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2008年7月31日 (木)

プロテクトレンズの生涯

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プロテクトレンズを割ってしまった。十年以上使っていた。プロテクトレンズというのは、レンズ本体の前に装着する薄い補助レンズ。レンズ本体のデリケートなガラス部分に、直接触れないよう保護するのが本来の役割り。中にはフィルターの役割を持つものもある。

そのプロテクトレンズを割ってしまったのは、地下鉄の階段でカメラの入ったバッグを落としたから。原因は明らかに不注意。とはいえ、単なる「不注意」として片づけられては、ちょっと不本意じゃないだろうか。

なぜって、このプロテクトレンズはもう瀕死の状態にあったからだ。毎日酷使され、あちらこちらぶつけられてきた十年。円形外枠の金属部はすり傷だらけ。ガラス製のレンズ部には、眼に見えぬ細かい亀裂が無数に入っていたに違いない。それでもこの十年、こいつは黙って任務を全うしてきた。頼りになる傷だらけの老兵なのだ。

そして、昨夜のこと。そう、都営新宿線から半蔵門線へ乗り換えるために下車した九段下駅。下り階段でカメラマンバッグをかけた肩から肩ひもが外れ、バッグを階段に落としてしまった。かろうじて肩ひもを右手でつかみ、バッグが階段を転げ落ちることは防いだ。

しかし、何か嫌な予感がしたんだ、その時。いかにカメラマンバッグが頑丈にできていても、カメラが厚手のクッションに守られているとはいっても。もしも階段の角や石ころとか、突起物に当たったりしたら、破損する可能性は十分にある。すぐに私はバッグからカメラを取り出してみた。残念ながら、嫌な予感は当たっていた……。丸いガラスの上に白い稲妻が数本走っていた。

とはいえ、レンズ本体を強い衝撃から守るため、文字通りプロテクトするため、このプロテクトレンズは自分の身を割ってレンズ本体の危機を救ってくれた。このプロテクトレンズは任務を全うしたのだ。「不注意」で割られた、では不本意だと思う。

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アディオス! と別れを告げる前に、何枚か撮影した。

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2008年7月28日 (月)

人形町のコインランドリー

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先日、人形町でウナギの蒲焼を食べると、その向かいにコインランドリーを見つけた。

思えば、コインランドリーを利用しなくなって、もういったいどれくらいたつだろう。三十年くらいか。いや、もっと前か…。いや、いや、待てよ。そう言えば数年前、乾燥機だけ使ったことがある。あれは、南青山の風呂屋の隣りにあったコインランドリーだった。

コインランドリーにある大きなドラム乾燥機で洗濯物を乾かすと、布地がカラッとフワッと仕上がるから好きだ。それだけじゃない。木綿の生地を詰めたいときにも有効になる。

新しく購入した空手の道着が少し大き目。だからちょっと縮めたい。コインランドリーがどこかにないかな、と探していたのだ。人形町の風呂屋付近を探してもなかったので、半ばあきらめていた。鰻を食って店をでてきたら、ほぼ店の正面に紫やら赤やらののぼりがはためいているでないの。

その翌日。日曜日は蒸し蒸し。外を歩くのは嫌だったが、コインランドリーで道着を乾燥させて縮めたい気持ちには勝てなかった。うちで洗い脱水した道着をかかえ、歩くこと数分。コインランドリーのドラム乾燥機に道着を放り込むと、汗がブッと噴き出した。タイマーを40分間に設定し、近くの「スタバ」に避暑しばし。

少し時間が短いかと心配したが、道着は40分の乾燥でカラリと仕上がっていた。しかし、縮み具合はいまいち。道着は買い立てでないと、縮み幅は少ないようだ。残念。

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2008年7月27日 (日)

真っ赤な夕焼けを逃す

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夕刻、外を眺めると真っ赤に染まっていた。しばらく見とれていたが、その最後の赤味をかろじてカメラに収めた。本当はもっともっと真赤に染まっていた水天宮の夕焼けを撮影した。この夜、東北地方で震度6強の地震があった。東京も震度3弱くらいの体感あり。

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2008年7月26日 (土)

『ガウディの謎に満ちた世界』

 この暑いさなかの二週間ほど、ちょっと興奮状態が続いています。そのわけは、ずっと気になっていた本をやっと手に入れることができたからです。

 その本は2冊組みなのですが、ハードカバーの立派な装丁。サイズがA4版と大判で、しかもそれぞれ400ページ前後ある大著です。25年前にスペインで出版されたアントニ・ガウディの建築に関する研究書です。
 ひとりの学生が数年におよぶ自らの研究をまとめたものであるため、出版されたものの市販はされず、部数もわずか。とはいえ、その本によって、サグラダ・ファミリア聖堂に散在していた建築模型が系統だって整理され、聖堂の主任建築家がガウディ建築に秘められた基数を発見する契機を与えた、といわれています。
 そんな本なので、入手するのが非常に困難。しかもスペイン語で書かれているため、はなから入手しようなんて、思ってもいませんでした。ただ、そこに収められている図版の数々が素晴らしく、図版だけでも見ることができたらいいな、とは思っていました。

 私が大学関係者なら、普通に問い合わせて入手できたかもしれませんが、個人的にガウディ建築を追いかけている学外の人間では、ままなりません。ところが、今月14日のことです。その著者と会うことになったのです。

 午後2時半。

 うだるような暑さのなか、彼は資料の入った重そうなバッグを肩にかけ、汗だくでやってきました。

「一時間ちょっと時間をいただければ」

 という約束だったにも関わらず、彼は三時間ほど私に付き合ってくれました。そして別れしな、あの本を渡されたのです。あまりの感激に、私は言葉が出ませんでした。

 本のタイトルは『El Mundo Enigmatico de Gaudi』。読み方は、エル・ムンド・エニグマティコ・デ・ガウディ。ほとんどローマ字読みで大丈夫。mundo(ムンド)は「世界」、enigmatico(エニグマティコ)は「謎めいた」という意味なので、日本語にすると、『ガウディの謎に満ちた世界』というタイトルになるでしょうか。スペイン語で書かれたその本の著者は、鳥居徳敏氏。日本人だったのです。

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 彼はこの本を出版した1983年の翌年、帰国。建築事務所で建築設計の業務につきながら、『アントニオ・ガウディ』、『ガウディの建築』、『ガウディの七つの主張』(いずれも鹿島出版会より発行)という三部作を立て続けに発表しています。十年ほどの建築設計業務を経て、神奈川大学の教職につきますが、そこでも独自のガウディ論、スペイン建築史論を展開し続けています。その中でも『ガウディ建築のルーツ』(鹿島出版会)は、スペインで著した本をさらに理論展開した名著として高く評価されています。

 さて、私は鳥居氏よりいただいた分厚い2冊の本を抱きかかえるようにして帰宅すると、さっそく開いてみました。

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<図版編>

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<テキスト編>

 すると、驚いたことに、読めるんです、スペイン語が…。もちろん分からない単語だらけなのだけれど、調べればほとんど理解できるのです!
 その要因はなんだろう、と考えてみました。ガウディ建築に関する知識が少しあることで、書かれている内容を予測できること。最近始めたスペイン語のレッスンで、言葉の成り立ちに慣れてきたこと。鳥居氏の著作を熟読していること、などが思い当たるところでしょうか。とは言っても、正しく理解できてると思ったら大間違い。そんな風に自分を抑えながらも、この十日ばかり、興奮気味のままこの本を読みふけっているのであります。

 ちなみに、私はこのブログのほかに、もうひとつをブログをつくってるんですが、そのタイトルは「ガウディの謎」。そしてそのサブタイトルは、「ガウディの謎に満ちた世界 El Mundo Enigmatico de Gaudi」。そうなんです、この本のタイトルを使っているんです。
 本の入手をきっかけに、もうひとつのブログのほうも、もう少し頻繁に更新していけるかもしれません。

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2008年7月22日 (火)

夏はひまわり

今年、セミの声を聴きましたか?

私が聴いたのはつい先日のこと。四ツ谷駅近くの雑木林の中でした。もっと早く聴いてる人っているのかな? セミの声が聴こえてくると、暑さがミンミンしみますね。

そして、夏といえば、ひまわり。

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       <活花はバランスが難しいらしい>

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     <背景が変わると違った印象を見せる>

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      <種にピンとを合わせるとドキッとする>

暑中お見舞い申し上げます。

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2008年7月19日 (土)

夏のグラウンド

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「ボク、帰る」

彼は試合に負けたらしい。

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乾いた土に染みる水。水にからまる虹。日本は水の国。

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2008年7月18日 (金)

若水航海記

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    <タラゴナのヨットハーバー 2007年4月21日>

彼は大病を患ってしまった。

私と同じ病気だった、という。病状は私よりずっと悪化していた。手術でからくも命は取り留めたものの、その後の化学療法とレーザー治療の副作用に彼は苦しめられた。

それから三年後、彼は奇跡的に病魔から解放され、そして、若い頃に大好きだったヨット生活を再開したのでした。

昨年のこと…。私は一人の共通する友人を介し、タラゴナというスペインの古都で彼と知り合いました。ハーバーに停泊中だった彼のヨットに友人と招かれたのです。その後、日本に帰国した私は、図らずも体調を壊し半年ほど療養生活を強いられました。その間、同じ病気だったこともあり、彼からリハビリについてのアドバイスや、有形無形の支援を受けました。

そんな彼は、地中海から大西洋を横断するレースに参加し、カリブ海にて年を越し、パナマ運河を抜け、ガラパゴス諸島に立ち寄り、ガラパゴスから二十日間の航海を経て、昨日(2008年7月17日)、タヒチ近くの無人島に錨を下ろしました。

彼は「若水」というカタマラン型のヨットに乗っているのですが、「若水航海記」というブログにメッセージをアップしています。洋上を航海中はイリジウム電話機での通信となるため、自分でブログを開いてメッセージをアップできません。そんなときは、二日に一度くらいの頻度で私にメールが送られてきます。そのメッセージを彼になり替わって私がブログにアップしたりすることもあります。

若水航海記」(「若水」艇長 菅原廣さんのブログ)

棺桶に半分足を突っ込んだ中年男たちの道楽は、これからも気を失うまできっと続くでしょう。どうです、みなさん? 「若水航海記」を見ながら、南太平洋の航海をご一緒に満喫してみませんか?

菅原氏の無事な航海を切に祈る!

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2008年7月 5日 (土)

ポール・ポッツと龍角散

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         <薔薇の蕾が花開きました>

世の中は知らないことだらけ。1つ知ると、疑問が3個は増える、という。そうして、知りたいことが指数級数的に増殖していく。知れば知るほど、知りたいことが増えていく。困ったものだ。

ポール・ポッツという歌手を知ったのは、つい先日。mixiの友人がメッセージにアップしていたのだ(↓)。メッセージに貼り付けられていたYouTubeへのリンクで、その様子を知ることができる。

…(以下、引用文です)
少年時代からいじめにあって来たという彼が、“自分の歌声だけが友達”と、様々な苦難と挫折を乗り越え、ついに36歳になった2007年、オーディション番組『Britain’s Got Talent 2007』に出場。名曲「誰も寝てはならぬ」を熱唱し、はじめは全く興味を示さなかった会場と審査員を瞬時に熱狂の渦に巻き込み、見事優勝を勝ち取った。


<予選>
http://jp.youtube.com/watch?v=DcZcFssyJ-4

<Semi Final>
http://jp.youtube.com/watch?v=rDB9zwlXrB8&feature=related

<Final>
http://jp.youtube.com/watch?v=K_5W4t_CBzg&feature=related

…(以上、wakwak♪さんの記事より引用終わり)

私は予選の様子を何度も何度も観た。なぜ訴える力をこの人は持っているのか、ずっと考えている。

2008年7月5日の今日、ポール・ポッツが急きょ来日。「龍角散」のCM撮影のためという。昨年、世界を席巻した男は今年、日本の茶の間をもにぎわすのだろうか。

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2008年7月 1日 (火)

欠席しないこと

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       <花はいつもフォトジェニック>

「変わらなきゃ」と意を決しても、何も変わらぬことばかり。

活けられた花を見ながら、「月が変わったから何か目標を立てよう」と思い立つ。何を決めたかと言えば、「習いごとを欠席しないこと」。毎週水曜日のスペイン語教室と、毎週日曜日の空手の稽古。決めごとは、それだけにした。

スペイン語教室はこれまでも欠席してはいないが、効果がさほど望めないことが分かってきた。それで、何か理由をつけて辞めようかと思うところがあった。しかし、教室で習うという新鮮さはあり、やり方次第でスペイン語との付き合い方をつかめる可能性は高い。実際のところ、全く手も足も出なかった建築関係のスペイン語の文献さえ、かなり読めるようになっている。ひとつの大きなハードルを越えた感がある。

空手の稽古は、とにかく体力的にしんどい。いや、精神的に追い込まれることのほうが大きいかもしれぬ。他の人と比較するのでなく、自分自身の納得がいくかどうかが問われる稽古だからだ。休んでも誰からも問われない。毎週、楽しみにしているくせに、弱くて怠け者の自分が「準備ができてないから休んだほうがいい」などと、うまい理由をすぐに見つける。何かと理由をつけて休みたがるが、道場にひとたび足を踏み入れ、師匠にひと言でも指導を受けると、その充足感たるや言葉にできぬくらい嬉しいくせに、である。

本当はもっと自分に課した、やるべきことがある。本来なら、そちらの方で何か決めるべきなのだろうが、決めても決めても、その方面のToDpリストにチェックマークがつかぬまま。というわけで、周辺の外堀から埋めて攻め込んでみるか、と、いいわけなのだ。

花は偉い。いつも裏切らない。そんなふうになりたいものなのだが、鼻づまりで風邪気味なボンヤリした頭では、「欠席しないこと」くらいしか考えられないようだ。

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