴァー(4:14)(日本語)
  ~映画「ティファニーで朝食を」
6.コーリング・ユー(4:32)(英語)
 ~映画「バクダッド・カフェ」
7.スマイル(3:28)(英語)
 ~映画「モダン・タイムズ」
8.アヴェ・マリア(3:47) J.S.バッハ/グノー
9.ムーン・リヴァー(4:25)
  ~映画「ティファニーで朝食を」

驚いたことに、彼女にとって初めての本格アルバムだそうです。この歌唱力があれば、もっともっと、ヒット曲があってもおかしくありませんからね。

このCDですが……彼女にとって、エポックメイキングとなるアルバムになることを予感させます。なぜなら、伸びやかな美しい声が心地よく、やさしい歌声が心穏やかにさせてくれると同時に、洗練された正確な音程が凛とした姿勢を感じさせるのです。質の高い安らぎを与えてくれるアルバムだからです。世の名だたる作曲者たちが、きっと注目しているに違いありません。

とはいえ……このCDは、宝塚の音楽室で(って、その存在すら知りませんが)、彼女の歌唱練習をすぐそばで聴いているような感じがします。なぜでしょう?

ひとつは、収録された9曲すべてが同じようなスローテンポだからです。1つのまとまったアルバムとして通して楽しむには、あまりにも退屈です。夜に寝しなや、落ち込んだときとか、自分に安らぎを取り戻したいときに聴くとすれば、最適かもしれません。

また、9曲のうち6曲を英語で歌っているのですが、彼女の発音はいただけません。ネイティブとまったく同じ発音ができないのは仕方ありませんが、それっぽく聞こえるような発音はいただけません。会話レベルではOKですが、歌という表現形式では通用しません。

ニューヨークに一時滞在し、NHKの「今夜もシャベらナイト」にゲスト出演するなど、英語も流暢であるという彼女に対する評価は高いのですが、英語という言語が持っている音の美しさを、彼女が本当に理解できているのか、ちょっと疑問です。

英語という言語の持つ美しさを表現するには、いくつかのポイントがあります。例えば、日本語では同じように「い」と聞こえる音を、どう区別して発音できるか。例えば、アクセントをどこに置き、強弱をどう区別するか。英語という言語は、そうして美しいリズムを奏でないと成り立たないものだからです。そうして生まれたのがミュージカル。日本語でのミュージカルが、いま一つ日本の大衆に支援されないのは、言語の美しさに対する自然な感性です。

それに、このCDから聴こえてくる彼女の声は、オペラ歌手ほどの声量も迫力もなく、まるで宝塚の舞台で歌っているように聴こえました。彼女の歌声が人の声でなく、ひとつの楽器のような錯覚さえ覚えました。もうひとつ言わせてもらうと、アルバムの曲の並びに私は必然性を感じないのですが、並びの理由を聞いてみたいです。

人の声は、いかなる素晴らしい楽器演奏をも凌駕する、といいます。彼女の素晴らしい声が楽器の一つであっては、あまりにも悲しいことです。彼女の歌声は、女優の余技ではありません。アルバムの2曲目に収録されている「月の庭」は、シングルカットしてしかるべき名曲です。

このアルバムは、「純名りさの現状報告」という感が強いのですが、彼女にとってエポックメイキングになることは間違いありません。なぜなら、多くの音楽専門家たちの耳を改めて開かせ、それまで彼女の歌唱力を知らなかった私を含めた一般人たちの耳目を、大きくこじ開けるきっかけになった、と感じるからです。

さて、次のアルバムが彼女にとって、さらに大きな意味を持つことになるでしょう。今回と同じような現状報告的な、固定ファンが満面の笑みで迎えてくれるアルバムであれば、次のアルバムも、自身で選曲し、自身で気持ちよく歌ったアルバムがふさわしい、と思います。とはいえ、もしも、「純名りさ」という歌い手が持っているポテンシャルに本気で賭けたいと思うのであれば、別の選択があるはずです。それには、まず、自身の趣味趣向から切り離した別の存在を設定することが第一条件でしょう。そして、その存在を客観的に正しく評価できる音楽家がプロデュースし、その企画を受け入れること。いわば、「自身からの脱皮」です。

脱皮するまでもないポテンシャルは多々あれど、惜しまれて消え去るポテンシャルも、数多(あまた)あります。脱皮すべきポテンシャルはまれなれど、機会を逸すれば一瞬にして消え去ります。

「純名りさ」という歌い手のポテンシャルを消してはなりません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »