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2008年11月 7日 (金)

人生を素人のまま生きろ

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RUMちゃんちでのパーティの最中に携帯電話が鳴った。兄からの電話だとわかり、放っておいた。「いよいよきたか」と感じたからだ。

翌日の早朝、兄からの電話がまた鳴った。長く臥せっていた加古川の伯母が逝った、という。
「わかってるよ」と答えると、「そうか」と言って兄は電話を切った。今週の初めから、それは予感されたことだった。

「来週の火曜日に高槻に行く用があるから、
 ついでに加古川まで見舞いに行くからさ」

という軽口を、電話でどうしても伝えられなかったのは、 そうしちゃいけない何かを感じたからだった。

その昔、私が十代だった頃、私は伯母のお気に入りだった。冗談だったのかもしれないが、伯母は私に家を継がせようとしたことがある。伯母の家はいわゆる「一家」を構える存在だった。私は、やりたいことがあるから、と、若気の至りでむげもなく断ったのだが、そのときの伯母の顔を今でもはっきり思い出すことができる。そして、別れ際、伯母はこう言った。

「お前は人生を素人のまま生きろ。
 お前だったらできるかもしれん」

と。

今夜、騒々しい通夜とか葬式でなく、予定通り、高槻に行ったついでに会いに行くから、人生を素人のまま生きてるかどうか見てくれよ、と、私は伯母に告げた。

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コメント

「人生を素人のまま生きる」とは、
「人生を<素直に>生きる」ってことでしょうか?
人からも自分からでも、変に「玄人(くろうと)」面(ずら)しようとすると、「素直さ」を欠く人生を生きるような気がします。

「人生を素人のまま生きる」とは、結構大変なことと思います。

投稿: mohariza | 2008年11月 7日 (金) 15時51分

>moharizaさん

コメントありがとうございます。

伯母が言ったのは、「社会の位置づけやしがらみ、あるいは常識から離れた自由な心持ちと感じ方をしなさい」という意味ではなかったかと、私は解釈しています。

社会的に見ると無茶な行動ですね。とても難しいことですが、私のようにメインストリームから少し外れたところにいると、無茶をしても許される場合があり、比較的実行しやすいかな、と感じています。

というか、あの言葉がなければ、内定を蹴らないで機械工学の世界への道をまっしぐらに走っていたわけで…(笑)。

投稿: kawa | 2008年11月 8日 (土) 03時03分

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