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2009年9月10日 (木)

こだわらぬ人

2009_08_04_3255

<仙台メディアテーク:図書館>

やはり、人との出会いが人を変えるのでしょうか。

長年に渡りほぼ毎日、丹念に書かれたメッセージを発信し続けているブログを見ていると、語るべき受け手の顔を漠然とながらもしっかり念頭に置いていることが分かる。私が十年ほど前から数年に渡りほぼ毎日更新していたウェブページを見直してみても、ある特定の読み手を意識していたことが明らかである。

数年前にブログという便利なツールが登場し、ウェブページからブログに乗り換えてみたのだが、どうも折り合いが悪い。とはいえ、当初は以前と同じノリでほぼ毎日更新していた。残念なことに、日記風のメッセージが爆発的に垂れ流しされる状況に辟易し、この二三年、乗り換えたブログの更新が滞りがちになっている。そんなブログへの思いが、ある出会いによって見直されることになろうとは、思ってもいなかった。

ひと月ほど前の話だ。東北大学で打ち合わせがあるという友人の付き添いで杜の都、仙台へ行ったときのこと。イラストレーターである友人、奈良島知行氏にとって今後の事業や広報活動を展開するために重要な打ち合わせだった。会議は短時間だったが、N氏から提示された案は非常に有意義で有難く、私も背筋の伸びる思いがした。その後、仙台にある魚が美味しい和食屋で舌鼓を打たせていただいた。大好物であるさんまの刺身は初物であったし、敬遠しがちだったほやも、生まれて初めて旨いと感じたし。さすが仙台である。微妙な味わいに浸っていると、味覚だけでなく他の感性も喚起されるのかもしれない。その夜に東京に戻らねばならず、N氏の上司であるO女史との話を泣く泣く打ち切り、新幹線に飛び乗ったのだった。

余談だが、夕方からの打ち合わせにも関わらず、午後1時には仙台入りし、伊東豊雄氏が設計した「仙台メディアテーク」を長い時間かけて見学していた。伊東氏はおそらく、現代の建築家のなかで最もガウディ建築をよく理解し、ガウディの建築思想を自身の建築に取り入れている建築家の一人といえる。そして、「仙台メディアテーク」こそ、彼の有機的建築への試金石となった記念碑的建築物。仙台市民がうらやましい。

仙台へ足を伸ばした翌々日の八月六日、会議に出席する奈良島氏に同行し、京都へ移動した。深夜、ホテルに戻りメールチェックしたら、O氏からのメールが。東京でタイトな会議があるので、せめて夕刻には旨いものを食して仙台へ戻りたい、という。「六兵衛」の話をO女史はチェックし、タイトなプレゼンをした後で息抜きになるかもしれぬ、と、私を誘ってみたのだと思う。その、なんともこだわりのない行動に私は感動した。

一泊し奈良島氏と東京へ向かう新幹線の窓からは、にわかに層を増す黒雲が見てとれた。その夕刻、とんでもない豪雨が東京を襲う。地下鉄銀座線「末広町」駅でO女史と待ち合わせたが、出口が交差点を挟んで反対側。ほんの少し歩くこともはばかられる豪雨なのだ。「鳥つね自然洞」までは駅出口から徒歩二分ほどだが、交差点を渡り店に着くまでに傘をさしてはいても膝から下はびしょぬれ。重要なプレゼン用に準備した上質の彼女の黒いヒールが台無しに…。ああ。

「鳥つね自然洞」で奈良島氏をふくめ四人で食したコース料理は、品数が少ないお手ごろなもの。はたして彼女を満足させられたかどうかは不明だが、こだわらぬ自由なその軽やかな行動に敬意を表したい。そして彼女がほぼ毎日更新しているブログでの立ち位置を見て、私もまたブログというツールを活用する勇気が湧いてきたのだった。

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