2009年9月24日 (木)

ガウディ・カレンダー2010

来年度のカレンダーを作りました。B3サイズ、月めくりの壁掛けカレンダーです。

このカレンダーはスペインの建築家ガウディの作品を紹介するもので、今回で8回目になります。私が所属している会社、グエルのスタッフが撮影した写真は5万枚を超えました。ガウディが設計した主な建築物は20数点ありますが、その中からバルセロナ周辺で目にする10作品、13枚の写真を選びました。

今回のテーマは「フォルム」。写真がモノトーンなのはそのためです。表紙の写真は「カサ・バトリョ」。夜に撮影した写真のネガなのですが、お気づきでしょうか。

今年もトライエックス様のご協力を得て、書店や文具店、デパートのカレンダー売り場、amazonなどのウェブショップで販売させていただいております。価格は2500円。また、(株)グエルのウェブサイトからも購入できるよう準備しています。

以下の画像をクリックすると、大きな画像が表示されます。

表紙 「屋上に生息するドラゴン」

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カサ・バトリョ Casa Batlló
正面屋上付近。寒風吹く真冬のバルセロナ、午前2時に撮影した写真です。建物全体がファインダーのなかでうごめいているようでした。

1月 「天に向かって落下する鐘塔」

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サグラダ・ファミリア贖罪聖堂 El Temple Explatori de Sagrada Familia
誕生の門。逆さ釣り実験で実証した重力に抗しない植物のような建築構造は、フライングバットレス支持を要するゴシック様式を超える教会建築といえる。

2月 「自然に溶け込む人工造形」

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グエル公園 Park Güell
立体道路を支える転び柱。起伏に富む傾斜地を巡る道は橋や立体道路で結ばれている。公園から出た岩をレンガ構造の柱に被覆し自然に溶け込ませている。

3月 「鉄細工の魔術師」

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グエル別邸 Finca Güell
広大な敷地の北門扉に施されたドラゴンの装飾。銅板職人の血筋を持つガウディは鉄を巧みに操るすべを熟知していた。邪気を寄せ付けぬ迫力ある作品。

4月 「海底洞窟への憧憬」

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カサ・バトリョ Casa Batlló
正面玄関。動物の骨格をモチーフにした奇抜なデザインが異彩を放つ。玄関で怪物に呑み込まれ、海底洞窟から海面を見上げているような感覚に囚われる。

5月 「モダン建築の先駆け」

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グエル酒蔵 Bodegas Güell
貯蔵庫と住居と礼拝堂を兼ねた葡萄酒工場。石造りに見えるが建築構造はレンガ造り。三角形断面の幾何学的構造体はモダンデザインと高く評価された。

6月 「伝統様式の昇華」

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カサ・ビセンス Casa Vicens
建築家に成りたてのガウディが初めて設計した個人住宅。伝統的なムデハル様式の影響を強く残しながらも、前衛的タイル張りによる斬新さ際立つ建築。

7月 「伝統を打ち砕く独創性」

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グエル別邸 Finca Güell
門に沿って建てられた馬屋の屋上。半円形の断面部から外光を入れる。塔の曲面をなだらかに装飾をするため、ガウディは初めてタイルを破砕して貼りつけた。

8月 「パラボラアーチ連鎖空間」

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サンタ・テレサ学院 Colegio de Santa Terresa de Jesús
修道院の二階廊下。パラボラアーチを連続させ光のひだを演出している。薄くて固いレンガを交互につなぎあわせる「持ち送り方式」によって実現された。

9月 「王家のゴシック様式」

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ベリェスグアルド Bellesguard
正面。城郭を思わせるレンガ構造石張り建築。フィゲーラス氏から依頼を受け設計した個人住宅。天を突き刺すようにそびえ立つ塔は王が待つ槍を想起させる。

10月 「フニクラ構造の発見」

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コロニア・グエル教会堂 Igresia de la Colonia Güell
転び柱で支えられる教会堂の地下聖堂。10年以上をかけたフニクラという逆さ吊り実験によって検証した、重力を合理的に支える構造によって設計された。

11月 「波打つ岩」

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カサ・ミラ Casa Mirà
バルセロナの中心、グラシア通り角地に立つ集合住宅。波打つ岩の外装がカッパドキアのような洞窟建築を想起させる。採光を考慮し全室異なる間取りを持つ。

12月 「押し寄せる空間」

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サグラダ・ファミリア贖罪聖堂 El Temple Explatori de Sagrada Familia
誕生の門を飾る物語と歴史が刻まれた彫塑的建築。ガウディが没した後も数多くの建築家や職人たちが、時代を超え主張や利害を超越し聖堂をつくり続けている。

裏表紙 「解説編」

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以上です。

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2008年12月27日 (土)

ミ・アミーゴ

彼は別れしなに僕をギュッと抱きしめると、何か耳元でささやいた。それは昨年の4月29日、春の気まぐれな冷気ただようバルセロナでの別れだった。

彼との約束を果たそうと帰国したものの、突然、僕は体調を崩し丸一年を棒に振った。遅れを取り戻すべく動き回ったこの半年、いくつかの成果が上がった。彼も喜んでくれるにちがいなかった。

「もう少しだね」

と…。

彼と初めて会ったのは、ガウディが生まれ育ったリウドムスというスペインの田舎町だった。ある記念式典の貴賓席に座っていた。知人から紹介され彼と話をしていると、隣に座っていた中年の女性が嬉しそうにこう言った。

「私と結婚して夫は歩けるようになったんですよ」
「ムイ・ビエン!(そりゃすごい)」

五年前に結婚した彼は三回目の再婚で92歳。歩けるようになったことも、すごいことだが、この歳にして若い嫁を迎えることが、なんともすごいことではないか。これがきっかけで気難しそうに見える彼の表情も和らぎ、話が思わぬ方向に展開したのだった。後から思えば、どうもこれが若妻の心づかいだったようだ。彼女は、夫の教え子の教え子だという。西欧では年齢の差ってあまり気にしないようだ。

その一週間後、バルセロナの彼の自宅に知人と招かれ、ある企画を実現する約束をしたのだった。ガウディと同時代に活躍した建築家ビラセカが設計した自宅マンションは、ガウディのカサ・カルベットのすぐ近く。下の画像はその時に撮影したビデオだ。

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あれから一年半、ジュゼップ・マリア・ガルーが今月11日に逝去した、という知らせが先日届いた。あのとき彼が僕の耳元でささいた言葉が聞こえたような気がした。

「ミ・アミーゴ。アスタ・ルエゴ」(友よ、また会おう)

という声が…。

無念。

 

 

彼の訃報を知ったのは、『ガウディ&バルセロナクラブ』というウェブサイトが発行するニューズレターだった。ウェブサイトからは読めないので、その内容をここに紹介しておきたい。

ガルーさんは建築史家であり、「ガウディ博物館」(The Gaudí House Museum)の館長を長年に渡ってつとめ、ガウディとガウディ建築を世界に紹介してこられた方だ。掲載された弔文は、二人の最も著名なガウディの紹介者から寄せられている。一人は、「ガウディ生誕150年祭」を指揮したり「カサ・ミラ」の展示館やさまざまな企画をされているジラール氏、もう一人はガウディ研究の第一人者バセゴダ氏である。

<from Gaudí y Barcelona Club mailing: Gaudi News Winter 2008>

•  OBITUARY OF MR. GARRUT

Our friend and collaborator, Josep Garrut i Sanroma has left us, a lamentable loss that we feel in the deepest part of our beings.   A person of indomitable will who during the long years of his existence was ready for a fight until the final moments of his life, always offering us his collaboration and friendship.
I remember the last time we were together, it was last summer, specifically the 23rd of June, for the celebration of 125 years of the Gaudi alterpiece project for the Capilla de la Santisima de la Iglesia de San Feliu de Alella.  Despite the usual aches and pains due to his advanced age, his usual conversation and optimism were clearly visible and nothing signalled his extremely sad demise.  May he Rest in Peace.

Josep Giralt

Josep Mª Garrut i Sanroma

Art historian and critic born in Barcelona in 1915, he dedicated part of his long life to creating awareness of the history of Barcelona and the history of Art in Catalunya.  Academic of the Royal Academy of Fine Arts of Sant Jordi and decorated with the Sant Jordi Cross, he died in Barcelona on the 11th of December 2008 at 93 years of age.

STUDIES

Graduate in Arts and Sciences from the University of Barcelona, he specialised in museography and history of art in Paris, Munich and Rome, and also studied plastic arts at the Sant Jordi Fine Arts High School where, in 2006, when it was then the Fine Arts Faculty of the University of Barcelona, he finalised his doctorate studies with the thesis The Timeless Universe of Gaudi.

HISTORY AND LIFE

Fervent admirer and devotee of Gaudi, his thesis was the culmination of a long and intense dedication to the artist, who he knew personally.  He devoted almost all his life to him, as an academic, as recuperator of his work, as vicepresident of the Association of Friends of Gaudi and as director of the Gaudi House-Museum of Güell Park, since its foundation in 1963 until his death.

•  OBITUARY FROM PROFESSOR BASSEGODA, CHAIRMAN OF THE GAUDI CHAIR

DEATH OF THE DEAN OF THE GAUDINIANS

Jose Maria Garrut Roma (1915-2008) during his life was an art critic, a writer, draftsman and academic, of nativities and, especially, of the work of Gaudi.  Having lived in Arcs street as a youngster, he could remember Gaudi when he was alive.  For many years he was Vicepresident of the Association of Friends of Gaudi and curator of the Gaudi House-Museum in the Güell Park, about which he published a complete guide.  He was a friend of Salvador Dali, who he frequently visited in Port Lligat, he was a profesor in the School of Fine Arts and director of the History Museum of the City.  In December of 2005, at ninety years of age, he read his doctoral thesis, entitled "L'Univers intemporal de Gaudi" which he presented with great success and energy at the San Jorge School of Fine Arts, obtaining the highest grade Summa cum laude nemine discrepante.   In 1977 he became tenured at the Royal Academy of Fine Arts of San Jorge.

His book about Catalan painting from the XIX and XX centuries is a classic on the subject and together with many other articles in newspapers and magazines  accredit him as an excellent writer in both Catalan and Castilian Spanish.

Throughout his life he experienced very happy times, such as a homage paid to him during an academic event in the Royal Chapel of Santa Agueda, or unpleasant times such as when he was on the front line in the civil war and met Durruti.   A cordial and affable man, he devoted himself to explaining the artistic beauties of Barcelona from a body he presided over in the History Museum of the City.  May he Rest in Peace and bask in the knowledge that he fulfilled his duty in spades.

Juan Bassegoda Nonell
President of the Friends of Gaudi

以上。

なお、『ガウディ&バルセロナクラブ』のニューズレターは以下のリンクから申し込めば、無料で配布を受けられる。有料でのサービスもある。また、参考までに「ガウディ&バルセロナクラブ」のリンクを以下に紹介する。

FREE SUSCRIPTION TO THE GAUDÍNEWS MAGAZINE
http://www.gaudiclub.com/registro/condiciones.asp?lang=eng

Gaudí y Barcelona Club
http://www.gaudiclub.com/

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2008年12月23日 (火)

ガウディ~知られざる生涯

先日、といっても、もう二か月ほど前の11月17日のこと、ブックデザイナーの森枝雄司さんとお会いした。白山の事務所に初めてお邪魔したのは三月末。これで二度目となる。

森枝氏はデザイナーだが、ガウディ建築にも詳しい。『ガウディになれなかった男』や『ガウディの影武者だった男』といった著作物も執筆されている。
この二冊の本はガウディの名前が冠されているが、取り上げているのは、書名からも分かるようにガウディではない。同時代に生きた別の建築家だ。前者は、当時ガウディ以上にカタルーニャのモデルニスモ運動で指導者的立場にあった、ドゥメネク・イ・モンタネールという大建築家の話。後者は、森枝氏がデザイナーとして多くの刺激を受けているという、ガウディ以上にあふれる才能を持ちながら不遇な建築家だったと評価の高いジュセップ・マリア・ジュジョール。
これらの本では、同時代を生きた建築家たちがガウディと対比して描かれているが、逆に、ガウディ建築の評価や位置づけを客観的に見ることができるため、ガウディ建築を知ることができる名著のひとつとして、私は高く評価している。

森枝氏は大学で建築を専攻したが、建築でなく出版の世界を選び、ある大手出版社で編集者として働いていた。そんな彼が、なぜこのような本を出版できたのか、そのいきさつは興味深いが、ここで詳しくは語らない。この2冊の本を価値ある存在にしたのは、彼が編集者としての冷静な視点を持っていたから、ということだけを、ここでは語っておこう。

二度目に訪問したとき、ガウディ建築を紹介するテレビ番組のことが話題になった。
「あまり良いのがない、というか、偏り過ぎる内容が多いね」
と言いながら。彼が
「この番組がいいと思うんですが、観たことありますか?」
と言って見せてくれたのが、『ガウディ~知られざる生涯~』だった。

正式なタイトルは:
『ドキュメント地球時間 生誕150年 ガウディ~知られざる生涯~』

この番組が日本で放送されたのは、タイトルどおり、ガウディ生誕150周年にあたる2002年のことだった。番組をつくったのは現地スペインの制作会社で、翻訳版がNHKから流された。

ガウディについて放送されたテレビ番組はすべて録画してるわい、と自負していたのだが、違っていた。しかもこの番組は、圧倒的にできが良いのだ。
時代背景の描写が秀逸で、産業革命から初の労働組合ができることや、人身売買などの不正な貿易で巨万の富を築いた新ブルジョアたちが贖罪の意味で寄付をした、といった、これまでになかった負の側面への切り込みもある。

とはいえ、実は、この番組のことは、森枝氏を訪問する前にYouTubeで発見し、観ていた。ガウディに惹かれている者として、スペイン語を始めた者として、ガウディ建築を語る美しいスペイン語を覚えたい。NHKに問い合わせしたら、スペイン語版を入手できるのだろうか。

【ご注意】
上で取り上げたガウディの番組は、YouTubeの利用規約に違反しているため、YouTubeから削除されている。

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2008年11月18日 (火)

ガウディと源氏物語

ガウディがなぜ多くの日本人に好まれるのか、そのひとつの答えを見つけた。

それは、『源氏物語』の存在だ。この物語が書かれたのは、ちょうど今から千年前のこと。周知のごとく、物語は光源氏の色恋の話なのだが、登場人物の感情が自然、ありとあらゆる生き物を通して描かれている。千年前の世界を思い浮かべたとき、花鳥風月に感情を投影したあのように繊細な世界はほかに類を見ない。千年前のイギリスにあったか。フランスにあったか。スペインにあったか。答えは否だ。もちろん伝説はあるだろう。ただ、肝心なことは自然とのかかわり方が違うこと。

ガウディが設計した建築物を見たとき、多くの人は「まるで生き物のようだ」と評する。多くの日本人がガウディに共感を覚えるわけは、長年に渡り培ってきた自然とのかかわりにあるに違いない。

一週間ほど前、「サイエンス・イラストレーション」について「JT生命誌研究館」にて、館長の中村桂子さんにお話をいただいたのだが、そのときに引き合いに出された『源氏物語』への女史の思いが、東京へ戻る車中、私の中でガウディにつながった。

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2008年11月 5日 (水)

ガウディ・カレンダー2009

来年度のガウディ・カレンダーをご紹介します。小さいサイズのイメージ画像をここに添付しますので、ご覧になってください。

今回のテーマは「抱擁」。ガウディの建築物が持つ奇抜さより、包み込む安ど感を与えるような写真を選んでみました。

この一年、バルセロナを訪問できなかったため、最新の写真を提供することができないのは残念ですが、この十年間撮りためてきた写真を見直すことで、カレンダーに掲載する写真を厳選できたことは収穫でした。

販売は、本年もカレンダーの企画会社トライエックス(ハゴロモ)様にご協力いただき、amazonなどのウェブショップや、書店や文具店や百貨店などの実店舗、あるいは生協などで販売しています。

版型:A2サイズ
枚数:7枚
価格:2,100円(税込み価格)

「ガウディ・カレンダー」の制作は今回で7回目となりました。以前のカレンダーは、「ガウディの遺産」のウェブサイトで紹介しています。このリンクをクリックすると表示されます。

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<表紙 カサ・バトリョの夜景>

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<2009年1月・2月 コロニア・グエル教会地下聖堂>

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<2009年3月・4月 グエル公園の道路を支える柱>

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<2009年5月・6月 カサ・ミラ前のバス停で>

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<2009年7月・8月 サグラダ・ファミリアが見える場所>

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<2009年9月・10月 ガラフのグエル酒蔵>

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<2009年11月・12月 サンタ・テレーサ学院の廊下>

Photo: Tadanobu Kawaguchi
Design: Mariko Suzuki
Produce: Guell Co., Ltd.
©Guell Co., Ltd.

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2008年10月26日 (日)

ガウディとロマネスク

「ガウディとロマネスクは一心同体です」

という言葉に目がとまりました。これからお話しする内容に誤解のないよう、以下にその全文を引用します。

 ガウディとロマネスクは一心同体です。ロマネスク芸術が少しでもわかるとガウディが少しは理解できます。ロマネスク建築は特にゴシック建築の前に発達しました。10世紀を前後する建築・文化です。勿論その建築はキリスト教布教を目的とした文化、芸術ですからそのように建築も演出されているわけです。しかも当時の建築は建築家ではない人達が見よう見まねに礼拝堂や教会を巡礼地に築いていきました。実はその建て方に意義があるのです。当時は勿論図面はありませんでした。その中で彼等ができることと言えば伝統的な材料と寸法を用いて職人達との現場での作業です。そうなるとまるでガウディと共通してくるわけです。
 しかも建築を計画した指導者は常に入口にたって建築工事の進み具合を見ながら工事指導をしていました。さらに現場の祭壇や彫刻、その他の詳細な配置などは視覚的に決めたそうです。がこのあたりでは教会に関する詳細な寸法は聖書にもキュービットでかかれていますので少しは理解できますが、実際の位置に関してはやはり視覚的に決めていたようです。
 とすればこのあたりなどはまさにガウディがもっとも重視していたところでもあります。他に建築ボリュームですが彼の建築は、意外に大きくはありません、しかも周囲に同調するような景観を考慮しながらの建築を常としておりました。そんなことからもロマネスク時代の建築を勉強したというより彼の躰に浸み込んでいたような気がします。そんなことでは私感ですが、超ネオロマネスク様式または超ネオゴシック様式とでもいうことができるのでしょうか。(以上、田中裕也氏のブログから引用)

さて、この後に私が書いている文章は、以上の引用文についての批判ではありません。批判するのであれば、引用文全体について論じなければなりませんからね。実際は、単に「ガウディとロマネスクは一心同体です」という言葉に引っ掛かりを感じただけのことで、その言葉から触発されて話を勝手に広げているに過ぎません。

では、私的メモの開始です。

……………………………………………………

情報デザイン的に解釈すると、「ガウディとロマネスクは一心同体」という論理は飛躍している。ロマネスク期に建築の専門家でない聖職者や職人たちが力をあわせて教会を建築したときの方式が、ガウディの建築方式に似ている部分は認められる。しかし、「ガウディとロマネスクは一心同体」と言い切るのは少し冒険的な表現だろう。ガウディは建築の専門家であり、学生の頃から緻密な計算で周囲を驚かせたことは、よく知られている。また、ガウディは代々銅板職人の血筋を引き、設計図なしに一枚の銅板から複雑で立体的な葡萄酒製造容器を叩き出す様子を小さい頃から見て育ち、立体的な思考ができたことも、よく知られている。ガウディが語った言説を記した書物にも明記されている。

微妙なハンマーの叩き具合で複雑な立体を機能させる職人の技を子供の頃からガウディは知っていた。緻密な数値計算は必要だが、単なる目安であり近似値であり、最終的には人の感触が建造物を左右する判断基準であることを、成人したガウディは知っていたはずだ。そんなガウディであれば、いや、ちゃんとした技術者であれば常識だろう。余談だが、私の兄は同じ工科系出身でも、私とは異なる真っ当な技術者なのだが、彼も同じようなことを言っている。緻密で正確な計算は必要最小限なこと。材料を発注したり法的基準を満たす証明としても不可欠になる。しかし、計算は近似値から割り出した法則に基づいた目安にしか過ぎない。橋をつくるのは人であり、最終的には見た目でバランスが取れていない限り人が渡れる橋とはなりえない、と。

ガウディ建築の詳細な設計図はほとんど残っていないが、ガウディが設計図を描かなかったわけがない。何枚も、何枚も描いたはずだ。グエル邸の設計では二十以上の設計案をグエル氏に提示したという逸話も残っている。緻密な計算をした設計図がなければ、建築の現場で指導することはできない。人にはあえて見せないが、自分が確認するための詳細な設計図は何枚も描き、見た目に分かる模型で代用できる段階となったときに、不要と判断した設計図を破棄したのではないか。緻密な計算に長けた建築家であるガウディが、ちょっと言い過ぎかもしれぬが、いわば見た目の感覚に頼る傾向のあったロマネスク期の方式を、意図的に採用したとは思えない。根拠を説明しえない論理は萎縮する。ガウディがロマネスク期の建築方式を踏襲することによって独自の建築様式を生み出すことができた、という結論には少し無理がないか。

サグラダ・ファミリアをありのままに見てみると一目瞭然だろう。地中海的な“人体構造を基に展開されるロマネスク様式”よりも、ケルト・ゲルマン的な“自然を主体に展開するゴシック様式”の色合いが濃い。森のような教会堂を目指す構造にしても、歴史と物語を刻み込む装飾や建築物を埋め尽くそうとする彫刻にしても、地中海の民と言ってはばからなかったガウディだが、スペインという特殊な土地に脈々と流れるケルト・ゲルマン文化の血を継承していたことも、拭いがたい歴史そのものだ。

確かに、ガウディに大きな影響を与えたのは、レコンキスタと共に発展したロマネスク様式でもあるかもしれないが、ロマネスクだけに限定するのは飛躍しすぎている。ガウディに影響を与えたのは、ロマネスクだけでなく、他にもあるからだ。言葉は悪いが、雑食を是とする懐深いスペイン・カタルーニャにあって、研究熱心だったガウディがその先進的な動向に敏感でなかったわけがない。ガウディが設計した建築物を見れば、そのような影響が随所に見られることからして、それは明らかだ。

たとえば、ガウディが生きていた頃でもスペイン各地に残っていた古代ギリシャやローマ建築様式(これはロマネスク様式とは呼ばない)、ビザンチン帝国がキリスト教を国教と認定し西欧全土に広まったビザンチン様式、ゴシックに大きな影響を与えたといわれるイズラムの建築様式(アルハンブラ宮殿を意識したグエル邸に反映されている)、アラブ・アフリカの土俗的でありながら洗練された文化(エル・カプリーチョやカサ・ビセンス、モザイクを転用した破砕タイルを初めて使ったグエル別邸)、迫りくるイズラムに対抗すべく巡礼路に沿ってつくられたロマネスク教会の様式、ガウディが生れた後に盛隆を極める最新の洞窟学(サグラダ・ファミリア誕生のファサードなど)、ガウディが成人した頃にゴシックの流れをくむケルト・ゲルマン内陸文化圏を席巻していたアールヌーボー的自然主義(グエル公園や椅子や机などの小物ほか多数)などなど。

ガウディ建築には確かにロマネスク的な要素も見られるが、ガウディが意識した様式としてあえて挙げるとすれば、ロマネスクよりゴシックだろう。ガウディがゴシックを強く意識したことは、学生時代にフランスの(つまりゴシックの本家である)建築史家ビオレ・ル・デュクの『建築講話』や『建築事典』を熟読したときのメモを見れば明らかだ。ガウディはゴシックを賛美しながらもゴシックを批判している。ゴシック建築に必要不可欠なフライングバットレスは不完全な建築のあらわれであり、余分だと明記している。もしかしたら、リウマチに苦しめられた子供の頃、日常使っていたであろう杖(つえ)に対して、生理的な嫌悪感があったのかもしれない。健康な体に杖は不要であり、生きている植物につっかえ棒は不要であり、健全な教会建築にフライングバットレスは不要だと。彼は二十台前半から五十年以上に渡ってゴシックを超える、ゴシックとは異なる、カタルーニャ独自の新しい教会建築を目指そうとしていた、というのが定説と考えられる。

一部からすべてに通じる仮説は画期的で魅力的に見えることもあるが、裏づけが薄いと、一部に矛盾が見えた瞬間、その仮説は破綻する。ここに書いている文章もその範疇にあるかもしれない。ガウディとロマネスクを専門とする研究者にご意見をうかがうべきだろう。

ガウディはカトリック教徒であり、ケルト・イベロという民族的な血を有し、アラブ・イズラム文化をボディ・ブローのように受け、カタルーニャ人としての誇りを具現しようとした。サグラダ・ファミリア教会が強く支持されたのは、地中海世界よりもマリア信仰が根強いケルト・ゲルマン文化圏であったことも忘れてはならないだろう。そのような内陸的信仰をバチカン・ローマ教皇が最近になって認知するという図式も、宗教というより宗教組織が持つ政治的な生臭さを感じる。敬虔なカトリック教徒として教会建築に邁進した聖人とまつりあげられ、ガウディは墓の中でどう思っているのだろうか。

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2008年7月28日 (月)

模倣性と独自性

建築家は自分の目で見た造形を独自に解釈することによって、建築物を利用する人にとって最良の造形を、時代に息づく時代を超える斬新な造形を提示しようとする。

鳥居徳敏氏は『ガウディ建築のルーツ』(2001年)の中で、ガウディが提示した建築の特長を7つ抽出し、それぞれの特長について、ガウディがどのような造形を見たのかを明らかにし、ガウディがどのような内部の多変換を経て独自性を生み出したのかを考察することよって、ガウディの実像に限りなく近づいている。それから遡ること二十年ほど前に、鳥居氏は『ガウディの謎に満ちた世界』(1983年)の中で、ガウディが生きた時代に、ガウディが何を見て触発されたのかを当時の資料を紐解くことによって考察している。特に、洞窟造形と鳩舎造形、東洋との類似性に初めて注目したことは、現在においても画期的な視点として評価さるべきことだ。

注目すべき研究姿勢は、鳥居氏が『ガウディ建築のルーツ』の序文で書かれていることだ。建築のルーツが明らかになったところで、ガウディを分かった気になってはいかん。模倣してはいかん、と。ところが、模倣を全く許さず独自性を曲げないこともいかなるものか、とも述べている。この模倣と独自性という相反する姿勢は、ガウディ建築にも通ずるもので、初期作品はイスラム様式や歴史様式への模倣性が強く、後期作品はサグラダ・ファミリアのように独自性が強くなっていることを暗示している。そしてその姿勢は、同時に読者への警鐘でもあるのだ。

先日(2008年7月14日)、ガウディ建築の研究で第一人者である鳥居徳敏氏にお会いしてお話を伺っているとき、そんなことを考えていました。

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2008年6月14日 (土)

2009年版のガウディ・カレンダー

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毎年、黄金週間を過ぎると、来年のカレンダーづくりは大詰めを迎える。

今回のカレンダー作りは、例年と少し違う。何が違うかと言うと、毎年、最新のガウディ建築を紹介してきたが、来年はそれができないことだ。昨年の夏過ぎから今年の春過ぎまで撮影部隊が体調を崩してしまったことが大きい。

彼ら以外のスタッフで撮影することは考えなかった。彼ら以上のスタッフはいないからだ。じゃあ、今回どんな写真にするべきか、その選定基準をめぐって議論は沸騰した。

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2008年4月30日 (水)

ガウディ記念館

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<ガウディ記念館のウェブサイト( Gaudí Centre Reus )のトップページ>

ガウディの故郷、スペイン、レウスにある「ガウディ記念館」。その展示を手がけたのが日本人だと知っているだろうか。丹下敏明氏がその人だ。丹下氏から昨日いただいたメールで初めて知った。不勉強を恥じるばかり。丹下氏はバルセロナにある「スペイン磯崎新アトリエ」の代表を務めている。

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2008年4月20日 (日)

書籍評価基準(試案)

ガウディ建築に関して書かれた書籍に関し、書評を執筆する計画を立てた。

書を評価するなどという大それたことをやるからには、何をもって良し悪しとすべきかを明確にしておく必要がある。そこで、これまでの経験から考えられる範囲内での基準を列記してみることにした。評価基準は、【一般書】と【専門書】で区別した。

評価のポイントは「◎読者要件」にある。なお、これらの評価基準は、実際の書評にそのまま反映されるわけではなく、あくまでも目安となるものである。書評の内容は、掲載するメディアの目的に従い、文字数などが限定されてしかるべきである。評価基準として参考にしたのは、STC東京支部およびTC協会が長年に渡り運用してきたマニュアル評価基準などもある。

【一般書編】

まず、一般人を対象読者としたガウディ本を評価する場合、基準となる項目を考えてみた。研究書や専門書、論文に関しては、別の評価基準が必要と思われる。

◎仕様

 題名、著者、発行日、出版社、ページ数、サイズ、サブタイトル
 種類:写真集/読本/旅行ガイド/入門書
 要約と特長

◎読者要件

<読み始める前:出会いから立ち読みまで>

1 美しい
2 書名が魅力的
3 親しみやすい感じがする
4 筆者の意図が好ましい
5 触覚快感の認知:心地よい感触がある
6 読みやすそうな感じがする
7 分かりやすそうな気がする
8 読みたいと思わせる何かがある
9 立ち読みしきれない濃い内容もある
10 買いたくなる(費用対効果が高い)

<読んでいるとき>

1 言葉が魅力的
2 文章が読みやすい
3 構成が分かりやすい
4 内容が面白い
5 「あるある、へー」が満載
6 長年の疑問が解けた
7 「ちょっと勉強」もある
8 デザインが素敵
9 写真が魅力的
10 図や表が分かりやすい

<読み終えた後>

1 面白かった
2 感動した
3 視野が広がった
4 考えさせられた
5 役に立った
6 旅行に持っていきたい
7 信頼できる
8 何度も読み返したい
9 本棚に並べておきたい
10 座右の書にしたい

【専門書編】
研究者および専門的知識を希望する一般人を対象読者としたガウディ本を評価する基準。一般書は除く。

◎仕様

 題名
 サブタイトル
 種類:論文/研究報告/講演録/写真録
 著者
 掲載誌
 発行日
 出版社
 ページ数
 サイズ
 特長
 概要

◎要件

1 独自性・普遍性(企画力)
  他社に大きな影響を与える筆者独自の斬新な見解があるか

2 構築度(設計力)
  情報が統一された手法で構成・整理されているか

3 信憑性(情報処理力)
  意見と事実を書き分けているか
  意見の構築に破綻はないか
  事実の裏付けは十分か

4 伝達度(執筆力)
  筆者の意図が伝わってくるか
  容易さ:分かりやすいか
  面白さ:面白く読めるか

5 資料性・有用性(編集制作力)
  参照資料として価値があり役に立つか

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2007年9月30日 (日)

ガウディ・カレンダー2008

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今年もカレンダーができあがってまいりました。2008年版です。ガウディ建築を撮影した大きな写真を掲載したもので、全部で8枚。詳しくは、「ガウディの遺産」「ガウディ・カレンダー2008」を参照してください。写真に関する詳しい説明を掲載しています。

なぜガウディ建築のカレンダーを作り始めたかというと、スペインにも日本にも、気に入ったカレンダーがなかったからなのです。「じゃあ、自分たちでつくっちゃおう!」と、いう乗りでした。

ラッキーだったのは、バルセロナ在住のガウディ研究者の方々が撮影の便宜を図ってくれたり、プロの写真家の方々が写真の吟味を快く引き受けてくれたことでした。

そうしていつの間にか、カレンダーを販売する専門の業者さんのお世話になり、「ガウディのカレンダー」は今年で6回目の発行となりました。

業者さんいわく「今年いちおしのアートカレンダー」だそうです。宣伝用にビデオ撮りしていただいたり、ありがたいことです。「2008年オリジナルカレンダー特選29種」というウェブページで紹介されています。ページの2番目に出てくる「2.ガウディ」の写真をクリックすると、ムービーが始まりますよ。おためしあれ。

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2007年8月15日 (水)

TBS「世界遺産」寸評

 ご無沙汰してごめんなさい。

 『世界遺産 ガウディの作品群Ⅰ、Ⅱ』というTV番組の録画を繰り返し観ていたら、深水にはまってました。この番組は一か月ほど前、2007年の7月8日と15日、2週に渡りTBSで放送されたものです。

●素晴らしい出来栄え

 番組としては素晴らしい仕上がりです。映像も美しいし、到る所に興味を喚起する仕掛けもしてあるし、全体的な印象も人気番組にふさわしいものでした。近いうちにDVDで発売されたら、購入して損はありませんね。
 何が良くできてるかって、たとえば、画面づくりに欠かせないカメラワークについて、ちょっと話しておきましょう。上空からの空撮、クレーンやレールを使った撮影、三脚に固定して軸移動させる撮影、固定したままの撮影や手持ち撮影などなど。さまざまな手法が計算しつくされています。
 バルセロナの街並みが整然と区画整理されている様子は、高い視点で撮影する「空撮」で見れば、一目瞭然。だだっ広いグエル公園の全貌や、サグラダ・ファミリアの工事進行状況なども同じように、空撮を使っています。
 グエル公園の中空広場の「クレーン撮影」も今回の目玉でしょう。86本の柱を配した市場の天井が、中空広場の地下天井だったなんて、クレーンで上下を移動させて見せないと、ただ公園を見てるだけじゃ、気が付きません。
 また、コロニア・グエル教会堂の重力に超越したような傾き柱や、まるで母親が赤子を包み込むような煉瓦のひだを、美しい色彩と構図で見せてくれた「レール撮影」。サグラダ・ファミリアの螺旋階段に光をあて、めくるめくガウディの世界を象徴するような「固定カメラ」。見事です。
 そして、9年前の1998年に初めてガウディを番組で紹介したときと同じように、地中海からバルセロナの街に迫っていく空撮も、番組のファンにはたまらない映像だったに違いありません。スタッフリストを見ると、撮影担当者が同じ。うなずけます。
 もう、すごい! としか言いようがありません。

●残る疑問

 とはいえ、ひとつひっかかるものがありました。ガウディという人物への思い入れや、ガウディ建築に対する更なる興味が、なぜか大きく喚起されないのです。何か雑然とした印象も残る気がしたし、あるいは、何かが不足しているのかもしれない、とも感じました。
 「その原因は、なぜだろう?」
 だったら、作り手の意図を自分なりに確かめてみようと、番組を分析してみることにしたのです。

●全体の構成

 まず、全体の構成を把握するのが先決です。そこで、コマごとの時間配分を確かめることから作業を開始しました。Excelを使ってコマ割りを縦に順番に並べ、グループ分けしてタイトルを付ける。その作業を通して、全体の構成はほぼ把握することができました。最終的には、カメラワークやナレーション、音楽や効果音などもあわせて整理し、大きなマトリックスができあがりました。
 全体の構成は非常に明確で、前半も後半も以下のように4部構成でした。

<前編:ガウディの作品群Ⅰ>正味26分
■1 序論:「餌まき」 約4分
 ガウディへの興味づけ。
 CM 30秒
■2 本論1:「ガウディの生涯」 約16分
 幼少期の自然との深い関わりから、建築家として立ち、宗教人として生きる決意する晩年までを、一気に時間をかけて紹介。
 CM 60秒
■3 本論2:「開花した才能」 5分15秒
 苦悩から脱却したガウディが、「コロニア・グエル教会堂」と「サグラダ・ファミリア」で見事に才能を開花させる。
 CM 30秒
■4 エピローグ 30秒
 後編の紹介。

<後編:ガウディの作品群Ⅱ>正味26分
■1 序章:「ガウディ建築の美」 約4分
 前編を受けて後編への滑り出し。「コロニア・グエル教会堂」の映像美によってガウディ建築を印象づける。
■2 本論1:「自然主義」 約8分
 ガウディ建築の根幹をなす「自然主義」を紹介。少年時代に自然の中で育んだ感性が結実する。「グエル公園」を例にあげている。
 CM 30秒
■3 本論2:「独創性」 約5分
 自然主義から脱却し「独創性」を発揮する「カサ・バトリョ」と「カサ・ミラ」を紹介。
 CM 60秒
■4 本論3:「未来を呼ぶ建築家」 約9分
 「未完の建築家」を印象づける「グエル公園」での失敗や、「サグラダ・ファミリア」への傾倒を紹介し、「サグラダ・ファミリア」でガウディの遺志を継ぐ人たちで締めくくる。

 前半は、ガウディの生涯を時間軸に沿って追いながら、サグラダ・ファミリアに行きつくまでを、一気に紹介しています。
 後半は、ガウディの建築を特徴である「自然主義」と「独創性」をキーワードに、建築物を紹介し、最後に「未来へ続く建築家」であることを印象付けています。
 ちなみにコマの数は、前半も後半も、それぞれ130カットほどあります。番組に仕上げる際に捨て去ったコマ数はその何倍もあるに違いありません。

●考えたこと

 この調査を土台に考えたことは、私のようなガウディ好きをうならせるような、非常に面白い濃い内容になっている、ということでした。
 たとえば、ガウディの成績表や誕生の翌日に届けられたミサの記録や、マタロ労働組合社のパラボラアーチ、グエル公園の市場地下に設置された貯水槽の映像など、通常では見ることのできない資料や映像が映し出されていました。
 しかしその反面、一般の視聴者にとって、ガウディのひととなりへの思い入れや、ガウディの建築物に対する興味が、いまひとつ膨れ上がらないと、私が感じてしまうのは、前半の時間軸に沿った紹介と、後半の特徴を主体にした紹介という、違った視点による構成が、第一の原因ではないか、と思うのです。
 また、ガウディの主な作品がいったいどこにあるのか、いくつあるのか、具体的な数や場所が示されないと、全体像が見えません。また、ガウディを支え、大きな影響を与えた知人や友人たちの話が少な過ぎて、物語性に欠けたため、視聴者がガウディへ思い入れる余地が少なかったのではないか、と思います。
 繰り返すようですが、番組としては素晴らしい仕上がりであることに、間違いありません。

 詳細は、また後日。

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2007年7月12日 (木)

フィンカ・グエル

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『フィンカ・グエル』の北門にあたる玄関を内側から撮影す。

ガウディ研究所となっている『フィンカ・グエル』では、バセゴダ教授がいつものように片言の日本語を交えながら、笑顔で迎え入れてくれた。丸一日、邸内で過ごすうち、私たちは、しだいに口数が少なくなっていった。

「ガウディと話を始めちゃったのよね」

と、誰かがポツリと言った。みな、ハッとしたように彼女を見たが、誰も無言のままだった。「きっとそうだ」と、みな感じていたからだ。らせん状に束ねられた大気が邸内を満たすと、時計の針がゆっくり進み始めた。

2007年4月23日は、そんな一日だった。空がゆがんで見えた。

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2007年7月 9日 (月)

TBS「世界遺産」前編

■オープニングは同じような空撮だった

2007年7月8日(日曜日)にTBSの『世界遺産』という番組で、ガウディの作品群が紹介されました。そのオープニングは、9年前に初めてこの番組でガウディが取り上げられたときに映し出されたオープニング画面(以下のキャプチャー画面)と同じように、地中海からバルセロナの街を俯瞰する映像でした。

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これは1998年7月19日に放送された『世界遺産』(TBS)のオープニング画面です。9年後に再び放送するにあたって、同じようにツインタワーをなめるような空撮を使ったのは、前回の放送へのオマージュかもしれません。

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上の画面キャプチャーにあるように、最初の放送は、番組として第112回目でした。

(これらの画像をこのブログに掲載する許可をTBS様にとっていないのはルール違反かもしれませんが、今回の放送の特長を際立たせるためのツールとしてのみ利用するものであり、出所を明記していることで、どうか掲載をお許し願いたい。)

■追加された世界遺産登録

このときは、グエル公園、グエル館、カサ・ミラの3つだけです。なぜなら、当時、ガウディ作品が世界遺産として登録されていたのはこの3つだけだったからです。登録されたのは1984年のこと。ひとりの建築家の作品が世界遺産になるのは、当時としては異例のことでした。

とはいえ、ガウディが世界中で注目されるようになったのは、1984年に世界遺産として登録されたことよりも、1992年にバルセロナで開催されたオリンピックが大きなきっかけだったようです。また、オリンピックから10年後の2002年、ガウディ生誕150周年を祝うために、スペイン国内だけでなく世界各地で開催されたさまざまなガウディ展覧会や行事も大きな出来事でした。

TBSの『世界遺産』という番組で最初に取り上げたのが、ガウディが大きく注目されるようになったオリンピックから6年後。そして、2回目の今回が、2002年のガウディ年から5年後。その理由はよく分かりません。

ちなみに、ガウディの作品が世界遺産に登録されたのは、1984年に3つ、2005年に5つが追加登録されました。正確には全部で7か所、8つです。

<1984年に登録>
 グエル公園
 グエル邸
 カサ・ミラ

<2005年に追加登録>
 カサ・ビセンス
 カサ・カルベット
 カサ・バトリョ
 サグラダ・ファミリア
  (誕生の門と地下聖堂、悲嘆の門は含まれず)

■チカラが入り過ぎ

今回は、2週連続で放送するという気のいれようですが、初回を観る限り、少し空回りしてしまった気がします。グエル別邸をグエル邸と間違ったテロップを出したり、初歩的なミスも見られました。また、ガウディのイメージを強く伝えたいのは分かりますが、紹介される建築物の一部が切り刻まれて多数紹介されていたため、つながりが分かりずらくなっています。その意図と同じ線上に乗っていることですが、画像の彩度を高くして印象深くしていますが、ガウディが卒業制作として残している図面が、オリジナルとかけ離れた印象を与えていたのは、いただけません。

とはいえ、空撮の効果はやはり抜群にいいです。整然としたバルセロナの街並みが美しく表現され、サグラダ・ファミリア建設の進行状況も一目瞭然に分かりました。

ガウディの知識がまったくない人にとっては少し分かりずらいところもありますが、少なくとも私にとっては、非常に面白い内容でした。ちなみに、監修者は9年前と同じ鳥居徳敏氏。質の高い放送になるのは、間違いないでしょう。

■長く建設すればスゴイのか

そしてもうひとつ。これは物議を呼ぶことになることは必至ですが、「サグラダ・ファミリアの完成が、ガウディ没後100年にあたる2026年を目指しています」という言葉が発せられたことです。

これは、主任建築家であるジョルディ・ボネット氏の発言に基づいており、潤沢な予算や建築秩序の発見、支援体制の充実など、現在の進行状況から現実味のある数字であることは、間違いありません。とはいえ、建築家が没してなお造り続けられている建築物が、完成までに100年とも200年もと言われているという伝説もあります。永遠に造り続けてほしい、という一部のガウディファンの願いもあります。この発言はそのような伝説や願いを覆す発言、と言えるでしょう。

ここで、冷静に周りを見てみることが必要です。たとえば、バルセロナ旧市街にそびえる教会「カテドラル」は、完成までに四百年という月日を要しています。サグラダ・ファミリアの比ではありません。教会建築が完成されるまでの期間は、それが当たり前なのです。長い期間造り続けているからすごい、と判断するのは、サグラダ・ファミリア本来の価値を見損ねてしまいかねません。

教会はそこに集まる人たちのためのものであり、できれば早く完成させて、生活の中で普通に利用できることが望ましいのですから。

さて、来週の日曜日。番組の後編では、どんな趣向を見せてくれるのでしょう。楽しみです。

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2007年7月 7日 (土)

浪漫紀行・地球の贈り物

TBSでガウディを紹介しているのは「世界遺産」だけではない。

今から13年前の1994年に、「浪漫紀行・地球の贈り物」という番組で、TBSはガウディをすでに紹介している。実際にその映像を私が見たのは、2003年に再放送されたものだった。

「浪漫紀行・地球の贈り物」
 ~はてしなき天空の教会 神の建築家ガウディ~

 放送日:1994年
 再放送日:2003年11月13日
 放送時刻:?
 放送時間:30分
 ナレーター:中村吉右衛門

<黒い聖母像の移転が目的?>
 この番組で強調されていたのは、ガウディとカタルーニャ人、モンセラートとの強い関係だった。当時としては、斬新な解釈だったのかもしれない。
 とはいえ、モンセラート修道院にある「黒い聖母像」の移転を目的としてサグラダ・ファミリアの建築が開始された、という下りはちょっと勇み足だ。

<英雄の死?>
 この番組では、ガウディの死を「カタルーニャの英雄の死」として紹介している。しかし、それは行きすぎではないだろうか。
 ガウディの葬儀には多くの人たちが集まり、建築家の死を悼んだのは事実だ。その時の写真も残っている。しかし、多くの市民たちが葬儀に集まったのは、ブルジョアたちへの嫌悪感が高まっていた当時の社会事情や、ガウディの事故を報じる新聞の号外がきっかけになったことを忘れてはならない。
 建築家といえば、バルセロナでは社会的地位がトップに位置する職業のひとつ。そんな職にある建築家が瀕死の事故にあったなら、本来なら病院にて治療を受けられるべきところが、その時の身なりがみすぼらしかったゆえに、治療もままならぬ教会に収容されてしまったのだ。事故が発生して丸一日後、その教会でガウディが発見された。
 そのことが新聞で報じられ、刻一刻と変化するガウディの健康状態が号外でバルセロナ中に報じられたのである。バルセロナ市民がじっと見守るなか、その二日後にガウディは逝った。市民たちの中に憐憫の気持ちが起こらないわけはない。
 もちろん、ガウディはサグラダ・ファミリアの建築家としてバルセロナでは知れ渡ってはいたが、当時、サグラダ・ファミリアで完成していたのは、地下聖堂と外観のほんの一部であり、ひとつの教会としては全くの未完成な建築物だった。たとえば、誕生の門は、まだ1本の塔しか完成していなかった。
 史実から判断するに、当時のガウディをバルセロナ市民は「我らが英雄」とまでは認識していなかった。なぜなら、ガウディが没した後の三十年ほど、ガウディ建築は弟子以外のバルセロナ市民からほとんど支援されることはなかったからだ。そんな事実も忘れてはならない。

<カタルーニャ語の使用>
人物名や建築物の名称がすべてカタルーニャ語読みで紹介されているが、テレビではこの番組が初めての試みだったのではないだろうか。

アントニ・ガウディ(アントニオ・ガウディ)
アウゼビ・グエイ(エウセビオ・グエル)
グエイ邸(グエル邸)
グエイ公園(グエル公園)
コロニア・グエイ地下教会(コロニア・グエル地下教会)

 とはいえ、ナレーターの中村吉右衛門さんは「アントニオ・ガウディ」と言っている。1994年当時としては、「アントニオ・ガウディ」という名前が日本では一般的で、「アントニ・ガウディ」という名前は、語呂も悪く呼びづらく、普及していなかったため、番組内で統一できなかったとしても、止むを得ないだろう。

<キーマンの紹介>
 この番組で紹介された人物はキーマンたちだった。

フェリックス・グエイ(アウゼビの曾孫)
ジョゼップ・M・スビラック
ルイス・ボネット(サグラダ・ファミリア神父)

 フェリックス・グエイは、曾祖父とガウディとの関係を、肉親でなければ語れぬ貴重な発言をしている。
 嘆きの門の彫刻を担当している、ジョゼップ・M・スビラックは、ガウディが次の世代に託した意思を語っている。
 1994年当時のサグラダ・ファミリア神父であったルイス・ボネットは、教会建築の真に迫る話をしている。1300年頃に始まったバルセロナの「カテドラル」が完成したのは600年後だったのだから、サグラダ・ファミリアがもっと長い年月をかけて建設されてもなんら不思議はないのだよ、と、子供たちに語っていた。

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2007年6月29日 (金)

TBS「世界遺産」

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             <カサ・ミラの吹き抜け>

ガウディ建築が『世界遺産』(TBSテレビ)という番組で紹介されます。

 ■放送月日: 2007年7月8日と15日(日曜日、2週連続)
 ■放送時間: 23:30~24:00 (30分間のオンエア)

ガウディ建築がこの「世界遺産」という番組で取り上げられるのは、私が知る限り二回目です。最初にオンエアされたのは、九年前の1998年7月19日。「世界遺産 バルセロナ グエル館、グエル公園、カサ・ミラ」というタイトルでした。なぜしっかりと覚えているかというと、ガウディに関するテレビ番組を初めてビデオ録画したのが、この番組だったからです。

ナレーターは緒方直人さん。緒方さんの声の抑揚と息継ぎは独特。落ち着いた静寂と、感情を逆なでするような高揚を、波が来ては帰すように打つように演出する声。世界遺産を観る人が予測できぬ弛緩と緊張を繰り返し繰り返し演出する声の力。役者恐るべし、です。

エンドロールを見ていたら、監修者として鳥居徳敏氏が顔を出しており、参考書籍として、鳥居氏の「SD選書197 アントニオ・ガウディ」がラインアップされていました。このブログに最初にコメントしてくれた人が、その鳥居さん。なんて、ラッキーなブログなんでしょう。

ちなみに、現在のナレーターは中村勘太郎さん。彼もいい声してますねえ。

今回のガウディ特集は、番組を観る前に「世界遺産(TBS)」のホームページでチェックしておくといいでしょう。担当したディレクターへの「インタビュー」や、ガウディ建築写真の壁紙データまで「ダウンロード」できちゃうわけで、いたれりつくせり。かなり気合が入っているようです。

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2007年6月17日 (日)

書評に適正な文字の量

先日、このブログにアップした『ガウディ建築のルーツ』書評(試案)を、自分なりに考えてみた。最大の問題点は、読んでいただくための「心づかい」が薄いこと。書かれている内容は、書評を書く前の資料としては悪くないが、書評として読みたいか、というと、読みたくない。なぜなら……

1 文字が多すぎて読みづらい

2 評価の見出しが多すぎて、項目を追いたくなくなる

3 書籍の位置づけが分からない

また、もっと致命的なことは、書籍としての出来栄えを評価する項目は充実しているが、概要の部分で、書籍の内容につっこんだ話がほとんど書かれていないことだ。目次もすべて見せるのでなく、章構成程度でいいのかもしれない。

あと、建築に関する書籍だったら、「美しさ」という評価項目もあってしかるべきだろう。

というわけで、修正版を近日中にアップします。

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2007年6月14日 (木)

『ガウディ建築のルーツ』書評(試案)

ガウディに関する書籍について、どのような内容が書かれ、どのような特長があるのか、情報デザイン的に書評を書いてみることにしました。これは試案です。特に、以下の<評価>については迷いがあり、歯切れが悪いです。

少しずつ修正を加えていきますので、何かお気づきの点がありましたら、ご意見をお願いします。

最初の1冊は、この本です。

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・題 名 ガウディ建築のルーツ
・著 者 鳥居徳敏
・出版社 鹿島出版会
・発行日 2001年7月20日
・サイズ A5版(21x15x2cm)
・頁 数 264頁
・装 丁 ハードカバー
・価 格 \4,300
・ISBN  4306044181

<特長>
 ガウディが影響を受けたと思われるルーツに迫り、ガウディ建築の謎の解明に意欲的に取り組んだ専門書。内容が非常に濃い本です。対象読者は、建築とガウディに関して基礎知識を持っている人向けです。
 論文集の固まりのように見えますが、謎を解き明かす論理展開は明快で分かりやすく、多数の写真や図も的確に理解を助けてくれます。建築やガウディについて深い知識がない人であっても、わくわく感いっぱいの時間を過ごすことができるでしょう。

<概要>
ガウディ建築の謎を解明するため、ガウディがどこから発想を得たのか、以下の7つの視点からそのルーツに迫っていきます。
 1 レンガ
 2 バラボラ
 3 多彩色の破砕タイル
 4 塔
 5 彫塑
 6 洞窟
 7 曲面

4番目の「塔」、6番目の「洞窟」に関しては、著者がスペイン留学中(1973-1984)に著した論文に詳細が書かれています。今回の本は、その後の研究で進めた内容を加え、コンパクトにまとめたものと思われます。

<補足>
このブログのタイトル「ガウディの謎」は、鳥居氏がスペイン留学時(1984)にスペイン語で発表された全二巻の論文のタイトル「El mundo enigmatico de Gaudi」(邦題:ガウディの謎に満ちた世界)と同じです。著者に敬意を表し、最初の書評として鳥居氏の著作を選ばせていただきました。

<評価>
 ガウディに関する書籍として一般に販売されている専門書としては、少なくとも三本の指に入る名著といえるでしょう。この本は“買い”です。

■1 面白さ(4)=かなり面白い
 一般読者にとっては論文風の文章が読みづらい面もありますが、謎解きに迫る語り口は明快で、内容は非常に面白いです。

■2 容易さ(2)=かなり難しい
 専門用語が多く初心者が正しく理解するには、建築用語辞典の助けを借りなければならないでしょう。また、切り口が斬新なため、筆者の意図をたがえず疑問を抽出することも難しので、年譜に沿ってガウディ建築をおさらいした後に読むと、ガウディ建築への理解をさらに深めてくれます。

■3 独自性(5)=非常に独自性が高い
 著者は学者なので、独自の視点がなければ調査・研究を進めることはできません。その中でも、7つのキーワード、特に「塔」と「洞窟」からのアプローチは他の追随を許さない独自の展開を見せています。サブタイトルに「造形の源泉からガウディによる多変換後の最終造形まで」とあるように、ガウディ建築をすべてに渡ってそのルーツを解明しようとした意欲作です。

■4 構築度(5)=非常に良くまとまっている
 情報が統一された手法で整理され、書籍として体系的にデザインされています。これだけの内容をコンパクトに収めるには、割愛した原稿が山のようにあったに違いありません。

■5 資料性(5)=非常に頼りになる
 事実と意見が書き分けられており、出展先も明示されており、研究資料としての価値も非常に高いです。

■6 有用性(5)=非常に役に立つ
 ガウディの建築だけでなく、その周辺で起きていた建築事情や社会風潮を知ることができます。ガウディが影響を受けた建築物や資料だけでなく、交わりのあった人たちとのつながり方も紹介されており、ガウディ建築の複合的な知識がつくだけでなく、ヨーロッパや日本の建築史にも興味が広がる人もいることでしょう。

■7 費用対効果(5)
 筆者の長年の研究の成果がこの1冊に要約されており、ガウディ建築の謎を本気で追いかけようと思ったら、4,300円は高価とはいえません。

<目次>

目次の項目を追っていくと、この本の構成と内容がよく理解できるはずです。そのような意図はあるにしても、ここに目次を掲載するのは、著作権に触れることになるのでしょうか。問題があるようでしたら、すぐに削除します。

はじめに

第一章 レンガ造建築
一 スペインの歴史
二 当時の流行(建築思潮)
三 カタルーニャの伝統
四 ガウディ建築におけるレンガ造の系譜
五 個人主義折衷主義の建築

第二章 構造表現主義の建築
一 パラボラ形
二 図形力学
三 機は熟していた
四 隔壁アーチ群連鎖空間
五 ガウディ作品におけるパラボラ形の系譜
六 逆吊り実験模型
七 転び柱システム

第三章 ポリクロミー(多彩色)の建築
一 建築材料としてのタイルの歴史
二 時代環境
三 ガウディ建築におけるタイルの変遷
  処女作二題
  破砕タイルの発見
  破砕タイルからの派生手法
  曲面建築
  続曲面建築

第四章 塔群造形の建築
一 ビザンティンの正方形構造ユニット
二 『アリ・ベイのアフリカ・アジア旅行記』
三 下エジプト鳩舎塔の群造形
四 「鳩の家」のシンボリズム
五 「神の家」のシンボリズム
六 鳩舎塔、ミナレット、キリスト教鐘塔
七 多様な塔群造形
八 地方主義の建築

第五章 彫塑的造形の建築
一 非構造の宙吊り装飾
二 仮面のファサード「前方祭室の扉口」
三 「降誕の正面」の仮面性
四 ガウディの彫像術(その一、オピッソ情報)
五 ガウディの彫像術(その二、マタマラ情報)
六 彫像術の建築への応用

第六章 洞窟造形の建築
一 自然洞窟(鍾乳洞)発見の時代
二 庭園における人工洞窟
三 青年ガウディと人工洞窟
四 海底の洞窟(水族館の創成期)
五 聖窟(キリスト教の舞台となった洞窟)
六 舞台装飾における洞窟
七 山と洞窟
八 ガウディ建築における洞窟造形
  サグラダ・ファミリア聖堂「降誕の正面」(聖窟)
  グエル公園(庭園の洞窟)
  アルティガ邸マグネシア庭園(人口洞窟)
  フィンカ・ミラーリェスの石門(洞窟の入口)
  栄光の第一秘跡「キリストの復活」(聖窟)
  グラネール邸「狂い門」(洞窟の入口)
  サラ・メルセー映像館(人口洞窟)
  カサ・バトリョ(海底洞窟)
  カサ・ミラ(山と洞窟)
  ロベルト博士のモニュメント(山の洞窟)
  コローニア・グエル教会堂(鳩舎塔と洞窟)

第七章 曲面造形の建築
一 歴史的曲面造形から非歴史的曲面造形への変換
二 具象造形から抽象造形への変遷
三 線の幾何学形から面の幾何学形への推移
四 曲線の曲面から直線の曲面への変遷
五 ガウディ建築におけるねじれ面造形の系譜
六 普遍的・超歴史的なガウディ建築

(以上)

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2007年6月11日 (月)

情報の意図

ガウディ建築に関する謎はあまたあるが、系統だったアプローチを拝借するなら、鳥居徳敏氏が著わしている『ガウディ建築のルーツ』(鹿島出版会、2001年)を読むのが、最も効果的だろう。この本は鳥居氏がスペイン留学中に現地の言葉で執筆された論文によるところが多いという。

そのことを、この4月、よもやバルセロナで知ることになるとは、思いもよらなかった。早稲田大学建築学部大学院に在籍中でバルセロナ工科大学に交換留学生として滞在中であったY君と、あるパーティの席上でひょんなことから席を隣りにしたことが、そのきっかけだった。彼がどのような目的で留学しているのか、残念ながら聞きそびれてしまったが、ガウディ研究では最も先進的な研究を進めてきた入江正之教授に師事し、「ガウディのオーダー」とい論文まで書いていることから、ことガウディに関しては並々ならぬ広い見識の持ち主であった。

ガウディ研究で大きな試金石となったのは、『ガウディ全仕事』という書籍である。日本におけるガウディ・ブームを仕掛けた粟津潔氏や、ガウディ嫌いだがきっちりチェックを欠かしていない磯崎新氏や、スペイン研究で幅広い見識を持つ神吉敬三氏や、そのほかにもそうそうたる建築家、研究者、芸術家たちが名を連ねている。とはいえ、その書籍の大半を執筆したのは、日本人ではない。現在ではガウディ研究の第一人者としてあまりにも有名になっているホアン・バセゴダ・ノネイ氏がその人だ。

バセゴダ氏は代々建築家の家系である。祖父も建築家であり、その兄はガウディと教室の席を同じくした同窓でもある。スペイン広場の一角には、バセゴダ家の建築家が設計した建築物が威風堂々と建っている。そのような血を受け継いだバセゴダ氏は、まれにみる健筆家で、ガウディに関する書籍を多数執筆するだけでなく、雑誌に数限りない記事を寄稿しておられる。

そのようなバセゴダ氏が主に執筆した『ガウディ全仕事』は、のちに岡村多佳夫氏の翻訳で日本で出版された、バセゴダ氏の著作『ガウディ』(美術評論社)の中で、微妙な修正を加えられている。また、『エル・グラン・ガウディ』というスペイン語で執筆された大著もある。

そこに共通するものは、内容の“使い回し”だ。それが悪い、と言っているわけではない。発表するメディア、ページ数が異なれば、それなりの書きようがあるからだ。なぜ、このような“使い回し”の話をするかというと、鳥居氏に話を戻すと、その名著『ガウディ建築のルーツ』が、彼が若くしてスペインの地で書き上げた論文からの抜粋であるからだ。

何を言いたいかというと、彼が論文を書いた当時は、ガウディに注目する人はほとんどなく、独自の視点で掘り下げたその論文が、時代を超えて価値ある情報として生きているということだ。

ガウディが気になる単なる一般人の私としては、何が本当なのか教えてほしいだけなのだ。と同時に、情報デザインという職種をなりわいにしている情報の専門家としては、あまたある情報の核にになるコンテンツはいったい何なのかを見極めたいのである。

というわけで、ガウディに関する本の書評を書いてみよう、と思い始めている。できれば、執筆されたご本人に、本を書かれたいきさつや、本の位置づけ、涙をのんで割愛したこと、今後の展開など、「発信された情報の意図」をうかがい知ることができれば、情報の核に近づける気がする。

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2007年6月10日 (日)

ガウディ没後81周年

五年前の2002年はガウディ展で盛り上がった年だった。ガウディが生まれたのは1952年だから、2002年は生誕150年にあたり、各地で『ガウディ展』が開催されたのだ。バルセロナだけでなくスペイン国内、ヨーロッパ、アメリカ、アジア、オセアニアと、ガウディの波が大きく世界を駆け巡った。

10年、50年、100年という節目を祝うという習慣はいったい何なんだろう。

本日、6月10日はガウディが没した日。

1926年のことだから、今年の2007年で81年目となる。節目の年ではないので、話題にもならないが。ちなみに、ガウディの生まれた日は6月25日。二週間後にやってくる。生誕155年となるが、5年刻みの年では節目というには弱い。

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