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2008年12月22日 (月)

毎度おいしいバイク便

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雨が降ってもかっぱ来て
「兄ちゃん、来たよ」と
いつも笑顔でやってくる
毎度おいしいバイク便。

母親がつくる田舎味噌、
畑でとれる白菜、トマト、
つきたてのかんころもち。

デフォルトが笑顔の彼は
疑い知らぬお坊ちゃま。

歳が離れたいとこは
きっと天然記念物。

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2008年12月20日 (土)

僕は異邦人

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香港、韓国、バルセロナと外国を旅したとき、
電車の中で味わった不思議な感覚があった。

時間的な制約や社会的なしがらみから、
そのとき、自由になれた、
と、感じた。

見るもの、聞くもの、触れるもの、
すべてを新鮮な気持ちで受け止められた気がした。

恥ずかしながら、僕はそのときまで、
旅のおもしろさを知らなかったのだ。

日本にいながらにしてその感覚を味わいたい。
そう思って始めたゲーム。
それが「異邦人ごっこ」。

ゲームにうってつけの場所は、
電車の中。

電車に乗ると、
僕は呪文をとなえる。

「僕は異邦人」

すると、ゲーム開始のスイッチが入る。
そして、世界が変わる。

乗り慣れた銀座線がバルセロナの地下を走り出す。

………

『異邦人』作詞・作曲 久保田早紀
http://jp.youtube.com/watch?v=cRolhAIOMjo&NR=1

………

夕凪(ゆうなぎ)が島を抱きしめて
赤い帆が帰る
カフェオレ色の娘が
恋人を迎えにゆく……

『真珠諸島(アイランズ)』作詞・作曲 久保田早紀)

………

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2008年12月18日 (木)

メディアを造る意思

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        ●触覚はいつも敏感に●

■先日、NHK「公園通り(再放送)」に庄野真代さんが出演していた。ちょっと彼女に関係ある友人がいるので、話のネタに観ておこうか、と軽い気持ちで流し観する。

■ゲストは彼女ともう一人いた。■見知らぬ中年女性で、芸能人らしくない物腰。しかし、おだやかで品の良い美しさがある。表情の中に強烈に惹きつける何かがある。いったい、この女性は誰だろう? ■話を聴いているうちに、その女性が久保田早紀だとわかって狂喜する。きっと同じように感じた人が数多くいるに違いない。現在は久米小百合という本名で活動している、という。

■という、というほどにしか知らない。情けない話だ。久保田早紀のCDは私にとっては定番である。■歌い手に対する感情なんて、そんなものか…。結局、自分の都合が良いところで楽をしてズボラに生きるのだ。■心地良さをたくさんもらっているにも関わらず、発信している人に何も行動を起こさない。…薄情なもんだ、と自分で悲しくなる。そうしているうちに取り返しのつかないときを迎えてしまうのだろう。

■黙って座って情報を得られることに慣れきってはいないか? ■TVとかウェブとか、そんな便利な情報発信装置から恩恵を受けることに慣れきってしまい、自分の意思まで発信源に吸い取られてしまっていないか? 画一化された情報に感情が鈍化し続けていないか?

■新しいメディアを自分から造る努力を惜しんではならない。でも、どうやって…。

■あのTV番組は途中から観たため「異邦人」を歌う声は聴けずじまい。残念だったが、最近発表した「はじめの日」は聴くことはできた。■曲想の端々に以前の久保田早紀がいた。「ギター弾きを見ませんか?」「星空の少年」「真珠アイランド」…。今も前と変わっていない。彼女にしかできないメロディ。彼女でなければ表現できない世界がそこにはあった。■それだけではない。年齢を重ね、彼女が歌うさまは優雅さを増していた。彼女の口の動きにはなんとも言えぬ品の良さがある。■二十代前半だった久保田早紀は、二十年を経て久米小百合という熟成した女性に変貌したのだ。素晴らしい。

■久米小百合がこうしてメディアに再登場してきた背景には、ZARDが「異邦人」をカバーしたためだ。ZARDの「異邦人」はカバー曲としてはお粗末なできだが、こうして時を越え成熟したひとりの女性をメディアに再登場させた功績は大きい。

■番組の締めくくりとして、庄野真代と二人で「アメージング・グレース」を歌った。庄野真代はやはり歌姫だ。うまい。声の伸びが違う。サブに徹していた久米小百合も立派だった。

(2003年10月13日(月)の日記より)

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2008年12月15日 (月)

都会の夕暮れ

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絞り値 f/2.8
露出時間 1/60
ISO速度 ISO-800
露出補正 -1ステップ
焦点距離 70mm

写真の元の大きさは、5616×3744ピクセル。

上の画像は中央部分を縦にトリミングし、
縦の大きさを800ピクセルに縮小したもの。

写真の上のほうに金星らしき明るい星が
出てるんですが、見えるでしょか?
縮小すると、つぶれることが多く悲しいです。

Canon EOS 5D mark Ⅱ試写。

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2008年12月11日 (木)

思いがけぬ出会い

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夕刻、私は長い長い地下通路を歩いていた。

銀座線と半蔵門線の乗り換え駅の1つである「三越前」は、乗り換え口までひと駅分ほどある。その連絡通路は広く長くまっすぐ。だから、ひたすら歩く、歩く。

自分の足音を聞きながら歩く。
後ろからの足音に押されながら歩く。
押し出されるところてんのように歩く。

そのまっすぐな通路は上下に少し波を打っている。だから、足音も波を打つ。下り坂を駆け下りるように急ぎ足になる人もいれば、惰性にまかせるだけで速度を上げない人もいる。登り坂で後続にどんどん抜かれる人もいれば、運動不足をここで解消しようとする努力家もいる。夕刻になると歩く人も多くなり、通路の様相はさらに複雑になる。

そんなことを考えるでもなく、ただ、人とぶつからないよう注意しながらも、歩調を回りに合わせるのは嫌だなあ、などと思いながら、私はただ歩いていた。そんな地下通路モードにひたっていたとき、突然、名前が呼ばれるのを耳にし、私は飛び上がるほど驚いてしまった。

「えっ?」

と、立ち止まって振り向くと、そこには満面の笑みの彼の顔。

「いつもとは違う乗り換えして
 気分直しでも、と、思ってたら、
 妙なものに当たっちゃったねえ」

と、Dさんは言った。

「悪いことはできないなあ。
 どこで誰に見られてるか分かりませんね」

と、私。

「元気になったみたいね」
「ご無沙汰してすいません」
「来年からまた参加したらどう?」
「まだ自信ないんですよね」
「そう。でも、待ってるから」

などと立ち話をし、週末に会う約束をして別れた。

……

もしも、余裕を持って外出していたら、もしも、電車が人身事故で遅れなかったら、もしも、打ち合わせの場所が新橋から銀座に移動することがなかったら、もしも、その後の新宿での打ち合わせが急にキャンセルされなければ…。

人形町と新橋を都営浅草線で往復するだけでした。銀座線から半蔵門線に乗り換えるために、三越前を通ることもなかったし、Dさんと会うこともありませんでした。

まあ、現実はそんなことの積み重ねに過ぎないことなんでしょうが、思いがけぬ場所で、会いたかった人と会ったりすると、いろんな偶然が積み重なった、思いがけぬ出会いだったと、思いたくなってしまいます。

でも、会いたい人にそんなふうに会っちゃう確率って高くありませんか?

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2008年12月 8日 (月)

餅つきの季節

日曜日は無理やり午前8時半起床。

30分前に相方が声をかけてくれ、用意してくれた林檎を口に頬張りながら、そそくさと準備し、外に飛び出した。気温は低かったが、空は快晴で気持ちの良い天気。

玄関を出て徒歩1分のところに地下鉄半蔵門線の「水天宮前」駅への入口がある。そこまでは水天宮のわき道を通るのだが、いつもなら参拝する車がずらりと並ぶそのわき道は、来年用のしめ飾りを準備する職人さんたちに占領されていた。

「ああ、もう正月が近いんだなあ」

と、実感する光景だった。稽古に遅刻するのは先輩方に失礼になるので、わき見してる場合じゃない。少し先を急いだ。階段を駆け下り、何のためらいもなく改札を入った瞬間、

「あれ?何か変だぞ」

と、気がついた。今日は「秋葉原」経由で「駒込」まで行くので、日比谷線に乗らねばならなかったのだ。急いでるからと言っても、一番近い駅に入ってしまうなんて、 

「何やってんだか…」

と、失笑す。すぐに駅員に声をかけ、乗車カードをリセットしてもらい、改札を出た。 

地下通路から人形町通りへの階段を上がれば、そこから徒歩3分ほど先に日比谷線「人形町」駅がある。階段を上がると、通りが人、人、人であふれていた。

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「何ごとかい?」

と、横目で見ながら先を急いだのだが、けっこう大ごとらしい。水天宮前交差点から人形町交差点までの車道は一方通行のくせにだだっ広いのだが、その半分、3車線分ほどを通行止めして、その細長い場所に野外テントがびっしり張ってある。ところどころに白い煙が見える。町内会のそれぞれの法被(はっぴ)をはおった地元の人たちが、それぞれのテントに集まっている。

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大きな臼のようなものが目に入った。白い煙は蒸篭(せいろ)から立ち上がる湯気だったのだ。

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「ああ、餅つきだ」

と、分かると、そんなことやってる場合じゃないのに、つい立ち止まり、首に提げたライカD-LUX 4を取り出していた。何枚か写真を撮った。法被(はっぴ)を着た人たちとも少し話をした。 

「10時から始まるよ」

って言われてもねえ。こちらは稽古が始まる時間だし…。後ろ髪を引かれる思いを残しながらも、

「ああ、これで遅刻だな」

と、後ろめたい気持ちで先を急いだ。

幸いなことに、電車の乗り継ぎがよく、稽古には遅刻しなかったが、その日の稽古は基本稽古のオンパレード。体力を使いきり、ボロボロになって帰宅した。

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2008年12月 4日 (木)

おいしいバイク便

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五島列島に住む母親から「押し寿司」が届いたからと、いとこの哲也が落合からバイクを飛ばしてやってきた。

叔母から届けられたのは「押し寿司」だけかと思っていたら、畑でとれたどでかいカブ3つに元気そうなトマト1パック、沖で釣ってきたという鯵(あじ)2匹。そして、新聞紙に包まれた土がついたままのさつまいも数個も含まれていた。

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夕餉は塩焼きの鯵とカブの煮物をおかずに押し寿司二つ。

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田舎では押し寿司はお祝いの一品。ずっと昔、叔母の結婚披露宴の席でも見たことがある。そのいくつかを小さかった頃の私も、母親におそわりながらせっせと寿司を押して作った記憶がある。

叔母は果たして覚えているだろうか。

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