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2009年7月15日 (水)

日本橋人形町『六兵衛』

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先日、思い立って新しい寿司屋を開拓した。

足を運んだのは「人形町通り」から浜町方面へ二つほど小さな通りをやり過ごした下町の寿司屋。入口は狭く質素。店頭にお品書きなし。場末の店か、はたまた、ぼったくりの店か。この手の店は人形町によくある。特に寿司屋は値が張るから始末が悪い。初めての、この手の寿司屋に入るときは、いつも不安ばかりが先に立つ。

引き戸を開けると、奥が広く開けており、驚く。右手奥に板前三人がつけ台の中にいた。手前に四人座りの囲み席二つ。その一つに四人の男女がチラシ寿司を食べながら談笑していた。つけ台の手前と中央に二人客が座っていた。

入口に突っ立った僕ら二人に近づいてきた女将は、当たり前のように僕らをつけ台奥の一番良い席に案内してくれた。

「初めてなんですが、お昼のメニューとかあるんですか?」
と、席に着くなり目の前にいた若い板前に問う。

「ランチメニューは特にありませんが、『一人前』をご用意しております。2100円と2900円。同じ値段で『ニギリ』と『チラシ』。ほかは、お好みで」
と、無駄のない言葉が返ってきた。

「そう。じゃあ、やっぱり、初めてだし。『ニギリ』にするよ。せっかくだから、2900円のほうで、お願い」
「お二人様とも?」
「そう。先にビール1本ちょうだい」
と、知らぬ間にため口に変わっていた。

「かしこまりました」
と、若い板前は応えた。

ビールはキリンラガー。突き出しなし。なにせ寿司のお値段は2900円なのだ。中途半端な突き出しなんて出せないはず。無駄をしない、客にてらわない。そんな店主の心意気が垣間見え、きっと旨い寿司を出してくれるに違いないと、一杯目のビールを一気に飲み干した。

最初に出されたのは「まぐろの赤身」一貫。これは嬉しい。最初に「トロ」を出してくる寿司屋があるが、お好みで頼まない限り、最初のトロはご法度だろう。その赤身は少し潮気の利いた醤油ダレを付けた「漬け」に近いしろものだった。この一貫で一気に寿司の世界に入り込んだ。なぜなら、そのあと何がどんな順番で出されてくるのか、何を仕掛けてくれるのか、十分に期待できたからだ。楽しみが一気に広がり、我を忘れた。

二貫目はワラサ。季節ものの白身の魚だ。ワラサは少し小ぶりの若い鰤(ブリ)のこと。これにも少し潮気の利いた醤油ダレがかかっていた。ブリは出世魚で、稚魚の頃モジャコと呼ばれ、35センチまでをワカシ、60センチまでをイナダ(またはハマチ)、80センチ以下をワラサ、それ以上の成魚だけをブリと呼ぶ。養殖されたブリはハマチと総称されるらしい。ワラサはハマチ以上、ブリ未満ということになる。微妙な旨味を探る舌。集中していたら、次の一貫が目の前に出てきた。

三貫目はアワビだった。潮の香りを失わないほどに塩を効かせた蒸し鮑(アワビ)は、程好く柔らかく弾力があり、ひと巻きされた細目の海苔帯のほのかな香りと、上にかけられた甘目のタレが相まって、噛みしめるほどに甘味と塩気が行ったり来たり……。

潮の香りに満ち足りていると、四貫目に中トロが出てきた。素材勝負である。残念ながら私はトロの本当の旨さをよく判断できない。とはいえ、しっとりした触感が心地よく、あたかも口直しのようなさっぱり感さえあった。

五貫目は蒸しエビ。大ぶりの立派な車海老に少なからず驚く。ここで初めてネタにたまり醤油を付け、大口を開けてほおばる。六貫目はホタテ。小柱の軍艦巻だ。ぶ厚い海苔が磯の香りを引っ張ってくるが、邪魔ではない。小柱とのバランスがよい。七貫目は玉子。厚焼き玉子というより伊達巻に近い。ねり込んだ白身魚を少し甘目の卵で閉じ込めたもの。大きくはないが、食べ応えあり。満腹感一気に広がる。塩気の効いた吸い物と合わせて食べるとよい。八貫目のかっぱ巻きで仕上げ。口の中がさっぱりとして、最後の締めとして申し分なし。

お茶をすすってお勘定してもらう。
確認のため、2900円の品揃えを列記しておく。

① 赤身 (マグロ赤身に潮毛の漬け)
② 白身 (若いぶり(=ワラサ)の薄垂れ掛け)
③ 貝  (蒸しアワビの海苔帯巻き甘垂れ掛け)
④ トロ (マグロの中トロ)
⑤ エビ (蒸した大ぶり車海老の薄垂れ掛け)
⑥ 貝  (帆立小柱の軍艦巻)
⑦ 玉子 (伊達巻風厚焼き玉子の寿司)
⑧ カッパ巻き

すべて一貫ずつ。余分なものなし。すべて仕事が行き届いた絶品。ガリ、鰯(イワシ)つみれの吸い物、そしてお茶も上質、手抜きなし。

この店になんでもっと早く来なかったのかと、後悔した。実は、初めて引き戸を開けた瞬間、「この店は旨い」と予感した。こんな寿司屋、滅多にない。お試しあれ。

ニギリは技。技は人。長い時間をかけ修練した人は宝。今日は若板が握ってくれたが、本板、奥板と三世代、修練してきた技であっしをもてなしてくれるのは、一体いつになることやら……。

次は2100円の「一人前」を注文してみたくなった。品揃えを予想するのも楽しい。

○漬け (上寿司に同じ)
●鯛  (上寿司はワラサ)
●赤貝 (上寿司はアワビ)
○鮪  (上寿司に同じ)
●烏賊 (上寿司は車海老)
●いくら(上寿司は小柱)
○玉子 (上寿司に同じ)
○河童巻(上寿司に同じ)

というところだろうか。

日本橋人形町には、こんな滅多にない店が他にも隠れているのだろうか。この地に根を下して七年目。食いしん坊の探索は終わり知らず。

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