« スーツの日 | トップページ | エル・カプリーチョの立て直し »

2009年4月10日 (金)

母恋し

両親に頬をひっぱたかれたことは一度もない。そのかわり、「言うこと聞かぬ大バカ者め」と、何度となく叔父や叔母にひっぱたかれた。私の周りには教育係がたくさんいた。そして、ちょっといけない遊びもこっそり教わった。そんな中でも最も危ない遊びを教わり、頻繁にひっぱたかれた叔母が、エイプリル・フールの日に逝った。十二人いた父方の兄弟姉妹たちは、これで、私の産湯を沸かしてくれ叔母一人だけとなってしまった。

2009_04_02_207cg

遺影を抱える従姉妹は妹みたいなもの。ただ、そばにいるだけで、なんとも言いようがなかった。

2009_04_10_1342c

叔母の葬儀が終わり、兄が守る実家の二階で寝そべっていたときのことだ。そこには両親の遺影がある。その写真を眺めていたら、どうしようもなく腹がたってしまった。これまで何度も眺めていて気にはなっていたのだが、その稚拙なフォトレタッチにもう我慢ならなくなってしまったのだ。

いて当たり前の人が、一人、また一人、とその場から去っていく。そのことを、今回の葬儀で実感した。遺影をつくった時の事情を話せる人がいなくなったら、母のことをよく知らぬ人にとっては、そのしょうもない写真が母の実態になってしまう。「そ、それは、許せない!」 急に腹が立ってしまった原因は、そこにあった。

「あの遺影だけどさ、かあちゃんと違うやろが。やり直そうよ。俺がやるからさ」と、兄に相談すると、苦笑しながらも承諾してくれた。東京の自宅に戻るとき、「一週間で戻すから」と約束し、ほこりが被ったアルバムの中から5冊ほど持ち帰ってきた。

持ち帰ったアルバムは、たまたま母の写真ばかりだった。母が記した覚書もあちらこちらに残っている。アルバムのページをめくっていると、アルバムを置いた台の上がざらつく。長いこと押し込められてた時の塊が弾け、独特の匂いを発する。

1941_07_d

色あせた写真眩し母恋し。

|

« スーツの日 | トップページ | エル・カプリーチョの立て直し »

コメント

ガウディカレンダーでお世話になっとります。ブログ初めて見たよ。なかなかよか話ばしとるよ。感受性が磨かれて楽しか内容ですばい。母上の若い頃の写真は始めて拝見したけどすぐ判ったばい。なつかしかとです。よか人達が亡くなられていくけどそのように体験を通じて私達子供、孫達も強くて辛い磨かれ方をして行くとですばい。次回母上写真の修整された分ば見せて下さい。

投稿: ヤナンデルタールヒロポリタン | 2009年6月 2日 (火) 16時20分

 hiroshiさん、コメントありがとうございます。

 母ちゃんの顔、やっぱ、すぐ分かったやろ。大きくプリントした写真ば、長崎の兄貴んとこに送っとっとさ。

 えっと、この二三年、ブログとの距離感がとれず、更新する頻度がすっごく落ちてました。最近、やっと、ある決意が生まれ、更新をまた開始します。また、いらしてくださいませ。

投稿: kawa | 2009年6月 6日 (土) 15時12分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/49806/44622938

この記事へのトラックバック一覧です: 母恋し:

« スーツの日 | トップページ | エル・カプリーチョの立て直し »