母恋し
両親に頬をひっぱたかれたことは一度もない。そのかわり、「言うこと聞かぬ大バカ者め」と、何度となく叔父や叔母にひっぱたかれた。私の周りには教育係がたくさんいた。そして、ちょっといけない遊びもこっそり教わった。そんな中でも最も危ない遊びを教わり、頻繁にひっぱたかれた叔母が、エイプリル・フールの日に逝った。十二人いた父方の兄弟姉妹たちは、これで、私の産湯を沸かしてくれ叔母一人だけとなってしまった。
遺影を抱える従姉妹は妹みたいなもの。ただ、そばにいるだけで、なんとも言いようがなかった。
叔母の葬儀が終わり、兄が守る実家の二階で寝そべっていたときのことだ。そこには両親の遺影がある。その写真を眺めていたら、どうしようもなく腹がたってしまった。これまで何度も眺めていて気にはなっていたのだが、その稚拙なフォトレタッチにもう我慢ならなくなってしまったのだ。
いて当たり前の人が、一人、また一人、とその場から去っていく。そのことを、今回の葬儀で実感した。遺影をつくった時の事情を話せる人がいなくなったら、母のことをよく知らぬ人にとっては、そのしょうもない写真が母の実態になってしまう。「そ、それは、許せない!」 急に腹が立ってしまった原因は、そこにあった。
「あの遺影だけどさ、かあちゃんと違うやろが。やり直そうよ。俺がやるからさ」と、兄に相談すると、苦笑しながらも承諾してくれた。東京の自宅に戻るとき、「一週間で戻すから」と約束し、ほこりが被ったアルバムの中から5冊ほど持ち帰ってきた。
持ち帰ったアルバムは、たまたま母の写真ばかりだった。母が記した覚書もあちらこちらに残っている。アルバムのページをめくっていると、アルバムを置いた台の上がざらつく。長いこと押し込められてた時の塊が弾け、独特の匂いを発する。
色あせた写真眩し母恋し。
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