日本橋人形町『六兵衛』
先日、思い立って新しい寿司屋を開拓した。
足を運んだのは「人形町通り」から浜町方面へ二つほど小さな通りをやり過ごした下町の寿司屋。入口は狭く質素。店頭にお品書きなし。場末の店か、はたまた、ぼったくりの店か。この手の店は人形町によくある。特に寿司屋は値が張るから始末が悪い。初めての、この手の寿司屋に入るときは、いつも不安ばかりが先に立つ。
引き戸を開けると、奥が広く開けており、驚く。右手奥に板前三人がつけ台の中にいた。手前に四人座りの囲み席二つ。その一つに四人の男女がチラシ寿司を食べながら談笑していた。つけ台の手前と中央に二人客が座っていた。
入口に突っ立った僕ら二人に近づいてきた女将は、当たり前のように僕らをつけ台奥の一番良い席に案内してくれた。
「初めてなんですが、お昼のメニューとかあるんですか?」
と、席に着くなり目の前にいた若い板前に問う。
「ランチメニューは特にありませんが、『一人前』をご用意しております。2100円と2900円。同じ値段で『ニギリ』と『チラシ』。ほかは、お好みで」
と、無駄のない言葉が返ってきた。
「そう。じゃあ、やっぱり、初めてだし。『ニギリ』にするよ。せっかくだから、2900円のほうで、お願い」
「お二人様とも?」
「そう。先にビール1本ちょうだい」
と、知らぬ間にため口に変わっていた。
「かしこまりました」
と、若い板前は応えた。
ビールはキリンラガー。突き出しなし。なにせ寿司のお値段は2900円なのだ。中途半端な突き出しなんて出せないはず。無駄をしない、客にてらわない。そんな店主の心意気が垣間見え、きっと旨い寿司を出してくれるに違いないと、一杯目のビールを一気に飲み干した。
最初に出されたのは「まぐろの赤身」一貫。これは嬉しい。最初に「トロ」を出してくる寿司屋があるが、お好みで頼まない限り、最初のトロはご法度だろう。その赤身は少し潮気の利いた醤油ダレを付けた「漬け」に近いしろものだった。この一貫で一気に寿司の世界に入り込んだ。なぜなら、そのあと何がどんな順番で出されてくるのか、何を仕掛けてくれるのか、十分に期待できたからだ。楽しみが一気に広がり、我を忘れた。
二貫目はワラサ。季節ものの白身の魚だ。ワラサは少し小ぶりの若い鰤(ブリ)のこと。これにも少し潮気の利いた醤油ダレがかかっていた。ブリは出世魚で、稚魚の頃モジャコと呼ばれ、35センチまでをワカシ、60センチまでをイナダ(またはハマチ)、80センチ以下をワラサ、それ以上の成魚だけをブリと呼ぶ。養殖されたブリはハマチと総称されるらしい。ワラサはハマチ以上、ブリ未満ということになる。微妙な旨味を探る舌。集中していたら、次の一貫が目の前に出てきた。
三貫目はアワビだった。潮の香りを失わないほどに塩を効かせた蒸し鮑(アワビ)は、程好く柔らかく弾力があり、ひと巻きされた細目の海苔帯のほのかな香りと、上にかけられた甘目のタレが相まって、噛みしめるほどに甘味と塩気が行ったり来たり……。
潮の香りに満ち足りていると、四貫目に中トロが出てきた。素材勝負である。残念ながら私はトロの本当の旨さをよく判断できない。とはいえ、しっとりした触感が心地よく、あたかも口直しのようなさっぱり感さえあった。
五貫目は蒸しエビ。大ぶりの立派な車海老に少なからず驚く。ここで初めてネタにたまり醤油を付け、大口を開けてほおばる。六貫目はホタテ。小柱の軍艦巻だ。ぶ厚い海苔が磯の香りを引っ張ってくるが、邪魔ではない。小柱とのバランスがよい。七貫目は玉子。厚焼き玉子というより伊達巻に近い。ねり込んだ白身魚を少し甘目の卵で閉じ込めたもの。大きくはないが、食べ応えあり。満腹感一気に広がる。塩気の効いた吸い物と合わせて食べるとよい。八貫目のかっぱ巻きで仕上げ。口の中がさっぱりとして、最後の締めとして申し分なし。
お茶をすすってお勘定してもらう。
確認のため、2900円の品揃えを列記しておく。
① 赤身 (マグロ赤身に潮毛の漬け)
② 白身 (若いぶり(=ワラサ)の薄垂れ掛け)
③ 貝 (蒸しアワビの海苔帯巻き甘垂れ掛け)
④ トロ (マグロの中トロ)
⑤ エビ (蒸した大ぶり車海老の薄垂れ掛け)
⑥ 貝 (帆立小柱の軍艦巻)
⑦ 玉子 (伊達巻風厚焼き玉子の寿司)
⑧ カッパ巻き
すべて一貫ずつ。余分なものなし。すべて仕事が行き届いた絶品。ガリ、鰯(イワシ)つみれの吸い物、そしてお茶も上質、手抜きなし。
この店になんでもっと早く来なかったのかと、後悔した。実は、初めて引き戸を開けた瞬間、「この店は旨い」と予感した。こんな寿司屋、滅多にない。お試しあれ。
ニギリは技。技は人。長い時間をかけ修練した人は宝。今日は若板が握ってくれたが、本板、奥板と三世代、修練してきた技であっしをもてなしてくれるのは、一体いつになることやら……。
次は2100円の「一人前」を注文してみたくなった。品揃えを予想するのも楽しい。
○漬け (上寿司に同じ)
●鯛 (上寿司はワラサ)
●赤貝 (上寿司はアワビ)
○鮪 (上寿司に同じ)
●烏賊 (上寿司は車海老)
●いくら(上寿司は小柱)
○玉子 (上寿司に同じ)
○河童巻(上寿司に同じ)
というところだろうか。
日本橋人形町には、こんな滅多にない店が他にも隠れているのだろうか。この地に根を下して七年目。食いしん坊の探索は終わり知らず。
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コメント
東京寿司屋は値段怖い、握り腕判らんで玄関看板見ただけ引き返す地方もん。よか店が見つかったな~。人間は魂の似たものが寄って来るからな~。マグロは上トロでも私は今でんイッチョン味が判らんけんね。逆に釣り立てのカツオや万引きには甘くて参った。べら幼魚の背切りも軟骨なので丸ごと刺身でうまかとよ。五島で食べとるんじゃなかとかね?あまりうまかとばっかし喰ってたら長崎に帰れんばい。兄達はそこそこで何でも喰うから。・・・自宅メアドより
投稿: ヤナンデルタールヒロポリタン | 2009年7月26日 (日) 17時59分
(o^-^o)
薄れる意識が消えぬうちに書きます。東京の有名なとらやのお品が届きました。あんこの味が濃くて30年前に東京の叔父がお土産で持参してくれたのを思い出しました。その土地の名産品はいつになっても流れが止まらずお店を引き続いてて、土地の人々の大事な心を思わせてくれます。佐賀の小城ようかんも良い思いでを浮かばせてくれます。本当に有りがたいことです。今朝6時半愛犬散歩で政英兄らしき人が車で出て行きました。遠かったので顔はよく見えませんでしたが、体型がそっくりでした。今寝てるハーボに夕方確認します。
投稿: ヤナンデルタールヒロポリタン | 2009年8月24日 (月) 08時52分
「旨い」という感覚はどこから来るのか分かりませんが、旨いと感じたそのときに、からだのどこかで、良い細胞が生まれている気がします。どんなふうに「良い」か定かではありませんが…。暗くなると虫たちが鳴く賑やかな季節になってきましたが、それでもお日様はまだまだ暑さを運んできます。どうかご自愛ください。
投稿: kawa | 2009年8月25日 (火) 04時46分